ネガティブだからポジティブになれる。松岡修造さんがトップアスリートから学んだ弱さ克服術とは?《インタビュー》

スポーツ・科学

更新日:2020/12/28

(c)文藝春秋

「ポジティブには、基本的にネガティブじゃないとなれない」

 ハッとさせられる真理を至って落ち着いたトーンで説いていたのは、元プロテニス選手の松岡修造さん。いつも明るく熱血なイメージを持つ人は多いのではないか。“修造節”と呼ばれるユニークな語り口も特徴的で、引退後は長年スポーツキャスターとしてアスリートの本音をぐいぐいと引き出してきた。だが、自身は「根が消極的でネガティブ」と自覚するという。だからこそ、ポジティブに切り換えるスイッチを増やして自分を変えてきたのだと。

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「弱さ」を「強さ」に変えるポジティブラーニング
『「弱さ」を「強さ」に変えるポジティブラーニング』(松岡修造/文藝春秋)

 そんな松岡さんが、これまでの経験をもとに『「弱さ」を「強さ」に変えるポジティブラーニング』(文藝春秋)を上梓。最大の特徴は、錦織圭、池江璃花子、大坂なおみ、羽生結弦、伊藤美誠、国枝慎吾、浅田真央という7人のトップアスリートからの学びが伝えられていることだ。

 いずれも世界トップレベルに「強い」選手たちだが、松岡さんが掘り下げてきたのは彼らの「弱さ」。むしろ「強さ」には興味がない、とすら言い切る。どういうことなのか、本書の背景とともに話を伺った。

――この本を出すことになったきっかけと思い入れを教えてください。

松岡修造氏(以下、松岡):大きなきっかけはコロナ禍です。もともと今までたくさんのアスリートにインタビューしてきて、僕自身が強く感じたことを、『Number』に寄稿してきたのですが、それをいつかひとつの本にしましょうという話はずっと前からあったんですね。そうしたなかで、オリンピックが延期になり、コロナ禍になった。何かしっかりとした時間もでき、もう一度、選手たちの言葉を振り返ってみて、僕自身が何を感じたかということを深く捉えることができたんです。これを伝えることはすごく大切なことと思い至り、『Number』で伝えてきたことだけではなく、新たな内容も加え書き下ろすことができました。

――松岡さん自身が直接、取材やインタビューを重ねるなかで、感じてきたこと。「弱さ」を「強さ」に変えるとは、そうしたことを通じて本書のテーマにされた?

松岡:そうですね。タイトルからも感じていただけるように、ポジティブラーニングがテーマにあるので、どうやったら今の状態を自分の中で前向きに捉えるか、というひとつのきっかけや方法を本書に入れました。

 ただ、僕の捉え方は「ポジティブには、基本的にネガティブじゃないとなれない」。というのも、ポジティブな人にポジティブラーニングはいらないので、この本を手にとる必要性がないですから。

 これまで僕がアスリートにインタビューする時も、基本にしていたのは弱いところや経験した挫折を聞き出すことなんです。そこを中心に話を伺っていくなかで、選手自身がこれまで言葉にしていなかったことや、感じていたけれど言葉にできていなかったことを言語化してもらってきました。そして今回、長年インタビューでやってきたことを一冊の本という形にしました。

――なぜ弱さにフォーカスして話を聞くのですか?

松岡:一言でいうと、強さにあまり興味がないということでしょうか。強さには、なかなか共感できないのではないかと思うんです。「この人は強いから」で終わっちゃいますから。もちろん、その強さを感じたいならそれでいいのですが、やっぱり応援したくなるのは、その選手が強いからだけじゃなくて、どこか自分に似たような部分だとか、自分に置き換えた時に、同じような部分があるからじゃないかと。

 僕は、弱さ、もがき苦しむこと、挫折の思いには、その人の人間らしさが一番表現される部分だと思うんです。弱さを知ることでわかる、その選手の人間味や考え方が聞きたかったのもあります。

――この7人を選んだ理由を教えてください。

松岡:ひとつには、僕が最もインタビューをしてきた選手というのがあります。もうひとつは、本当の意味で圧倒的な強さを持つ世界的な選手だからです。テニス選手が3人重なったのは、グランドスラムで取材してきたので必然的にそうなりましたが、全員が世界のトップレベルにいますから日本が誇れることですね。なかでも国枝(慎吾)さんは、世界基準で言えば日本で一番のアスリートだと思います。車椅子テニス界における(ロジャー・)フェデラーと同じようなポジションで、彼はテニスを超えた強さを持っています。

