大学の漫画サークル紅一点女子が、美人でおしゃれな新入部員を迎えたら? SNSで大人気『姫と騎士たち』著者インタビュー
公開日:2021/1/21
大学の漫画サークルで紅一点、才能もあり「姫」ともてはやされる谷崎智絵。美人でおしゃれで絵も上手な1年生・塩乃崎沙夜華=新姫が入部したことで、彼女たちをとりまく男子部員=騎士たちを含め、サークル全体に思わぬ化学反応が起きていく……。ちょっとイタくて、途方もなく優しい、青春群像劇を描いたマンガ『姫と騎士たち』(KADOKAWA)の刊行を記念して、作者の山本白湯さんにお話をうかがいました。
――もともと本作はTwitter上で連載されていたんですよね。
山本白湯(以下、山本) はい。私は眼鏡をかけている女の子が好きなんですけど、正反対のタイプの女の子たちが仲良くなっていく物語も大好きです。姫(谷崎智絵)と塩さん(塩乃崎沙夜華)には、ビジュアルにも関係性にも私の理想を詰め込んで描きはじめました。想定以上に反響をいただいて、こんなにかわいいデザインの書籍にまでしてもらえて、うれしいです。今となれば、もうちょっと作画に関してできることがあったなとか、思うところもありますが、その時点では精一杯のものが描けたと思います。
――漫画サークルを舞台にしたのは?
山本 私も大学時代、漫研に所属していて。といっても幽霊部員で、参加していたのはほんの一瞬なんですけど、こんなふうにいろんなタイプの天才が集まるサークルがあったら楽しいだろうな、と、それも理想を託した感じです。
――そのなかでも特に飛びぬけているのが姫ですね。自分のほうがかわいくて絵もうまいのに、圧倒的に敵わないなにかが姫の中にはある……嫉妬する塩さんが、けれど敵対するのではなくて、姫と距離を近づけていく過程がすごくよかったです。
山本 確かに、自分だって一生懸命やっているのに、あきらかに格の違いみたいなものを見せつけられたりしたら悔しいですけど、同時に「どんな練習をしたらこんなふうになれるんだろう?」って気になりません? バチバチするよりも、憧れて仲良くなっていくほうがいいかな、って。
――たしかに。でも、素直に憧れを表現できなくて、つっかかってしまう人は、とくに大学生だと少なくないような気がします。
山本 姫も塩さんも、最初はお互いに警戒していますよね。でも姫は、もっとうまくなるためにどうしたらいいか知りたいし、自分よりおしゃれな塩さんにファッションを教えてもらいたくて、自分からぐいぐいいきます。やっぱり「自分には漫画が全て」っていう芯の太さがあるから、大胆不敵だし、行動できる力があります。もちろん、才能があるというのは人と違うということだから、そのぶん苦しさを背負っていたりもするだろうなと思って描いていましたが……。そうやって一歩近づいてみれば、相手も悪い気はしなくて、意外と受け入れてくれたりする。だから、気まずくても気になる人にはどんどん話しかけたほうがいいと思います。
――同じく新入生の小田島くん、通称・全能王は、その真逆をいってしまいましたよね。ナメられないようにするためか、やたらと上から目線で接し、早々にサークルから浮いてしまう。
山本 彼は、もともとマジメな青年だったのに、大学に入学したとたん意気込んで金髪ロン毛に鬚をはやしてしまった、という裏設定があります。のちのち態度をあらためて短髪黒髪になりますけど、あちらが本来の姿。大学デビューの方向性をまちがえるって、学生本人にとってはけっこう大問題じゃないですか。実際はたいしたことじゃないし、すぐに方向転換すればいいんだけど、大学生だとなかなかそうはできない。最初につまずくと、そのままずるずるいってしまう……。
――なかなか、素直になれないんですよね。
山本 でも、道を間違えたら間違えたなりに、自分の道を進めばいいんじゃないかな、というのを全能王を通じては描きたかったです。大学生の本分はもちろん勉強ですけど、社会に出たときに必要な力を蓄える場所だとも思っています。全能王はサークルの人たちに出会ったことで、注意されたり、助けてもらったりしながら、少しずつ軌道修正していくことができた。これが、彼の人生ではすごくいい転機になったとおもいます。
――最初はいけすかなかった彼が、素直に助けを求めたことから変わっていく過程もぐっときました。
山本 私が大学生だったころ、自分自身にもたくさん問題があったと思います。学生生活でたくさんの人と知り合う機会に恵まれ、自分一人では気が付かなかった悪いところを直せたり、周りの人たちのいいところを吸収させてもらえました。まわりを頼ること、気遣うこと、自分の失敗を認めて変わっていくこと……。そういうのを学べるのがサークルに所属する意義なんじゃないかな、と思って、その役割を全能王には託しました。
女性がイメチェンによってかわいくなっていくのを見るのが好き
――全能王もそうですが、姫も、塩さんにアドバイスを受けて、見た目が大幅にチェンジしますよね。どんどん垢ぬけてかわいくなって、バイト先で彼氏までできてしまう。見た目の変化によって、世界とのかかわり方も変わっていく……というのは、山本さんのなかにあるテーマなんですか?
