「『美少女戦士セーラームーン』が声優としての覚悟を深めてくれた」月野うさぎ役・三石琴乃インタビュー
公開日:2021/1/22
三石琴乃さんの名を世に知らしめたのは、1992年。初のテレビシリーズ主役として抜擢された「美少女戦士セーラームーン」。25年以上が経った今、新シリーズでもセーラームーン/月野うさぎ役をつとめる三石さん。声優人生に大きな影響を与えた作品に対する思いとは?
〈あたし、月野うさぎ。こう見えても正義の味方。不思議なブローチで変身して、悪い奴らと戦うの!〉。テレビアニメの冒頭で、毎回流れていたうさぎの自己紹介。〈月にかわっておしおきよ!〉という決めゼリフ。今も三石さんの声で鮮明に思い出せるファンは多いだろう。当時の三石さんは声優としてデビューして4年目の新人。テレビアニメシリーズの主演をつとめるのは初めてだった。
「オーディションのときのことは鮮明に覚えています。セーラームーンに変身した姿と制服姿、それから横顔。お団子ツインテールのうさぎちゃんを武内先生が描いた紙を渡されて、監督に『おしおきよ!』のポーズを実演してもらって。それから『わーん! 遅刻遅刻~! どうして起こしてくれないのよ、ママのバカー!』というセリフがあったので、おっちょこちょいで落ちこぼれの女の子なのかな、だったら思いきり元気にはじけた感じで演じよう、と決めました。役が決まってからは、変身したからといっていきなり強くなるわけじゃない、というのは意識しました。うさぎは確かに、戦いを通じて数々の試練を乗り越えていくけれど、それによって人が変わったような成長をするわけではないんですよね。あくまでふつうの女の子だから、いつまでたっても泣き虫で甘えん坊。だけど一方で、戦うときの凛としたたたずまいも忘れないようにはしていました。とくに第1シリーズのクライマックス、セーラー戦士たちが次々と散っていく壮絶さのなかに見えた美しさは、いち視聴者として衝撃的だったので……」
第1シリーズ「美少女戦士セーラームーン」放送時、最終回までのラスト3話を三石さんは、実際にいち視聴者として観た。当時、病気療養のため休まざるを得なかった三石さんの代わりに、次シリーズ「美少女戦士セーラームーンR」の冒頭4話までを、のちにちびうさを演じる荒木香衣さんが担当したのだ。
「あのときは、声優の仕事というのは代わりをたてれば成立するんだ、ということが身に沁みて。本当に大変だったに違いない香衣ちゃんを思いやる余裕もなく、ひたすらはやく戻りたいと願い、自分の不甲斐なさに落ち込んでいました。だからこそ復帰したときは、三石琴乃が演じる意味のある芝居、というのをこれまで以上に考えるようになりましたね。いざとなったら代わりはきく。だけど、だからこそ、私だから出せる個性を磨きたい、と。「美少女戦士セーラームーン」は私にとって、声優としての覚悟を深めてくれた作品でもあるんです」
「美少女戦士セーラームーン」への愛と作品の根幹に流れるものはずっと変わらない
あまりに大切すぎる作品だから、だろうか。20周年プロジェクトとして「美少女戦士セーラームーンCrystal」の制作が決まったとき、うさぎ役のオファーを受けた三石さんは、引き受けるかどうかを数日間、考えたという。
「もちろん即答でやらせていただきたい気持ちはありましたけど、今も昔も14歳のうさぎと違って、私はそれなりに歳を重ねていますから(笑)。純粋無垢な彼女をあの頃と同じままに演じられるだろうか? と自分に改めて問い直し……うん、できる、って確信してからお返事しました。その後、オリジナルエピソードの多かった90年代テレビアニメとは異なり、今作は原作に完全準拠すると聞き、かつて積みあげたものをいったん壊して更地に戻し、新しい仲間たちと一緒にまた物語をつくりあげていこうと思いました」
