コンビニで100日間おなじ商品を買い続けたらあだ名がつく? ビスコで証明した人の心の温かさにまつわる小さな奇跡の物語
更新日:2020/12/20
コンビニ、スーパー、ファミレスなど、「普段の生活でよく通うお店」は誰にでもある。私たちは、どこかのお店の“なじみ客”というわけだ。けれども資本主義が進んだことで、大型店舗やチェーン店が街中にあふれ、接客もマニュアル化された。そのためなじみ客と店員さんの世間話を交わす光景が、昔に比べて減ったように見える。
接客経験があれば“あるある”だろうが、少なくとも週に3回以上、お店に顔を出している時点で、どんな店員でも客の顔はなんとなく覚えてしまう。だが、自分の仕事に必死なので、たいていは気にしない。なじみ客は、なじみ客。いつものように仕事をするだけ。
それでも通っているのは人であり、働いているのも人であり、変わった様子を見かけたら、客も、店員も、その人のことが気になってしまうものだ。
『100日間おなじ商品を買い続けることでコンビニ店員からあだ名をつけられるか。』(光文社)の著者であり、20代男性の与謝野さんは、神様からどんな啓示を受けたのか知らないが、こんな決心をした。
100日間おなじ商品を買い続けることでコンビニ店員からあだ名をつけられる か。それを検証したいと思います。
私が100日間買い続けるもの、それはビスコです。
検証ルール
与謝野さんは「コンビニで100日間ビスコだけを買い続けると、“ビスコのあんちゃん”といったあだ名はつくのか?」という検証を行うことに決めた。簡略化して「ビスコあだ名検証」と言い換えられそうだ。
正確な検証を行うための細かいルールもいくつか決めた。簡単に述べると、こんな感じになる。
①正確に検証したいので、コンビニは複数あるほうがいい。そこでデイリーヤマザキ、ファミリーマート、ローソンの3店舗を選出。それぞれの店舗で100日間ビスコを買い続ける。
②あだ名をつけられようと目立つ行動をしてはいけない。ただし一度店員さんから話しかけられて以降は、こちらから話しかけてもOK。
③100日間通ったのち、タイミングをみて店員さんに「私にあだ名はついていますか?」と聞く。
このようなルールを設けて、検証は2019年9月11日にスタートを切った。本稿でもこの検証模様の一部を追っていこう。
デイリー、早くも落ちる
まず笑ってしまうのが、検証4日目にしてデイリーヤマザキのビスコが在庫切れになってしまうことだ。たしかにコンビニにビスコが大量に置いてあるイメージはない。検証の盲点であるが…それにしても早いな! この事態に、与謝野さんはこうつづる。
ビスコはきっと帰ってくる、そう信じて。
ところが願いは届かず、ひとつも入荷されないまま、ビスコ用の棚スペースが跡形もなく消え去って「検証落ち」。うーん…悲しい。しかしデイリーを責めないでほしい。ビスコは素晴らしいお菓子だが、たしかに毎日コンビニで売れる商品とも考えにくい。デイリーのオーナーは、しっかりとマーケティングに基づいて仕事をしただけなのだ。
ローソンで出会ったナイスなお姐さん
この在庫切れ危機はローソンでも起きていた。しかし小さな奇跡が起きる!
ローソンには、与謝野さんが「お姐さん」と名付けた大変愛想のよい店員さんがいる。驚くべきことに、まさか2日目にして「お兄さん、ビスコ好きですね~」という接触に成功。いや、これまた早いな!