山本 単純に、女の人がイメチェンしていく過程を見るのが好きなんだと思います。『プラダを着た悪魔』とか『アイ・フィール・プリティ』とか、映画やドラマではよくある演出なんですけど、そこに特化した漫画ってあんまり見ないんですよね。だから、描きました。全能王はさっきも言ったとおり、本来の姿に戻っているだけなんですけど。
――美術サークルの副部長・麗に影響されて、どんどん女の子っぽくかわいくなっていく巻さんも、ですよね。
山本 そうです! 髪を染めたり、長さを変えたり、自分には似合わないと思っていたスカートを履いて、どんどんテイストが変わっていって……っていうイメチェンは、女性の特権だと思うんです。かわいくなりたいと思っている女の子は、アイテム次第でどれだけでもかわいくなれるから。男ウケとか恋愛のためとかじゃなくて、自分の好きな格好をして、のびやかに変わっていくのが好きなんです。だから巻も、かわいくなったけど体型は変化していないんですよ。そのままの自分に似合うものを見つけて、見た目と一緒に内面も変わっていきました。
――たしかに!
山本 眼鏡をはずしたら美人だった、痩せたらかわいくなった、っていうのももちろんアリだと思うんですけど、それってけっこうハードルが高いじゃないですか……。ファッションのテイストを変えることは、比較的簡単で、誰でも挑戦しやすいのではないでしょうか。ただ、一人ではなかなか難しいから、自分に似合うものの選び方を塩さんや麗ちゃんが教えてくれる。そうするうちに、好きなものを好きなように身につけられるようになって、洗練されていく。自分と属性の違う人と仲良くなるのは難しいかもしれないけど、漫画とか美術とか共通して好きなものがあれば、繋がれるじゃないですか。そこで「あ、いいな」って思ったものをどんどん吸収しあって、一緒に変わっていく女の子たちっていうのが好きで、描きたかったものなんです。
素直に行動したほうが、世界は良い方向に広がっていく
――「塩さんと出会ったことで、姫の漫画がどんどん面白くなってる」って会長が気づくシーンがありますが、変わったのは姫だけじゃないっていうのもいいですよね。「ファッション一つでこんなにも人が変わるんだ!」と気づいた3年生のC猛男が、自分も真似して脱皮していく感じもすごくよかったです。
山本 会長は、私の思い描く理想の男です。だめなところ、1個もなくないですか?(笑)C猛男は、すごく素直ないい子ですよね。私、高校生くらいまでは、そういう素直さだったり、ひたむきに頑張ったりすることが、ちょっとダサいと思っていたんですよ。とんでもない思い違いなんですが、「そのままの自分で全然イケる」と思っていたし、貫くほうがカッコいいと思っていた。でも違うんですよね。愚直にでも頑張ったほうが道は開けるし、得も多いって気がついた。だからみんなもそうしてくれ! ってつもりで、素直な人たちは描いています。
――気づいたきっかけはあったんですか?
