映画『ジョゼと虎と魚たち』コミカライズの舞台裏。マンガ家・絵本奈央インタビュー
公開日:2020/12/24
12月25日に公開される映画『ジョゼと虎と魚たち』。
田辺聖子が描く恋愛小説の金字塔として、かつて実写映画化もされた物語が、アニメーション映画になって登場する。
主演声優は、中川大志と清原果耶。
恋をすること、未来に踏み出すこと……
青春の痛みときらめきを描き切る傑作小説は、どのような形でスクリーンに現れるのだろうか。
キャラクター原案とコミカライズを務めたのは、繊細な絵柄とストーリーテリングで人気を集めるマンガ家・絵本奈央さん。このプロジェクトに初期段階からがっつりと携わり、登場人物たちに鮮やかな息吹を吹き込んだ。
雑誌『ダ・ヴィンチ』で全10回にわたってコミカライズを連載し、上下巻の単行本を上梓した絵本さん。タムラコータロー監督たっての希望でキャラクター原案に指名され、その流れでコミカライズも担当することになったそう。
「タムラ監督が『ノラガミ』シリーズを手がけていた頃『月刊少年マガジン』の編集長に“今度『ジョゼと虎と魚たち』を映画にするんだけど、キャラ原案を任せられる人を探している”と相談をしたそうなんです。それで私が推薦され、当時連載していた『それでも僕は君が好き』を監督が読んで気に入ってくださったようで、ご依頼を受けました」
アニメーションにおいてキャラクターは命ともいえる存在だ。どんなに素晴らしい内容であっても、登場人物に魅力がなければ作品は死んでしまう。
「念頭に置いたのは、現代の若者としてのジョゼと恒夫にするということです。ジョゼは原作では市松人形のような女性と描写されていますが、今の時代に合う美しさ、かわいらしさのある女の子にしました。キャラクター会議には介護職の方も同席してくださり、足の不自由な人はこういう服はあまり着ない、といった現場の方でないとわからないご意見もいただきました」
女の子を描くのが好きという絵本さん。ジョゼが比較的順調に形づくられたのに対し、恒夫はイメージが固まるまで難航したそうだ。
「恒夫はなんでもできる感じの男性で、性格も優しいので、おそらく本人は無自覚でしょうが女の子に人気があると思うんです。だけどそういう人物に対しては映画を観る方が共感を抱きにくいのでは、と監督もおっしゃっていて。無色透明の特徴がないキャラクターにはしたくない、とも。いろいろ考え、一度決定しかけたデザインはもう少しおぼこい風貌だったのですが、考え直してもう少し、シュッとした印象にさせていただいたり。恒夫の格好良さの塩梅についても監督やプロデューサーさんとかなり話し合いました。そして私の原案を基に飯塚晴子さんにアニメーション用のデザインをしていただいたのですが、キャラの方向性がしっかり固まって“恒夫”になっていたので、凄い! と思いました」
今の時代に即するという点でいうなら、お洒落で凛とした佇まいのジョゼの祖母チヅに、最も現代らしさを感じるかもしれない。
「チヅはデザインに一番難航したかもしれないです。私が最初期に想定していたのはもっと“おばあちゃん”っぽいおばあちゃんだったのですが、全くそうではなく。ボツ案が増えるばかりで、途中からは監督からかなり具体的にご意見をいただきました。“若い頃、美人だったんだろうと思わせる感じの人で、都会の繁華街に唐突に立ってる古いボロボロの木造の家とかに住んでそうな、魔女っぽくて一見ちょっと怖そうな雰囲気のお婆さん”という要望をいただきました。たしかにこういうおばあちゃんは現代ならではですね」
そうして生まれたキャラクターたちは、キャラクターデザインと総作画監督の飯塚晴子さんによってブラッシュアップされ、それを基にタムラ監督が絵コンテを作った。
「絵コンテを拝見して驚きました。桑村(さや香)さんのあの素敵な脚本が、こんなふうに展開されるんだ……と。特にジョゼが空想の中で魚たちと一緒に空を泳ぐ場面には圧倒されました」
コミカライズを執筆する際は、脚本の台詞を活かし、擬音をなるべく入れないようにした。
「たとえば第1話は恒夫が海を泳いでいるところから始まりますが、冒頭5ページは台詞もモノローグも一切ないんです。擬音も入れませんでした。さすがにそれだと静かなので、シュー、ボコボコと呼吸音を入れようかなとも考えたのですが、擬音なしでいくことにしました。あまり擬音を書き込まない方が印象的なシーンになると思いました」
擬音を消すと静かな場面はより静かに、緊張感の漂う場面には、より張りつめた空気がにじむ。
「その場面場面の雰囲気を、絵でいかに伝えるかに気を配りました。四季折々美しいシーンがたくさんある物語なので、このシーンの日差しはどれぐらいか、温度や湿度はどれ程か、どんな色だろう、などを想像し描き分けるのがとても楽しかったです」
絵本さん曰く「ジョゼはおずおずさせないように、恒夫はかわいげがあるように」心がけたという。
「ジョゼは気が強いようでいて弱いところもあるのですが、人の顔色を窺ったり、おずおずとした性格にならないよう注意しました。そして恒夫は、原作でもそうでしたが、彼の魅力はかわいげだと思うので、そこを大切にしました」
学生時代に原作小説を読んでとても感動し、その映画化に携わったことを「もったいないくらい夢のようだった」と語る。
「本当に素敵な映画になっていて、参加できて光栄でした。映画の素晴らしさがそのまま伝わるマンガになるよう一所懸命に取り組みました。この作品を描くことができて心から嬉しいです」
えもと・なお●2013年、徐譽庭による小説をマンガ化した『それでも僕は君が好き』(『週刊少年マガジン』『別冊少年マガジン』掲載/全7巻)で連載デビュー。岡田麿里原作『荒ぶる季節の乙女どもよ。』(『別冊少年マガジン』掲載/全8巻)は累計60万部を突破する大ヒット作となる。
アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』
公開:2020年12月25日(金)
原作:田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』
監督:タムラコータロー
脚本:桑村さや香
出演:中川大志、清原果耶、宮本侑芽、興津和幸、Lynn
公式サイト:https://joseetora.jp/