そうして改めて現場に臨んだ三石さんが感じたのは、「美少女戦士セーラームーン」がいかに深く愛されてきたか。
「Crystal」のメンバーは90年代の作品をとてもリスペクトしていて、変身や技バンクのツボを語ってくれます。今回の劇場版「Eternal」の前編は新型コロナ前の10月に収録したんですけれど、私がセーラームーンのスカジャンを着て現場に行くとみんなに羨ましがられて、めいめいに持っているグッズの自慢をしあって。そんな、あたたかくも愛に満ちた現場で生まれる「美少女戦士セーラームーン」は、以前とは違うけれどやっぱり根幹に流れるものは同じ。「Eternal」ではうさぎ以外の4戦士も、それぞれ叶えたい夢と成し遂げなくてはならない使命とのはざまで揺れて、自分の弱さにも向き合うことになりますが、それでも諦めずに一歩踏み出す彼女たちの姿に、かつての視聴者がそうだったように、観る人はみんな勇気をもらえるんじゃないかと思います。個人的には、まこちゃんと戦ったホークス・アイの『あんたは自分の夢、諦めるんじゃないわよ』というセリフが印象的。あんなセリフあったっけ?と原作を読み返してみたら、映画のオリジナルだったんですよ。準拠はしてるけど、映画ならではの演出もちょこちょこあるのでぜひチェックしてみてください」
「美少女戦士セーラームーン」で育った子どもたちが今の時代をつくっている
現場で会うことがなかっただけに、ホークス・アイをはじめとするアマゾン・トリオ、そして彼らを操るアマゾネス・カルテットの出演シーンを観るのが、三石さん自身も楽しみだったという。
「みんな小生意気で活きがよくて、本当にかわいいですよね。敵が魅力的なのは「美少女戦士セーラームーン」が愛される理由のひとつだと思いますが、身体は男性だけど女性のようにふるまうアマゾン・トリオを観ていて改めて感じたのは、あの時代にジェンダーフリーのキャラクターが自然に描かれていたことの大きさ。天王はるかや、のちに登場するセーラースターライツもそうですが、性別の曖昧なキャラクターに対してうさぎたちは決して『変なの』とツッコミを入れることはない。その人がその人らしくあることを、あたりまえに受け入れて接している。それを観て育った子どもたちが今、大人になって、性別で固定された〝らしさ〟にとらわれない時代をつくってくれているのだと思うと……「美少女戦士セーラームーン」という作品が生まれてきてくれたことに、本当にありがとう、と思います」
さらに今作では、うさぎと衛にも数々の危機が訪れる。うさぎは敵の術でちびうさと身体の大きさが入れ替わってしまうし、衛は肺に黒いもやのようなものがかかり、衰弱していってしまう……。
「小さくなったうさぎとまもちゃんが『調子狂うなあ』ってタハハとなる場面もお気に入りですが、相手を思いやりすぎてすれ違ってしまうのも今作の見どころですよね。うさぎはポジティブにふるまおうとしすぎて空回りしてしまうし、まもちゃんは言葉が足りなくてうさぎを不安にさせてしまう。でも、何がどうしたってあなたが一番大事で守りたいんだ、一緒にいたいんだ、ってことを伝えられるうさぎの強さが二人をさらなる強い絆で結びなおす。言わなくてもわかる、なんてことはなくて、わかりあえていると思っている相手にこそ想いはちゃんと言葉にしなきゃだめなんだぞ、ということが伝わるといいなと思っています」
取材・文=立花もも 写真=冨永智子
メイク=Kanagon。(Beauty Salon nagomi)
みついし・ことの●代表作に『新世紀エヴァンゲリオン』(葛城ミサト役)、『ドラえもん』(野比玉子役)など多数。90年代当時、電車で「今日はセーラームーンがあるから早く帰るの!」と言っている子どもを見かけたとき、届いている幸せを初めて味わったという。
(『ダ・ヴィンチ』2021年2月号より転載)