異世界転生モノの新ジャンルに「古代エジプト」はいかが!? 神秘と謎に満ちた古代エジプトの秘密を徹底解剖する1冊
更新日:2021/1/17
主人公が異世界に転生する作品もそろそろネタ切れだろうと思っているのだが、不思議なもので衰える気配がない。実のところ私も大好きで、アニメ化された作品は海外での評判も気になり掲示板を覗いてみると、“どうして「中世ヨーロッパ風」の世界が多いのか”という議論を見かけた。適度に文明が発達していて、でも魔法があるから科学は進んでおらず、現代の知識を活かすのに都合が良いのと込み入った世界観の説明を省けるといった事情があるのだろうと推察していた。
しかし、ピラミッドやツタンカーメンなどで有名な古代エジプト風の世界観の作品がアニメで出てこないのは残念な気もする。それこそ新鮮な驚きが物語の主軸になるとすれば、主人公とともに見知らぬ世界を冒険する作品が創れるのではないか。なんなら自分が手掛けてみようと野望を抱いたところで、はたと困った。私が古代エジプトで知っているつもりなのは、あとはクレオパトラくらい。そこで頼ることにしたのが、この『古代エジプト解剖図鑑』(近藤二郎/エクスナレッジ)である。
3つの季節からなる古代エジプト
日本人の感覚だと季節は春夏秋冬の四つだが、ギリシアの歴史家ヘロドトスが「エジプトはナイルの賜物」という言葉を残したように、人々はナイル川の増水サイクルに合わせて生活していた。年に一度、ナイル川が氾濫を起こすと植物が成長するのに適した肥沃な黒い土が運ばれてくることから、赤い土の砂漠との対比で「黒は生命の世界、赤は死の世界」と認識していたそうだ。
そして氾濫期、水が引いて種を蒔く時期と収穫の時期とをそれぞれ120日で区切り、1年を360日とした。つまり、現在の私たちが使っている暦は、エジプト暦に閏年を加えたものでもあるのだ。なお、先のヘロドトスの言葉は一般的には古代エジプト文明の繁栄を指していると解釈されているが、著者によれば、単にナイル川の堆積作用によって土地が広がっていったことを意味しており、元来の意味を越えて使用されているとのこと。
バランスの取れた古代エジプトの食事
人々が暮らし始めたナイル川流域に王朝が成立してから、古代エジプトには約3000年の歴史があるそうで、その中ではビールやワインも生まれた。ビールは嗜好品ではなくピラミッド建設の作業員たちにも配給された一方、エジプトはブドウ栽培に向かない土地だったことから、「人工的に適した環境」を作りだしてまで生産していたワインは貴重品であったらしい。
食事は1日に2回、貧しい家も裕福な家もパンを主食にしており、紀元前1500年頃には専門のパン職人が現れて、パンの種類は40種類以上だったという。庶民でも、他に玉ねぎ、にんにく、レタス、キュウリなどの野菜と豆類に果物と、若干の魚を食べていたおかげで、昼夜の寒暖差が激しくても健康的な生活ができていた様子。
実用性もあった古代エジプトの身だしなみ
健康に寄与していたのは、食事ばかりではなく身だしなみもだ。王の1日は沐浴から始まり、肌の乾燥を防ぐために定期的にオイルを塗っていたそうだが、庶民でも1日に1回は体を洗っていた。汗をたくさんかき、伝染病の原因菌が潜む川や沼地での作業も多かったからか、皮膚を清潔に保つことの重要性に気づいていたようで、服は風通しの良い亜麻(あま)素材が好まれていた。
また貴族や王族は人前に出るときや宗教儀式においてカツラを使用していたが、日常的に使われていたアイシャドーには殺菌や防虫効果のある顔料が使われていたというから、あの派手なイメージの化粧には実用性もあったのだ。
古代エジプトの死生観
古代エジプトといえば、死後に再生・復活することを願って作られたミイラを思い浮かべる人もいるだろう。もともとミイラは自然乾燥によって保存されていたのが、社会の中でエリート層が台頭するようになると墓が巨大化していき、遺体の乾燥が進まず、腐敗するようになったことから、人工ミイラの技術が発達したという。
またその死生観は独特なもので、現代の感覚では肉体と精神の二つの要素を考えがちなのに対して、古代エジプトでは人間の存在に欠かせない要素は五つあるとされていた。個人を特徴づける精神的部分の「バー(ba)」と、生命力を維持する役割を果たす「カー(ka)」が合体することにより、永遠で不滅の存在「アク(akh)」となって、それがミイラを残す目的でもある。さらに「名前(ren)」がなければ人間として正式な存在にならないと考えており、「影(shwt)」は人間を危害から守る役割があったとされる。
ところで、探してみたら古代エジプトの世界観を取り入れた異世界転生の作品は、すでにあって私の出番は不要な模様。本書には、「大ピラミッド」「ツタンカーメン」「クレオパトラ」といった、著者が云うところの「古代エジプト3大噺」を含め多岐の分野にわたってまとめられているから、本書を参考書にするとなお愉しめるかもしれない。
文=清水銀嶺