 それに、この7人は一般の皆さんにとっても身近な存在です。これだけの選手が弱さをさらけ出していると、読み手にとっても頭に入りやすいというか安心感を得られる。特にコロナ禍の今は、不安や弱さを感じている人がたくさんいる。そうした人に「ああ、こんなトップ選手でも『弱さ』を持っていたんだ」と知ってもらい、実際に選手たちがどのように克服していったかを、しっかりと具体的に伝えたかったんです。

 また、みんなが知っている選手というのが大きな意味を持つとも考えました。そうした選手が弱さを克服していくストーリーは、イメージが湧いてきますから。おそらく読みながら、その光景も思い浮かぶと思います。すると、その光景を描けば描くほど、自分の中でもイメージが出来上がっていく。その力が、自然と読んだ人の生活の中にも活きていくはずと考えたんです。

――どんなに強いアスリートも弱さがあると。でも例えば、大坂なおみ選手はグランドスラム2連覇の後、勝てない時が続いても、SNSでポジティブなメッセージを発信し続けていました。さらに今年の全米オープンでは、オピニオンリーダー的な存在感を放つほどに。にわかに成長して、弱さを強さに変えた印象があります。

松岡:そこは、なおみさんが最も成長した部分だと思います。ただ、だからといって今後もグランドスラムをずっと勝ち続けるかというと、僕はまだクエスチョンマークがつきます。ちょっとしたことで心が揺れ動く。プレーを見ていても、いろんな部分でブレるときがあります。(ラファエル・)ナダル選手などのように、何があっても動じないということじゃない。でも、それがまだまだ成長できる彼女の良さでもあり、魅力でもあると思います。

――大坂選手とは逆に錦織選手は、本人が自負するように「メンタルが強い」。歴代トップのファイナルセット勝率が証明していると思います。

松岡:そうですね。錦織選手はファイナルセットの勝率一位を誇るほど土壇場のメンタルがすごく強い。でも、2人を見比べると、なおみさんはグランドスラムを3回も獲っている。そこだけを捉えるとなおみさんは、本当に大事な時にとてつもなく強いんですよね。錦織選手はメンタルが強いけれども一番欲しかった時にタフになりきれてなかった。

 そのここぞというときの弱さと彼は今も戦い、克服するために向き合っています。「メンタルが強い」からいいとはならなくて、彼の中では、どうしてもグランドスラムになると…という弱さがある。だからこそ、ポジティブにいろんなことを学んでいるのではないでしょうか。

――今はコロナ禍でネガティブになりがちな世の中ですが、松岡さんはどのように乗り越えていこうと考えていますか?

松岡:僕の場合、オリンピック・パラリンピックがものすごく大きな存在なので、実は今もネガティブな自分もいますが、今だからこそ心を一つにするチャンスだと感じており、来年必ず開催されると信じて希望を持って生きています。仕事の面では大きな影響がありましたが、それでも冷静に考えると僕の影響はそれほど大したことではありません。ニュースを見れば、医療従事者の方々は休みがゼロのなか、自分には休みがありますし、好きなものを食べられる状態ですから。もし本当に一緒に応援するのであれば、すべて自粛するべきだろと葛藤する自分もいます。

 でも、こうした状況をポジティブに変換しようとするなら、一番参考になるのは国枝さんの言葉だと思います。つまり「この状況をしっかり受け入れる」ということ。「なんでこうなっちゃったんだ…」ではなく、まずは受け入れ、今自分に何ができるのか考えた時に、自分の中で、今に向き合える力が生まれてくる。新しい自分としての向き合い方、捉え方というのが、僕はポジティブであってほしい。そして、きっとそれは誰にでもできることじゃないのかなって。ニューノーマルは、自分自身にとってのニューノーマルであればいい。今の変化をまず受け入れることがひとつのスタートになるんじゃないかと思うんです。

 実際に今までやっていたことで、ネガティブだったことがポジティブになったこともあります。例えば、ずっと家にいるのはよくない、外に出なさいって言われていましたよね。それが今はステイホームって言われるわけですから。でも、そこで今まで気づかなかったことに気づけたこともいっぱいあると思うんです。

――最後に本書を通じて、世の中に伝えていきたいことを教えてください。

松岡:ポジティブラーニングは決して難しいものではなくて、自分が今まで感じたことのない「気づき」を得ることだと思うんです。この本を通して、いろんな新しい発見をしてほしいですね。読んでいて「気づく」というのは、何かひとつ明るい光が入ってくるような感覚に近いと思うんです。読んでくださる方には、この本を通じて、どんどん前向きなエネルギーを蓄えていってほしいと願っています。

取材・文=松山ようこ