1年前、凶弾に倒れた医師・中村哲を悼み、アフガニスタンで制作された絵本を、さだまさしが翻訳!

文芸・カルチャー

公開日:2021/1/8

カカ・ムラド ナカムラのおじさん
『カカ・ムラド ナカムラのおじさん』(ガフワラ/双葉社)

 2019年12月4日の朝、日本人医師の中村哲さんがアフガニスタンで銃撃され、亡くなった。ニュースを聞いてはじめて名前を知った人も多いだろうが、中村さんはアフガニスタンとパキスタンで35年にわたり現地の人々を救い続け、カカ・ムラド――“ナカムラのおじさん”という愛称で親しまれてきた。

 亡くなったときは現地や日本で多くのアフガニスタン人が「守れなくて申し訳ない」と日本語で書いたメッセージを掲げたという。その功績を後世に伝えるため制作されたのが2冊の絵本。

 そこに、実際に中村さんがどのような人で、何を成し遂げたのかを解説つきで1冊にまとめたものが『カカ・ムラド ナカムラのおじさん』(ガフワラ/双葉社)としてこのたび刊行された。

advertisement

 中村さんはただ医師として診療し薬を処方するだけでなく、アフガニスタンのガンベリ砂漠に緑をもたらした人だ。絶え間なく訪れる患者たちは、子どもも大人も同じ症状を訴え、日に日にその数は増えていく。なにか深刻な問題が潜んでいると考えた中村さんの調査によって、生活用水として使われる川の水に問題があるということがわかり、長い年月をかけて用水路が引かれたのだ。

 金銭的な余裕はもちろん、工具も機械もない村に、遠くの川から水を引いてくるなんて並大抵のことではない。けれど中村さんは知恵を絞り、日本にも助けを求め、医師としての白衣ではなく、作業服を身にまとって、その大事業を実現させた。表題作は、村人たちの命と未来を救ったその偉業を語り継いだもの。

〈カカ・ムラドはどこ? その姿は見当たりません。村人たちにとって、カカ・ムラドと過ごした日々はまるで遠い日の夢のようです。いまはもう、カカ・ムラドはいません。〉

 その一文に、胸が痛む。遠い日の夢のよう、だけどこれは古い伝承なんかではなく、つい最近のことなのだ。〈カカ・ムラドはどこ?〉という問いかけに、アフガニスタンに生きる人々の深い後悔と、いまだに信じられない、信じたくないという思いが詰まっている気がする。

 もう1冊の『カカ・ムラドと魔法の小箱』は少年ソラブの物語。大好きなお父さんとお母さんへの感謝をこめて、世界で一番の宝物を贈ろうと決めるのだが、夜空でいちばん大きな星も、世界でいちばん大きな樹も、世界でいちばんきれいで大きな貝殻も手に入らない。落ち込んだソラブは、東の果ての国から来た魔法使いのような友達カカ・ムラドに相談する。するとカカ・ムラドは、なんでもしまいこむことのできる魔法の箱をくれるのだ――。というのがあらすじで、こちらは完全にフィクションなのだが、ソラブに〈最初に自分の心でよく考えてから努力すること。それでもだめならひとりきりではなく、大切な誰かに相談すること〉と伝えるその姿は、まぎれもなく、あきらめることなく命を救うことに尽力し続けた中村さんの“核”である。

 なお、『カカ・ムラドと魔法の小箱』の翻訳を手掛けたのは中村さんの活動を尊敬していたさだまさしさん。中村さんへの追悼歌として製作された「ひと粒の麦 Moment」もあわせて、ぜひ聴いてみてほしい。

文=立花もも