誰もがいつかは高齢者…“プロ患者”のススメとは? 医師が教える「患者の心得」

暮らし

公開日:2021/1/3

患者の心得 ―高齢者とその家族が病院に行く前に知っておくこと―
『患者の心得 ―高齢者とその家族が病院に行く前に知っておくこと―』(山本健人/時事通信社)

 医師の処方箋が無くてもお店で購入できる市販薬を、「OTC医薬品」と呼ぶ。OTCとは「Over The Counter」の略で、カウンター越しに薬を販売する形式に由来しており、医師に処方してもらう医療用医薬品の成分が市販薬に転換された物は特に「スイッチOTC薬」と呼ばれる。政府は医療費を削減したい訳だし、私たちにしても医療用医薬品が店頭で購入できるようになれば便利であるから、スイッチOTCが増えるのが望ましい。しかし、2020年の10月末に厚生労働省が催した「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」の会議資料を見てみると、「スイッチ化すれば自動的にネットで購入でき、切れ味の良い薬が濫用される怖れがある」ことが課題として指摘されている。つまりは患者でもある消費者が信用されておらず、推進の妨げとなっているのだ。そこで、私たち一人ひとりがプロの患者となって医療関係者の信頼を得るための教本として、『患者の心得 ―高齢者とその家族が病院に行く前に知っておくこと―』(山本健人/時事通信社)を読んでみた。

誰もがいつかは高齢者

 副題が示しているように、本書のメインテーマは高齢者である。読者の中には、自分にはまだ関係無いと思う人もいるかもしれないが、運良く怪我も病気も一切したことが無いという人でも、加齢だけは避けられない。だから「加齢が及ぼす影響」をしっかり理解しておくのは、自然災害や大事故よりも確実かつ必ず将来起こることへの備えでもある。また、新型コロナウイルス禍にあっては、病院に行くのをためらうことがあるだろうし、医療リソースに負担をかけないためにも、本書の「病院に行くことのデメリットよりメリットの方が上回る場合のみ病院を利用する」という考え方を知っておくのもいいかもしれない。

病院に行く意味と、帰る前に尋ねておくこと

 病院へ行く患者が期待するのは、検査によって病気を診断したり治療したりすることだろう。しかし、「病気」と「病気でない状態」の間には、なだらかに変化するグラデーションがある。たとえば健康診断の血液検査などでの数値は確かに目安になるとはいえ、単独の数値だけでは正常か異常かを判断することはできない。大事なのは、数回の検査を経て「検査値の推移」を見ること。それは診察にも云え、「様子を見ましょう」と帰されたのを不満に思い、通院をやめたり紹介状も書いてもらわずに他の病院に変えたりしてしまうと、「経過観察」ができない状態に。実際、著者のもとへも他の病院から「何もしてくれないので、心配で来ました」と訪れる患者がいるそうだが、そうなると初対面であるために病状の変化が分からず困ってしまうのだとか。

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 まずは同じ病院に通うことを考え、不安なら帰る前に「次にどんなことがあれば受診すればいいのか」を医師から聞き出しておくことを著者は勧めている。もし病院を変えるのであれば、先に私は「紹介状」と記したが本書には正式な「診療情報提供書」と書かれているように、それを携えて移った方が良い。

薬が効いたかの効果を証明するのは難しい

 薬もまた、病気を治す物と考えていると誤解しやすい。それは、予防についても同じである。新型コロナウイルスで注目され一時期品薄となった“うがい薬”は、「水道水に比べて風邪の予防効果が乏しい」ばかりでなく、使って風邪が治ったとしても因果関係を証明するのは、極めて難しいのだとか。薬の効果を調べるためには、比較対象として「投薬しない患者さん」を集めて「投与しなくても自然に良くなったかもしれない」という可能性を除外しなければならないからだ。

 著者は子供の頃に風邪をひいて医師からヨード液をのどに塗ってもらい、のどの痛みがすっきり治るのを体験している。しかし不思議なことに、ヨード液を塗って治る時とそうでない時があることに気がついたという。そして医師になってみて分かったその理由は、塗っても塗らなくても「風邪は自然に治るから」だったのだとか。薬を他の飲食物や占いの類に変えてみても、効いたと錯覚するということはあり得る話だ。

「Q&Aサイト」における医療情報の落とし穴

 医師である著者は、友人からメールや電話で健康相談を受けることが頻繁にあるそうだが、「早めに近くの医療機関を受診することをお勧めする」と伝えざるを得ないと述べている。何故なら、相談者は「病院に足を運ぶのは可能なら避けたい」という思いと、「手遅れになったら困る」という不安を抱えており、答え方によっては「相手の受診機会を奪うこと」が危惧されるからだ。

 なにしろ病院で事前に患者に記入してもらった問診票を見て予想を立ててすら、実際に診察をすると大きく異なることが珍しくない。原因としては、医療の専門知識を持たない患者が自身の病状や経過などを、言葉だけで上手く医師に伝えられないことが考えられる。ネットに載っている体験談や「Q&Aサイト」にしても同様で、医療関係者を名乗る者が回答しているケースもあるが、本当にそうだったとして圧倒的に少ない情報からの回答は信頼性が低い。熟練したプロは、歳を取っても目端が利くもの。プロの患者ならば、信頼性の低い情報源など頼りにしてはいけないのだ。

文=清水銀嶺