家族のこじれた関係を見直したい方へ。中央公論文芸賞受賞の話題作『家族じまい』
公開日:2021/1/1
家族とのあいだで起こる問題は厄介だ。他人との問題よりも、完全に断つことが難しい。加えて、問題に対する姿勢が家族の中でずれると、精神的負荷が大きくなる。家族なのにわかりあえないもどかしさが生じるからだ。自分の考えを貫く、相手の考えを受容する、あきらめて縁を切る。そのどれを取っても、正しい気がしない。では、家族を“しまう”という選択がここに加わったら、どうだろう。
桜木紫乃さんの『家族じまい』(集英社)は、親子や親族の関係を各人物の視点から捉え、家族を“しまう”プロセスを描いている。2020年6月に刊行した本作は、第15回中央公論文芸賞を受賞した。桜木さん自身の家族構成をベースにしている点で、直木賞を受賞した代表作『ホテルローヤル』ともわずかに関連性がある。
美容師でありながらリゾート経営を夢見て借金と家庭内暴力を繰り返した父と、そんな父からの逃避で宗教に没頭した母。両親を避けて駆け落ちし、子育てを終えた智代のもとに、妹の乃理から電話がきた。「ママがね、ぼけちゃったみたいなんだよ」。その言葉を受け、智代は長年距離を置いてきた両親のもとへ向かう。別人になった老夫婦を軸に、凍結していた家族の関係が動き始める。
この物語に登場する家族は、スムーズなコミュニケーションが取れていない。家族以外の人とは美しい和音で奏でられる演奏が、家族とのあいだでは途端不協和音になるように。「親子だから」「兄弟・姉妹だから」「夫婦だから」。家族にまつわる「こうあるべき」という虚像が呪縛になって、押し殺した感情や飲みこんだ言葉があるからだろう。ただ一人、その呪縛から解放されたのは認知症になった母である。すべてを忘れてしまう母の無垢さを前に、家族は自分にかけられた呪いを少しずつ整理していく。
この物語の終わりはハッピーでもバッドでもない。あくまで家族と自分との関係を整理するだけだ。でもそれでいいんだと思わせてくれることこそ、『家族じまい』がくれる一筋の希望だと思う。家族だから仲良くする必要はない。また、縁を切る儀式を経ずとも、自然と離れて構わない。忘れたころにまた会ったっていいのだろう。こじれた家族との関係をありのままに受け止められたのなら、きっとそれが自分にとってぴったりの『家族じまい』になるはずだ。
文=宿木雪樹