インパルス・板倉俊之の新作小説『鬼の御伽』。あの「桃太郎」、「泣いた赤鬼」が大興奮のエンタメ小説に!?

文芸・カルチャー

更新日:2021/2/6

鬼の御伽
『鬼の御伽』(板倉俊之/ドワンゴ:発行、KADOKAWA:発売)

 2000年代になってからだろうか、お笑い芸人さんたちによる小説が続々と登場するようになった。普段、ネタをじっくり考え、独特の世界観を構築することに長けている彼らによる小説は、いずれも発売時に話題を集めている。そんななか、2009年に小説家デビューし、以降、コンスタントに執筆活動を続けている人物がいる。お笑いコンビ・インパルスでボケを担当する板倉俊之さんだ。

 デビュー作『トリガー』は「射殺許可法」が制定された日本を舞台に、死刑執行人であるトリガーたちの姿を描くハードボイルド小説だった。その後、数年おきに『蟻地獄』『機動戦士ガンダム ブレイジングシャドウ』『月の炎』を上梓し、いずれも評価を得ている。そして2021年1月25日、満を持して最新作『鬼の御伽』(ドワンゴ:発行、KADOKAWA:発売)が発売された! 表紙のイラストは『テガミバチ』で知られるマンガ家・浅田弘幸さんが描き下ろしており、それだけでも本作に力が入っていることが伝わってくる。板倉さんの小説はこれで5作品目。きっとこれまでに培ってきた作家としてのスキルと情熱を注ぎ込んだのだろう。

鬼の御伽
マンガ家・浅田弘幸さん描き下ろしの美麗なイラストも見どころ

 本作は新太郎という少年が祖父に「何かお話してよ」とおねだりするシーンから幕を開ける。仕方ないな、と祖父が提案したのは「桃太郎」。しかし、新太郎は「何度も聞いたよ」と不満げ。そこで祖父が改めて提案するのは「パーフェクト太郎」という物語。これは「桃太郎」のなかで解決されていない部分、説明不足な部分を補完したオリジナルの物語だという。そして、祖父はゆっくり口を開く――。

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 そこから語られる「パーフェクト太郎」とは、板倉さんが「桃太郎」に独自の解釈を加えたものだ。鬼はなぜ生まれたのか、彼らはなぜ人間を襲うのか、犬・猿・雉はなぜ仲間になってくれたのか、そして桃太郎はなぜあんなにも強いのか。たしかに、そう問われても上手く答えられない。そんな疑問を一つひとつ、説得力を持って解消している。

 また、「パーフェクト太郎」の後には、「泣いた赤鬼」を元にした「新訳 泣いた赤鬼」という物語も語られる。こちらは妖魔と戦う半郎という少年を主人公にしたストーリー。身を粉にしながら人々を守るために戦った半郎に待ち受けている過酷な現実を読めば、まさに「泣いた赤鬼」の読後感と同じような切なく苦しい感情に胸がいっぱいになるだろう。

 本作には「パーフェクト太郎」と「新訳 泣いた赤鬼」の2編が収録されているが、根底に漂うのは“人の業”だ。お伽噺の鬼は絶対的な悪者として描かれることが多いが、板倉さんが新たな解釈を加えた2編を読むと、「本当の鬼とは一体誰のことなのか」と深く考えさせられる。もしかしたら、鬼とは、人間の心の奥底に潜む悪意のことなのかもしれない、と。

 また、注目すべきはアクションシーンの数々だ。「パーフェクト太郎」で描かれる犬・猿・雉が知恵を絞って鬼と戦うシーンは、まるでアクション映画を観ているかのよう。切れ味のいい文体も相まって、スピーディーな戦闘シーンが繰り広げられる。それは「新訳 泣いた赤鬼」にも言えること。特に終盤、窮地に陥った半郎がとある人物に助け出されるシーンは「カッコいい!」の一言。読んでいて興奮するほどだった。

 誰もが知るお伽噺を独自の解釈で素晴らしいエンタメへと昇華させた本作。読めば大興奮、そして板倉さんの作家としての手腕に唸ること間違いなしだろう。

文=五十嵐 大