犬や猫の去勢・避妊手術は受けないとダメ? 獣医に聞いたメリットとデメリット

暮らし

更新日:2021/2/1

 おうち時間が増えて、犬や猫を家族として迎え入れたいと思っている人も多いことでしょう。その時、考えなければならないのは、去勢手術・避妊手術のこと。「手術って何のためにするの?」「しなくちゃいけないものなの?」「どのくらいの費用がかかるの?」…。なんとなくのイメージではなく、しっかりと手術のメリット・デメリットを理解して検討したいですね。そこで、東京都杉並区の
ガイア動物病院

院長 松田唯先生に、犬や猫の去勢手術・避妊手術、犬や猫にとっての「生理」、さらには意外と知られていない犬・猫の性事情までお話を伺いました。


ガイア動物病院

院長 松田唯先生

埼玉県生まれ。北里大学獣医畜産学部卒業後、千葉県内と東京都内の動物病院で勤務。2019年7月、ガイア動物病院(東京都杉並区)開設、院長となる。大学時代は医療の専門用語が苦手だったこともあり、治療法や薬について分かりやすく説明し、治療法のメリット・デメリットを理解して飼い主様が選択できる診療を心掛けるようにしています。

去勢手術、避妊手術をする理由は? 手術をしない選択はあり?

――どうしてペットに去勢手術・避妊手術を行う必要があるのでしょうか?

 結論から言えば、去勢手術・避妊手術は「長生きしてもらうため」にあります。手術を受けることで、病気の予防や発情によるストレスの回避などが期待できます。2代目、3代目の犬を飼っている方の中には、以前、犬を精巣や子宮の病気で亡くしている場合も多く、「今回はできるだけ早く手術をやってほしい」と言われる方もよくいらっしゃいます。

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――一方で、「自然の摂理に反している」という考えから手術をしない選択をする方もいらっしゃるかと思います。

 もちろん、考え方もさまざまかと思います。ですが、「自然の摂理に反している」とおっしゃる方は、正直なところ、麻酔への恐怖心やなんとなく可哀想と思う気持ち、「費用がかかる…」という思いを誤魔化しているだけのように感じることがあります…。手術をしない場合、将来的に動物が苦しむ可能性があります。それでも手術をしない選択をする場合には、しないなりに気をつけなくてはいけないことがあることはご理解いただきたいです。

手術のメリット・デメリットは?

――手術を受けない場合、将来的に動物が苦しむ可能性があるということですが、手術は、犬・猫それぞれにとってのどんなメリット・デメリットがあるのでしょうか?

 手術のメリット・デメリットは、犬・猫で共通のところもあれば違うところもあり、オスとメスでも違いがあります。

【去勢手術・避妊手術のメリット(犬・猫共通)】
・発情によるストレスを回避できる
・さまざまな病気の予防になる
・望まない妊娠を回避できる
・寿命を延ばすことができると考えられる

【去勢手術・避妊手術のデメリット(犬・猫共通)】
・麻酔をかける必要があるため、死亡リスクがある
・子どもを残せなくなる
・太りやすくなる

 たとえば、犬・猫共通のメリットとしては、発情によるストレスを回避できることが挙げられます。飼育下では、動物は、発情しても発散させてあげることはほとんどできません。それが、彼らにとって大きなストレスとなりますが、手術によってそれを回避することができます。また、発情時には、メスはぐったりしたり、食欲が落ちたりしますが、避妊手術を行えば、そのような症状はなくなります。そして、一番のメリットは、繰り返しになりますが、病気の予防につながることでしょう。たとえば、子宮に膿が溜まり、全身に毒が回ってしまう(さらに死亡する可能性が非常に高い)子宮蓄膿症という病気は、生殖機能をもつことが病気になる原因の一つといわれています。たとえ子を産んでいたとしても最後に産んでから4~5年経つと発症することもあり、避妊手術が子宮蓄膿症の予防へとつながります。このような病気を予防できるため、結果として、寿命を延ばすことができる可能性が高いんです。

 ですが、手術には当然デメリットもあります。一番のデメリットは、100%安全な麻酔というのは存在しないため、死亡リスクがあること。また、手術をすると、太りやすくなり、結果、食餌に気を使う必要も出てきます。

犬にとっての手術のメリットは?

