ジャーナリストにとって命よりも大切なカメラ。銃で撃たれたぼくは真っ先にカメラを手放した/シリアの戦争で、友だちが死んだ⑥
公開日:2021/1/25
紛争地を中心に取材活動をする桜木武史氏がシリアでの体験を中心に綴るノンフィクション。紛争地取材を始めてからの大けがやシリアでの取材、大切なシリア人の友人を失った経験などを描き、なぜ戦場の取材を続けるのか、そこにはどんな悲劇や理不尽があるのか――。外は危険な状況であることは分かっていた。しかし、冷静さを失ったぼくは店の外に飛び出して…。
あっというまに終わった取材
不気味な静けさがあたりを包みこんでいた。
すると、3台の装甲車のうち1台がのろのろと動きだした。その瞬間──。
体が宙にうかぶような感覚と同時に、頭を金属バットでなぐられたかのような衝撃を受けた。気がつくと、ぼくは空を見上げて、地面にあお向けになってたおれこんでいた。
意識がもうろうとしていた。生温かな液体が首すじを伝わるのを感じていた。軽くふれると、てのひらがまっ赤に染まった。血だ。撃たれたのだと分かった。そして、傷口と思われる右下あごを押さえると、わき水のように血がドクドクと流れでていた。
「ここからにげなきゃ…助けをもとめなきゃ……」
そんなことを考えていた。ぼくはまず、首からぶら下げたカメラを投げ捨てた。
「カメラは体の一部だ。決定的瞬間をとらえて記録する。ジャーナリストにとっては命よりも大切なものなんだ」なんて、いつもは思っていた。
けれど、ぼくは真っ先にカメラを手放した。理由は簡単だ。重くてじゃまで、一刻も早くその場からにげたかったからだ。頭がくらくらして、どっちへ行ったらいいかも分からない。すぐとなりでは再び銃声がダッダッダッとはげしく鳴りひびいていた。
また撃たれるかもしれない。そう思うと、さっきまで感じなかった恐怖がぼくをすっぽりと包みこみ、足がすくんでしまった。動くことができない。助けをもとめようにも、大量に流れでる血のせいでまともに声すら出せなかった。
そのとき、うずくまるぼくにひとりの男性が手をさしのべてくれた。友人のカメラマンだった。かれはぼくの手をにぎって、非常線の近くまでぼくを引っぱってくれた。フラフラとした足取りで、ようやくぼくは非常線の外側にたどりついた。だが、そこには大勢のカメラマンが待機していた。顔見知りのカメラマンも何人かいたような気がしたが、かれらはぼくに向かって、ひたすらシャッターを切り、写真を撮りつづけていた。
「ひどいじゃないか。なんで助けてくれないんだ。なんで写真を撮っているんだ! 人間じゃない!」
消えそうな意識の中でそんなことをかすかに感じ、怒りに震えていた。
ぼくは警察車両の荷台に乗せられ、すぐさま病院へと搬送されることになった。不思議と痛みを感じることはなかったが、これまで味わったことがないはげしい後悔で胸がしめつけられた。
このまま死ねば、もう二度と母親や友人に会えない。せめて母親に一言「ありがとう」と伝えたかったし、「まだやり残していることがある。死にたくない!」と思い、泣きじゃくっていた。でも、もう遅い。ぼくは死ぬんだ。そう思うと、ぐったりした。
けたたましく鳴りひびくサイレンの音が聞こえた。車がガタガタとゆれていた。病院はまだだろうか。ぼくはこんなときなのに、いや、こんなときだからなのか、場ちがいだけれど、なぜか焼肉のことを考えていた。やわらかい肉の味、におい……死んだら二度と食べられないと思ったら、涙がまたあふれ出てきた。
病院に着くと、止血などの応急処置をほどこされた。どうやらぼくはまだ生きているみたいだ。その途端、少し冷静さを取りもどし、安心したのか、急にものすごい勢いで痛みがおそってきた。やがて体全体に震えが走るようになると、医師と看護師に手足を押さえつけられた。
死にたくないと思っていた。とにかく生きたかった。でも、この苦しみから解放されるのであれば、死んでもいいと思った。ぼくは最後の気力をふりしぼって、ペンと紙をにぎりしめて、こう書きつけた。
「if I am going to die, please tell my mother, I am sorry(もしぼくが死んだら、どうか母親に『ごめんなさい』と伝えてください)」