NHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公にして、「日本資本主義の父」渋沢栄一の言葉に学ぶ
公開日:2021/1/2
今年のベストセラー本を発表した、出版物の取り次ぎ大手である日本出版販売によると、店頭でのビジネス書の売り上げが8月頃から伸びてきているという。新型コロナウイルスの影響でリモートワークといった在宅勤務や外出自粛のおり、自分の時間を学びに充てようとする気持ちの高まりや、先行きの見えない不安感から知識を身に着けておきたいと考えてのことなのかもしれない。そんな学びの際に、おすすめの1冊を見つけた。
福沢諭吉に代わって2024年に一万円札の肖像に用いられることが決まっている渋沢栄一は「日本資本主義の父」とも伝えられていて、2021のNHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公である。そんな渋沢栄一の著述から厳選した言葉と、その背景を解説している『渋沢栄一 運命を切り拓く言葉』(渋沢栄一:著、池田 光:解説/清談社Publico)もまた、学びの一冊となるはずだ。全10章に100の言葉が記されている本書は、通して読めば渋沢栄一の生き方を知ることができるが、目次の小見出しを眺めて自分の心に響く項目から読んでみるのも良いだろう。
運命を拓く章
「正義人道に基づいて、国家社会を利するとともに、自己もまた富むものでなければ真の成功者とは言われない。」
江戸末期に生まれた渋沢栄一は若い頃、幕府の開港政策を批判する攘夷論者であったが、徳川慶喜の弟・昭武の随行員として渡欧すると開国政策に通じる通商貿易を支持するようになったという。学ぶことによって考えを改めた訳だが、彼の優れているところはバランス感覚で、富と道徳という世間では相反するとされていることが合一するとしていた点。真の成功者とは「お金や名誉を手に入れた人物である、というだけでは不十分」と考えていた彼の成功哲学が表れている言葉と云えよう。
王道を歩む章27
「人は偏せず、党せず、よく中庸を得るこそ、真の君子と称すべきである」
幕末維新に青春時代を送った渋沢栄一は、多くの歴史的人物とも交流してきた訳だが、英雄肌の人物はずば抜けた長所を持っている代わりに「均整を欠いていた」と観察していたようだ。本書では中庸を得た人とは、「知恵」「情愛」「意志」が発達しながらもバランスが取れている人物であると解説しており、王道を歩む人は過ちを犯すことが少なく、偏向していないからこそ物事に臨機応変に対処できると記している。
三菱財閥の創業者である岩崎弥太郎からヘッドハンティングされた彼は、経営に対する考え方が異なることからこれを断り、「私がもし一身一家の富むことばかりを考えたら、三井(三井財閥)や岩崎にも負けなかったろうよ」と家族に語っていたそうで、残した実績からしても負け惜しみではないのが分かる。
志の持ち方の章
「鉄道の改札口を通ろうというに、めいめいあの狭いところをただ己さえ先に通ればよいと焦ったならば、誰も通られぬようになって、ともに困難に陥るは明白である。」
渋沢栄一は、決して高い理想を掲げて夢想するような人物ではなかった。むしろ理想のための道理にかなった行動を旨としており、「お先にどうぞ」と相手に譲る利他の精神は逆に譲られることもあって誰も損をせず、順番を守って規則正しく振る舞えば秩序も守られ、自身が争いに巻き込まれることも無いことを、こうして説いていた。
しかし同時に、目標がふらつくのは理想が伴っていないからだとも指摘している彼は、私益を得ることを否定してはいない。ただ、「道理を行って世を益し、その間に己をも立てていくということを理想としなければならぬ」と述べているように、世の中を良くしなければ、自身も富むことはできないのである。
勉強の意義の章
「読んで心に残らぬようなことなら、万巻(まんがん)の書を読破した者でも、なおよく一冊を記憶する者に及ばぬ訳である。ゆえに読書の要(よう)は『心記(しんき)』あるに相違ない。」
バランスを重視する渋沢栄一の成功哲学の中にあって、異質に思えたのがこの言葉である。心記とは「読んでよく覚えておく」あるいは「読んで心に残る」という意味で、昔の中国の『古文真宝(こぶんしんぽう)』に記されている「勧学文(学問を奨励する文)」から取った言葉だそうだ。彼は幼少期によく本を読んでいたばかりでなく、読んだ一節を暗記していたという。なにより、成功し名声を得たいと願う功名心などの欲望を肯定していた彼は、「これあるために勉強心も発する、奮発心も起こるではないか」と述べ、さらには「仮にこれ(功名心)を棄てるならば、(中略)自暴自棄に陥らなければやまぬのである」とさえ説いている。
本を読むのも「全集中の呼吸で」などと、王道に乗ってみるのは安直すぎるだろうか。
文=清水銀嶺