【犬編】去勢手術・避妊手術のメリット
●オス
・攻撃性を減らす(可能性がある)
・精巣腫瘍や前立腺炎などの病気の予防ができる
・マーキングの抑制になる(※一度やりはじめた後だと、効果は薄い)
●メス
・子宮蓄膿症や乳腺腫瘍などの命にかかわる病気の予防になる
・糖尿病の予防になる
・偽妊娠の防止になる
・発情中の事故の防止になる

 オス犬であれば、飼い主は、片脚を上げてあちこちにおしっこをひっかける行為・マーキングに悩まされがちです。一度やりはじめた後だと効果は薄いのですが、去勢手術は、オス犬にとってはマーキングの抑制につながります。一方、メス犬にとっては、発情後、妊娠していないのに妊娠中と同様の変化が起こる偽妊娠を防ぐことにつながります。おっぱいが腫れたり、乳汁が出たり、想像妊娠みたいなものが防げると考えていただくとわかりやすいかもしれません。また、メス犬は発情中にオス犬に追いかけ回されたり、攻撃されたりすることがよくありますが、避妊手術は、こういった事故から身を守ることにもつながります。

猫にとっての手術のメリットは?

【猫編】去勢手術・避妊手術のメリット
●オス
・攻撃性を減らす(可能性がある)
・スプレー行動(柱や壁におしっこをかける行動)の抑制になる
※一度やりはじめた後だと、効果は薄い
●メス
・子宮蓄膿症や乳腺腫瘍といった命にかかわる病気の予防になる
・発情期に大声で鳴くのを防ぐことができる

 猫のメリットも犬と同様です。オスであれば、柱や壁におしっこをかけるスプレー行動の抑制につながります(一度始めた後だと効果は薄い)。メスであれば、やはり、病気になるリスクを下げられるということが大きなメリットでしょう。特に、メス猫の場合、乳腺腫瘍はほとんどが悪性の腫瘍、つまりはガンになってしまうため、避妊手術が大変有効です。メス猫は、発情期には、ニャーニャーとかなりの大声で鳴くので、近所迷惑になりやすいのですが、避妊手術によりこれを回避することができます。

手術を受ける時期とその内容は?

――手術を受ける場合、どのくらいの時期に受けるべきなのでしょうか?

 海外では3カ月齢くらいで手術を行う場合もあるようですが、早すぎる手術は尿もれの原因となるという文献もあり、日本では発情期に入る直前の生後6カ月齢で手術を行うことが一般的です。特に、メスにおいては、初回発情期をすぎると、乳腺腫瘍の発生率が格段に上がってしまうため、初回発情前に避妊手術を行うのがスタンダード。乳腺腫瘍は発情前に手術をしておけば、ほとんど発生することはありません。

――手術はどんな内容なのでしょうか?

●オス
 オスの場合、睾丸付近の皮膚を切って、睾丸を取り出す手術になります。手術としては比較的簡単なもので、かかる時間は10分程度。麻酔をかけてから覚めるまででも、30~40分ほどです。入院期間に関しては、病院によって大きく違います。ただ、お腹を開けるわけではないので短いところでは日帰り、長くても4~5日くらいの入院が一般的です。

●メス
 メスの場合は、お腹を開ける手術になります。卵巣と子宮両方、もしくは卵巣だけ取り出す手術です。手術時間は20~30分くらい、麻酔時間も含めると1時間ほどで終わります。
メスはお腹を開ける関係上、1泊以上の入院となる場合が多い。私の病院では1泊で行っていますが、1週間の入院をする病院もありますので、お近くの病院で確認してみてください。

――費用は、犬種・猫種、小型~大型によってどのように異なるのでしょうか?

 病院によってさまざまなので一概には言えませんが、オス猫<メス猫<オス犬<メス犬の順で高額になっていくイメージです。猫はサイズに関係なく一律の費用の場合が多く、犬は大きいほど高額になります。雄猫は5000円ほどで行っているところもあれば、5万円ほどかかるところもあります。大型の犬なら15万円ほどかかる場合もあるのではないでしょうか。

 ただ、安ければ良いというわけではなく、検査や手術環境、器具の消毒、手術法、鎮痛剤など必要なことをやっているかどうかも判断材料として考えていただきたいですね。

手術を受けない場合に来る犬の「生理」

――手術を受けない場合、犬のメスには、生理がくるという話を聞いたことがあります。生理前の不調や生理痛、生理中のケアなど、飼い主はどういったことに気づいてあげるべきでしょうか?