さすがに面食らった与謝野さんは、「っへへ笑」というお茶目な返事しかできず、絶好のあだ名チャンスを逃してしまった。
その後も、お姐さんは何かあるたびに話しかけてくる。そして…わずか7日目にして、ビスコ在庫が切れそうで困っていた与謝野さんに、お姐さんは「明日には棚にビスコが戻りますよ!」と告げたのである。わざわざ与謝野さんのためにビスコを入荷してくれたのだ。ナイス、ビスコ機転。
14日目には、与謝野さんの会計を担当していなくても、お姐さんが隣から「よっ」と右手を少し挙げて挨拶するように。完全になじみ客へと昇格を果たした。
本書は、日記風につづられたビスコあだ名検証だ。失礼ながら大変にくだらない内容なのだが、なぜかページをめくるたびに「マジ?」「え? めっちゃ優しい!」「そんなことあるの?」と声を出してしまうのが、本書のキッカイなところ。
こういった小さな奇跡は、ファミリーマートでも起きていた。
ファミリーマートの気だるげな女性
ローソンでは、早々と店員さんにビスコ客として定着した与謝野さん。しかしファミリーマートでは、かなりの苦戦を強いられていた。その原因は、ほんのり金髪でヤンキー風の20代女性店員にあった。与謝野さんはこの女性を「気だるげな女性」と名付ける。
この気だるげな女性は、とにかく接客のやる気がない。レシートは渡さず、商品の袋詰めやテープ貼りなど、金銭のやりとり以外の接客を徹底して省いてくる。本書から察するに、並の検証者ならばモチベーションが保てず離脱しそうな接客態度だ。
しかし与謝野さんは諦めずに、レジに並んでビスコを買い続けた。気だるげな女性に「レシートをください」と言い続けた。どれだけ彼女の接客に人間味がなくても、与謝野さんはめげずにビスコを手に取った。そして…その日がくる!
14日目、いつものように気だるげな女性にビスコの代金を支払う。すると…?
「ビスコ、好きなんですか?」
気だるげな女性からこう尋ねられたのだ! またも面食らった与謝野さんは、無言でニコッとして退散。
その後も気だるげな女性は、与謝野さんと他愛もない会話を交わすようになった。印象深いのが、検証21日目、2019年10月1日。この日から消費税が10%になり、軽減税率が導入された。つまりコンビニでビスコを買って、持ち帰れば8%。店内でイートインすれば10%。
与謝野さんはビスコあだ名検証のため、わざわざ損するイートインを所望。ところが気だるげな女性は…?
「いや、ビスコは(消費税)変わんないんじゃないですか~?笑」
そういって与謝野さんのイートイン要求をはねつけたのである! むぅ…「イートインで食べたい(Q)」に対して「消費税は変わらない(A)」とは…「Q&A」が成立していないように感じるが、とにかく過去の接客態度を考えると大変な変化だ。
検証終了後の後日談
改めて述べるが、本書はコンビニで100日間ビスコを買い続けることで、あだ名をつけられるか検証したものだ。与謝野さんはコンビニでビスコを買い続けただけ。しかし21日目以降も、店員さんとの他愛のない会話や、ビスコをめぐる小さな奇跡がどんどん巻き起こっていく。その模様がどうも心温まる。
そして検証終了後の2020年1月、この記録をnoteにつづった結果、100日間の小さな奇跡に胸を打たれた人が続出し、ネット上で大拡散! ついに光文社で書籍化されるに至る。
ちなみに本書では、noteでは読むことのできない、検証終了以降の後日談もつづられる。ネタバレになるのであまりご紹介はできない。ひとつだけ言えることは、与謝野さんはコンビニのなじみ客として完全に定着。店員さんたちとすっかり仲良くなっているのである。
本書を読んで「いいなぁ…うらやましい…」「コンビニで100日間何か買おうかな」という気持ちになるのは、私だけではないだろう。
コンビニやファミレスがどれだけ完璧な接客マニュアルを用意しようと、結局働いているのは人間だ。そして店を訪れるのも人間だ。お互いに「この人はどんな人だ?」と興味を持つことは止められないし、与謝野さんのように小さな奇跡を引き起こすこともある。その証明をしたのが、他でもないビスコだったわけだ。
文=いのうえゆきひろ