ベストセラー本の翻訳家は、どうして出版業界を去ってしまったのか?

ビジネス

公開日:2020/12/31

出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記
『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(宮崎伸治/フォレスト出版)

『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(フォレスト出版)の著者・宮崎伸治さんは約30冊の翻訳書を出している。その中には『7つの習慣』の第二弾にあたるベストセラー『7つの習慣 最優先事項』も含まれている。しかし現在、宮崎さんは出版翻訳の仕事を辞めている。

 本書は著者がひとつの職業を辞める決断をするまでの経緯が綴られている。ひしひしと伝わってくるのは、出版業界のみならず働くときに雇われた側の立場がいかに弱いかだ。著者の異なるこのシリーズの前作『メーター検針員テゲテゲ日記』と共通している。

 宮崎さんは理不尽だと感じた出来事に対しては、時に裁判になっても真っすぐに立ち向かっていく。

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“この裁判沙汰を経験して痛感したことが2つある。ひとつはトラブルが多い出版業界に身をおいておくには本人訴訟ができる程度の法的知識は身につけておくべきということ。そしてもうひとつは仕事を引き受けるときに欲望に惑わされてはならないということである。”

 これは明らかに自分のためだけではなく、後に続く出版翻訳家たちへのメッセージもこめられている。そして「出版業界」と書かれているが、いろいろな仕事をしてきた私は、すべてのフリーランスが心に留めておくべきことだと感じた。

 このような言葉もあった。

“約束は約束。守らなければならない。それが社会のルールなのである。”

 当たり前だと思うだろうか。だがその「当たり前」ができていないことが、時としてこの社会にはある。

 宮崎さんは自らの職業の重要性を誰よりも理解している。だからこそ、勇気を振り絞って声を上げたのではないだろうか。

 最終的に宮崎さんは出版業界を去ることになる。そこに至るまでの過程は読んでいるうちに心が痛くなる。しかし、この書籍は出版されたこと自体に意義がある。

 納得のいかないことがあったとき、「仕事を干されるかも」と心配して泣き寝入りすれば、どのような業界も良くならない。自分だけではない。同じ職業の人たちはみんな辛いままなのだ。

 終盤で、著者は出版社の編集者に対して「自分が担当する翻訳家を大切にしてほしい」という言葉を投げかける。これも普遍性のある言葉だ。「企業は雇っているすべてのフリーランスを大切にしてほしい」と受け取ることもできる。

 現在、本書はインターネット書店でベストセラーになっている。著者の願いが業界を超えて、たくさんの読者に伝わっているからではないだろうか。

文=若林理央