 私たちも、飼い主さんが理解しやすいので、「生理」という表現を使ってしまいますが、本来は正しくない表現です。「生理」は排卵が終わり、必要なくなった子宮内膜が剥がれ落ちて出血すること。犬の場合の出血は、妊娠の準備のために血液が子宮に集まり、その血液が漏れ出たものですので、正しくは、「発情出血」や「ヒート」と呼ばれます。

 発情出血は、年1~2回起こり、大型犬の方が、間隔が開く傾向にあります。理論上、閉経はなく、何歳になっても発情は来ますが、年齢を重ねるごとにその間隔は次第に長くなっていくことが多いんです。高齢期に発情が来ると、子宮に膿が溜まる病気(子宮蓄膿症)になる可能性が高まります。

 発情出血中は、イライラしていたり、食欲が落ちたりすることがあります。そういった場合は、ある程度はそっとしておくことがいいでしょう。陰部が大きく膨れて出血するので、オムツをしてあげると良いかもしれません。小型犬だと出血量が少ないため、自分で舐めてしまい飼い主さんが気づかないこともありますが、大型犬では出血量が多くなる傾向があります。ただ、オムツをする場合は、カブレやすいので注意が必要です。お尻まわりの毛を短くしてしまうのも一つの選択肢です。

猫には「生理」はない? ただし、発情期には要注意

――猫の場合、生理はあるのでしょうか。犬とは違う特徴や、飼い主が注意した方がいいことはありますか?

 猫の場合は、「生理」や「発情出血」のような出血はありません。ですが、出血はなくとも、発情期には注意が必要です。たとえば、オスでは、発情期には、かなり臭いの強いおしっこを撒き散らすことがあります。診察室に来た段階で、「去勢手術やっていないコかな…」と気づくほどです。性格も攻撃的になる可能性があるので、注意してください。一方、メスの場合は、発情期はかなり大きな声で鳴くようになります。人口密集地であれば、ご近所迷惑にならないよう気をつける必要があります。

猫の交尾は刺激的!? 犬・猫の知られざる性事情

――少し話が逸れてしまいますが、意外と知られていない犬・猫の性事情があれば、教えてください。

 たとえば、猫の陰茎について。猫に「生理」がないというお話をしましたが、それは、メス猫は交尾排卵といって、交尾の刺激で排卵するようになっているためです。生き物としてはとっても効率が良いのですが、その刺激を起こすためか、猫の陰茎は、先端がトゲトゲしています。だから、猫の交尾がかなり刺激的(痛い)なものになっているようです。

 一方、犬の陰茎はどうなっているかというと、性的興奮を感じると根っこが膨れ上がるようにできています。これは、交尾した後にメスから抜けないようにするため。ですが、この現象は、撫でられたり、おやつを目の前に出されたり、嬉しくても起きてしまいます。交尾していないときにこれが起こると、チンチンが皮の中に戻らなくなってしまいます。場合によっては先端が乾燥してしまったり、本人も気にするので自分で舐めて血だらけにしてしまったり…。飼い主さんも恥ずかしがって受付のお姉さんにはっきりと言わないものだから、「なんでもいいから早く先生呼んで!!」とパニックになってしまうことも珍しくありません。動物たちの性事情には飼い主さんも驚かされることが多いようです。

動物を迎える人にわかってほしいこと

――近年のペットブームにより、無責任な飼い主の行いが問題視されることもありますが、獣医師という立場から、今後どのようなペットと人間の社会が築かれていくべきだと思われますか?

 動物を飼育するためにやらなきゃいけないことは、とにかくたくさんあります。ワクチン、寄生虫の駆虫・予防、マイクロチップ、手術をやるのかやらないのか…。きっと、はじめから無責任な方は多くはなく、このたくさんの情報を後出しされるから嫌になってしまうのかもしれません。

 笑い話のような本当の話なのですが、動物を家族として迎え入れた翌日、ものすごく怒って戻しに来た方がいらっしゃいました。理由を聞いてみると、「ウンチするなんて聞いていない!」とのこと…。「さすがにこれは…」と思いますが、動物を家族とする前にしてあげられることはたくさんあるはずです。インターネットで検索すれば、動物の種類を打ち込むだけで、寿命、飼い方、必要な予防、なりやすい病気など、なんでも出てくる時代です。ヒトと動物は全く違う生き物です。それぞれに生きやすい環境があります。ちょっとで良いのでその違いに興味を持って、知ってもらってからご家族として動物を迎え入れてほしいと思います。

文=アサトーミナミ