チュートリアル徳井、スピードワゴン小沢と同居した著者が描く! シェアハウスに住む『三人』の芸人。焦燥と不安、青春の日々が痛切

文芸・カルチャー

公開日:2021/1/23

三人
『三人』(桝本壮志/文藝春秋)

 2020年12月17日に刊行された『三人』(文藝春秋)は、放送作家として活躍しながらNSC(吉本総合芸能学院)講師も務め、数多くの芸人志望の生徒を育ててきた桝本壮志氏の書き下ろし小説。

「ズシズシ刺さる物語」「上京して芸人なりたての一番ワクワクしていた頃を思い出した」など、SNS上にはすでに、又吉直樹さんやパンサー向井さん、ニューヨーク屋敷さんをはじめ、本作を読んだ多くの著名人からの反響が集まっている。


 本作で描かれるのは、34歳の売れない芸人“僕”、売れっ子芸人の佐伯、人気放送作家の相馬が同居するシェアハウス生活だ。それに並行して、3人の芸人養成所での出会い、友人として関係を深めていく過程、芸人としての成功を夢見てあがく“僕”の若き日々を描く、もうひとつの時間軸を交差させながら物語は進んでいく。

“僕”はいわゆる“尖っている”タイプの芸人。相方との毒舌漫才のネタと実力には自信を持っている。だから何かにつけて、まわりの人間を「ダサい」と冷笑し、「芸人は舞台の上でおもろいことを言えばええねん」と自分のスタイルを変えようとしない。上京した時は「この街で、このスタイルで売れる」と信じていた。しかし、思うようにはいかない。くすぶり続ける中、同期の佐伯は芸人として成功の階段を順調に上がっていき、放送作家に転身した相馬も人気番組をいくつも手掛けるようになっていく。

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 3人が出会ってから10年ほど経った28歳の時、佐伯の誘いに乗って“僕”は相馬もふくめた3人でのシェアハウス生活をスタートさせる。そこには「あの二人と暮らせば、おこぼれの仕事が転がり込んでくるかもしれない」という思惑もあった。しかし、売れっ子芸人と人気放送作家との暮らしは、ずっと“何者”にもなれない“僕”の疎外感をさらに募らせていく――。

「なぜ僕だけ売れてないんだ?(略)何ひとつ、あいつらに負けている気はしない。ほんのちょっと、きっかけさえあれば二人に並べる。追い越せる」

 著者自身がNSC出身で、コロナ禍以前までは、チュートリアルの徳井義実さん、スピードワゴンの小沢一敬さんと実際にシェアハウスで同居していたという。本作で描かれる芸人の生活やテレビ業界のエピソードの数々は、そんな著者の体験がベースにあるのだろう。登場人物たちの会話もひとつひとつがとてもユニークでコミカルだ。ちょっとした比喩も気が利いていて、遊び心のある練られた文章は読んでいて楽しい。しかし、ここに描かれる売れない芸人の心情は痛切だ。そこには「僕はもう、このままなのかもしれない」という、“何者”かになろうとしてあがく者の普遍的な焦りと不安がある。Twitterの裏アカウントや自分を慕ってくれる後輩芸人との酒の場で、嫉妬や羨望、愚痴をまき散らす“僕”の姿はなんとも痛々しい。しかし、その痛々しさは誰しも少なからず心当たりがあるものではないだろうか。だから、その切実さが胸に迫る。


 そうした自分の痛々しさを心のどこかで自覚しつつも、頑なに変わろうとしない“僕”を動かすのは、やはり生活を共にする友人だった。「人はかんたんには変われないし、かんたんに変わったって言える人は乱暴なんだよ」という佐伯、放送作家としての成功から天狗になって酒に溺れてしまった過去と真摯に向き合う相馬。彼らとの根っこの部分で“変わらない”関係こそが“僕”の成長を後押しする。人には変わらなくてはいけない時が来るかもしれないが、いつまでも変わらないものもきっとある。本作からはそんな変わらないものを信じ、大切にしようとする著者の思い、優しさが伝わってくる。小沢さんが言う「この冬の課題図書」としてぜひ読んでみてほしい。

文=橋富政彦