山本 うーん。マンガを描くには紙と鉛筆でじゅうぶん、iPadなんて高いしそんなもんに頼らなくてもイケるよと思ってたけど、友だちの勧めで導入してみたら今までの時間がなんだったのかと思えるほどに便利だった、とか?(笑)。そういう、小さなことの積み重ねですよね。私がまごまごしているうちにみんなは経験して知ってしまっている、ってことはすごく多い。酸っぱい葡萄理論で、自分には必要ないってつい意地張ってしまいそうになるけど、試せるものは試して吸収していくほうがいいに決まってますよね。
――ああ……。最初におっしゃっていた「敵対するより仲良くしたほうがいい」というのも、そういう気づきから生まれているんですね。
山本 そうですね。巻も、最初はずけずけ踏み込んでくる麗ちゃんに戸惑うけれど、麗ちゃんは想いを伝えたいときに大切な人がいなくなっていた、という経験をしているから……相手に踏み込むのを躊躇しがちな人が、麗ちゃんのようにガンガン行ったって大丈夫なんだ、って思ってもらえたら嬉しいですね。もちろんそれで失敗することもあるかもしれないけど、永遠に踏み込めなくなってっしまった後悔は、とてもつらいことだと思うから。
――どこまで踏み込むか、というのは難しいですよね。姫は、ぐいぐい距離を縮めて塩さんと仲良くなるけれど、彼氏ができてからマンガも描かなくなり、様子がおかしくなってしまった彼女に、ずいぶん踏み込めずにいた。よくない恋愛で失敗していく感じは、cakesで連載している『恋愛マトリョーシカ』につうじるところがあるな、と思ったのですが。
山本 そうですね。私、あんまりよくない恋愛に落ちてしまう人って、自分の中に解決するべき問題があるんだと思うんですよ。塩さんはめちゃくちゃかわいいのに、いまいち自分に自信をもてない。だからしょうもない男とつきあってしまう。
――でも、自己肯定感の低さを恋愛で埋めようとしたとき、本当の意味で大切にされないと、かえって自尊心が削られ続けて、負のループに陥るんですよね……。
山本 そう。身体とか、お金とか、必要とされているその瞬間は満たされたような気持ちになるけど、すぐに不安が襲ってくる。だから塩さんも、才能があってみんなから求められているように見える姫への嫉妬をこじらせてしまうわけで……。けっきょく、自分で問題を解決しない限り、なにも変わらないんですよね。つらくてしんどいのに、その男以外にすがるものがない、という状態に陥ってしまうと、この世の終わりみたいな気持ちになると思うんですけど、抜け出すために必要なのはほんの些細な工夫で。彼氏といる時間を友達との時間に置き換えていくとか、ちょっと行動するだけで変わっていくと思うんですよ。
――塩さんに行動のきっかけを与えるのが、姫っていうのがすごくよかったです。葛藤したすえに「塩さんのためじゃなくて、自分のために踏み込みたいんだ」と気づいた姫が、勢いよく塩さんの前に現れる姿こそが騎士のようにも見えて。
山本 塩さんの自信のなさは、母親と妹との関係に起因しています。家族って、人がいちばん最初に属するコミュニティだからどうしても絶対的なものとして扱われがちだけど、問題がひとつもない人って実は少ないような気がするんですよね。実際、私の周りにも家族との不仲に悩むひとは多いです。だからこそ理想的な家族を描く、って手法もあるとは思うんですが、円満な家族の風景に孤独を感じてしまう人が救われるような物語にしたい、というのは意識しています。あと実は、キャラクター全員に家族構成と来歴の設定があるんですよ。
――可能な範囲で、誰かの家庭事情って教えていただけたりしますか?
