アノ名作の裏には人生を狂わされた女性がいる! 三島由紀夫の知られざるコンプレックスとは? 炎上必至な「ドロドロ文豪史」
公開日:2021/1/26
常に聖人君子のように、清らかな心でいられる人など、きっとこの世にはいない。私たちは心を持っているがゆえに、怒りや嫉み、妬みなどドロドロとした感情を抱え、時には自分でも説明できないような行動をとってしまうことがある。
それは、どんなに立派な人にも言えること。『炎上案件 明治/大正 ドロドロ文豪史』(山口謠司/集英社インターナショナル)は今日まで語り継がれる名作を生み出してきた文豪たちの「炎上キーワード」をひもとき、知られざる一面を明かしている1冊。
ドロドロとした気持ちを抱えざるを得なかった文豪たちの人生――。それに触れると、人間という弱い生き物がより奥深く、愛おしく思えてもくる。
大傑作『蒲団』でひとりの女性の人生が狂った…
田山花袋が世に送り出した『蒲団』は、妻子持ちの中年作家が若い女性からファンレターをもらったことにより、自らの性欲や恋愛感情と向き合う、切なくも味わい深い小説。作中に漂う悲哀や絶望感がなんともいえない。
しかし、この作品が実は花袋の身に起きたことを綴った、限りなくノンフィクションに近い私小説であると知ると、少し見る目が変わる。
ヒロインのモデルとなったのは、小さな田舎町に住む名家の娘・岡田美知代。『蒲団』では中年作家がヒロインと恋人の仲を裂こうとするのだが、それも事実だったというから驚きだ。
美知代は『蒲団』が発表されたことにより、実家にいることができなくなり、兄の家に身を寄せることに。恋人だった永代静雄も『蒲団』のモデルだということが経歴についてしまい、生きづらい思いを余儀なくされる。その後、美知代と永代は再会して結婚。一度は別れたものの復縁を果たす。
ところが、それを知った花袋は2人の復縁事情を小説『縁』として発表。美知代はこれに対し批判を寄せたという。
なお、美知代と永代は結局離婚し、別々の道を歩むことになった。原因は永代の深酒や生活の貧しさにあったと言われているが、もしかしたら私生活を勝手に書かれたという深い心の傷も関係していたのかもしれない。
『蒲団』は日本文学史上、不朽の名作だと言われているが、思わぬ形で生き様を赤裸々に暴露された美知代と永代の心境を思うと、いち物書きとして、何を書き、何を書かざるべきかということを考えさせられてしまう。
人妻を好きになってしまった北原白秋のスキャンダル
北原白秋といえば、今なお歌い継がれる童謡を数多く発表した、言葉の魔術師。そんな白秋が恋をしたのは、隣に住む人妻・俊子だった。
学があり、育ちも良く、オシャレな俊子に白秋は一目で恋に落ち、暴力を振るう夫のもとから救い出したいと思うように。俊子も白秋に惹かれていき、2人は時に連れ立って出かけるようにもなった。
しかし、当時は不倫が姦通罪に当たる時代。すでに白秋は高い評価を受けていたため、どこに行っても目立ち、道ならぬ関係は白日の下にさらされることになる。2人が出会ってから3年が経ったある日、白秋は俊子の夫から姦通罪により告訴されてしまった。
それでも2人の愛は冷めなかった。出獄後、俊子の夫は白秋に示談金として200円(現在に換算すると約100万円)を要求。だが、示談が成立しても夫は嫌がらせのため、なかなか離婚には応じなかったという。
その後、2人はなんとか結婚し、三崎や父島に転居するも、ほどなくして帰京。白秋の家族と俊子の間にどうしようもない確執が生じてしまったことや、貧窮生活を共に乗り越えられなかったことから、離婚に至った。
なお、白秋が鈴木三重吉に請われ、『赤い鳥』に優れた童謡作品を発表したのは俊子と別れた後のこと。希望と絶望…その両方を、身をもって知ったからこそ、白秋は人の心をこれほどまでに掴む作品を多く世に放てたのかもしれない。
本書には他にも、三島由紀夫の知られざるコンプレックスや教え子に惹かれた島崎藤村の恋の結末、不安をねじ伏せるために分不相応な贅沢をした石川啄木の生涯などが記されており、読みごたえ十分。当時の時代背景も丁寧に紹介されているため、文豪たちが生きていた時代のにおいを堪能することもできる。
あの文豪にも、こんなドロドロした感情があったなんて――。そう知ると、彼らの作品からより多くの学びを得られそうだ。
文=古川諭香