「羽生世代」の時代は終わった? なぜ同世代に強豪が集結したのか。天才棋士16人が今だから明かす本音

文芸・カルチャー

更新日:2020/12/18

証言 羽生世代
『証言 羽生世代』(大川慎太郎/講談社現代新書)

 今、将棋界では、世代交代が起きているのかもしれない。2020年、史上最年少の二冠に輝いた藤井聡太。一方で、羽生善治は2年ぶりのタイトル戦・第33期竜王戦7番勝負で「タイトル獲得通算100期」に挑んだが、失敗に終わった。羽生と同世代には強い棋士が山ほどおり、「羽生世代」と呼ばれ、30年近く平成の将棋界に君臨し続けてきた。だが、藤井聡太の活躍の裏で、今、「羽生世代」は、徐々に成績を落とし始めている。変わりゆく将棋界で、天才たちは何を思い、考えているのだろうか。

 将棋観戦記者・大川慎太郎氏による『証言 羽生世代(講談社現代新書)』(講談社)は、天才棋士たちの胸のうちに迫った1冊。この本では、羽生善治・渡辺明・谷川浩司・佐藤康光・森内俊之・藤井猛・郷田真隆・久保利明・先崎学など、天才棋士16人へのインタビューを収録。インタビューを通じて、「羽生世代」とは何であるのか、将棋界にどのような影響を与えてきたのかが明らかになっていく。

 未だかつて、「羽生世代」ほど強豪が同世代に集結した世代はない。先崎学はA級2期の時、降級した時のことを「同世代に落とされるというのは本当にしんどかったですね」と回想。森内俊之も、第54期名人戦を振り返り、「『羽生さんは特別なものを持っている』という気にさせられましたね。これは次も負けるかな、タイトル戦に出ても羽生さんには勝てそうもないかな、という気持ちにもなりました」と語る。この頃は、同世代の藤井猛が谷川浩司から竜王を獲り、丸山忠久も佐藤康光から名人位を獲得した頃。「羽生世代」として括られ、その同世代に先を越されていくのは、どれほど辛いことだろう。

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「羽生世代」から突き上げを食らった年上棋士たちの思いも複雑だ。「羽生世代」にもっとも苦しめられた棋士と言っても過言ではない谷川浩司は、168局の羽生との戦いをこう振り返る。

「タイトル戦で4~5回続けて負けてしまった時は、挑戦者になっても『また羽生さんか』と思うようになっていました。やっぱりそういう精神状態ではなかなか勝てません」。

 だが、谷川はこうも語る。

「年間で10~20局も対局をしている頃は、この世でいちばん羽生さんのことを理解していたという自負があります。それだけ盤上で豊富な会話をしていましたから。羽生さんの存在があったから自分のレベルを高めることができたし、将棋というものがほんの少しだけわかるようになったと言えるかもしれません」。

 強豪揃いの「羽生世代」は、将棋界を盛り上げ、周囲の棋士たちの力を最大限にまで高めたに違いない。

 だが、時代は変化する。特に21世紀に入ってからは、将棋界は、将棋ソフトの存在によって大きく変貌した。現在では、三冠の渡辺明や竜王の豊島将之、広瀬章人など、多くの棋士が将棋ソフトを積極的に活用し、そして、ソフトが将棋界で隆盛を極めていくのと同時期に「羽生世代」のタイトル戦出場が少なくなってきた。近年、羽生もソフトを駆使する若手棋士に苦戦をすることが増え、ソフトで研究される流行形を避け、自分の経験値で勝負できるような力戦形の戦法を採用することが増えてきた。数々の記録を塗り替えてきたスーパースターがひとつの白星を挙げるのに必死、というのが今の状況なのだ。

 羽生は言う。

「一局一局に関しては特に大きな変化はありませんが、対局数が増えた時にパフォーマン スの質を維持するのが大変になっています。野球のピッチャーと似ていて、前は中1日で先発できたけど、だんだん中5日になり、ついに週1になっていく(笑)。1回の投球はそれほど変わらないけど、登板間隔が空いていく感覚はあります」。

 だが、それでも羽生は挑戦することをやめない。1局1局を積み重ねた先、一体何が待ち受けているのか。「羽生世代」について知れば知るほど、まだこれから信じがたい物語が待っているような気がしてならない。

文=アサトーミナミ