山本 そうだなあ。そこまではっきり決めているわけじゃないですけど、たとえば全能王には、よくできた身内がいたんじゃないかと思っています。たぶんお兄ちゃんかな。めちゃくちゃ優秀でがんばっていたのに挫折した姿を見て「まじめに努力したって意味がないし、けっきょくチャラチャラしていて要領のいいやつが得をするんだ」と思ってしまった。
――ああ、だから金髪ロン毛で大学デビューを。
山本 そう。でも彼自身は挫折を知らないし、チャラチャラする方法も知らない。だから似合わないことをして失敗し、みんなから嫌われてしまった。若いゆえに、謝り方もわからなくて、どんどん孤立してしまったけど、謝ったりお礼を言ったりすることができるようになるだけで、尖っていた部分が丸くなることもあるだろうな、と。物語には関係がないので描きませんでしたけど、そんなふうに全員の背景を想像することが、それぞれの個性に繋がっていると思います。
『姫と騎士たち』というタイトルにこめた思い
――今作に限らず、山本さんの漫画を読んでいると、人のだめなところや、どうしようもなく弱いところを肯定されているような気持ちになるんですよね。描かれているのがどうしようもない恋愛でも、それでもその一瞬は必要だったんだな、とか、妬んでひどいことを言ってしまうこともそりゃあるよな、とか思えるというか。
山本 たぶん私自身がだめな人だからだと思います(笑)。なぜ私はあのときあんなことを……ってふとした瞬間にのたうちまわることばっかりしてるし。でもそれは私だけじゃなくて、友だちもみんな失敗だらけなんですよ。まっとうに生きているつもりでも「なんで!?」って言いたくなるような理不尽なトラブルが発生して、いやおうがなくだめになっていったりもする。恋愛だって、全部少女マンガみたいにキラキラ素敵に展開してくれればいいけど、そうはならないことが大半だし……。だから、私の漫画を読んでくれた人には「あ、こういうのもアリなんだ」って思ってくれたらな、と。で、「さすがにこれはいやだわ」と思ったら抜け出せばいいし、「まあいっか」って思えるなら続けたっていい。
――WebサイトAMの連載では、けっこうしょうもないまま続いていく恋愛も描かれていますよね。
山本 しょうもない恋愛をしている人にも、それを必要とするだけの事情があるでしょうからね。全部が全部、だめってことはないと思います。だいたい、そんな男やめろって言ったってみんなやめないんだから!
――渦中の人が、意見を聞いたためしないですよね(笑)。
山本 ないです(笑)。でもそもそも現実って、悪いことばっかり起きるものだから……。いいことなんて、私の体感では人生の2割くらいしかないんですよ。だからマンガでは、理不尽なことが立て続いても、どうにか乗り越えていけるんだよっていう希望を描きたい。姫や塩さんみたいに、自分もきっと大丈夫だって思ってもらえたらなあ……と。
――ちなみに『姫と騎士たち』というタイトルはどういう想いでつけたんですか? 個人的には、全能王も塩さんも、性別を問わず全員が「姫」であり、周りにいる人たちが彼ら彼女たちを守る騎士である、ということかなと思ったんですが。
山本 シンプルに「姫」は谷崎智絵で、「騎士たち」は男性部員のつもりでした。で、それを略すと「姫騎士」になるじゃないですか。姫騎士というのは、塩さんのことをさしているつもりなんですよ。姫であり騎士でもある、みたいな。途中で闇落ちするところも、姫騎士ぽくないですか?(笑)
――なるほど!
山本 表紙の英題が「Princess & Knights」ではなく「Princess Knights」なのも、その意味をこめているからで……。一昔前までは「姫」というと守られる、助けられる側のイメージだったと思うんですが、最近のお姫さまって勇ましいじゃないですか。『アナと雪の女王』のエルサも手からビームみたいなの出すし、アナはひとりで山を駆けていくし。お姫さまは、王子さまの助けとかもういらないのかも? 時代は姫騎士じゃない? っていう想いで。でもじゃあ男性は不要かというとそうじゃなくて、騎士たちがいてくれるおかげで動く物語もある。というのを象徴するよいタイトルになったんじゃないかと思います。ときに姫のように、騎士のように、そして姫騎士のように、何かちょっと頑張れるかも、って読んだ人が思ってくれたらうれしいです。
質問作成・構成=立花もも