「救いがある話を書くのはかなり難しい」『キノの旅』20周年! 新シリーズ『レイの世界』も本格始動! 時雨沢恵一インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2021/2/11

『キノの旅 the Beautiful World』2015年駅貼り告知用ポスターイラスト
『キノの旅 the Beautiful World』2015年駅貼り告知用ポスターイラスト

 人間キノと言葉を話す二輪車エルメスがいろいろな国を旅するロングセラー電撃文庫『キノの旅 the Beautiful World』が20周年を迎えた。ベストセレクションの刊行に加え、ドワンゴの新ブランド「IIV」より新たなシリーズ『レイの世界 -Re:I- Another World Tour』も本格始動! 時雨沢さんにメールインタビューを決行した。

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「そうだなあ……。なんとなく、だけれどね……」

 主人公キノのそんなセリフから始まって幾年月。時雨沢恵一さんの『キノの旅 the Beautiful World』(以下、『キノの旅』)がシリーズ開始20周年を迎えた。

 最新23巻に続き、昨年末には初のハードカバー単行本となる『キノの旅 the Beautiful World Best Selection』が3巻同時に発売された。読者の人気投票で選ばれた上位30エピソードを中心に編成したベストセレクションだが、単に1位から2位、3位……の順番で収録していったわけではない。本シリーズの愛読者はもちろん、初めて触れる方にもわかりやすいよう、工夫を凝らした構成となっている。

「並びを考えるのは本当に大変でした! 作業中、脳がオーバーヒートするかと思いました。そのときに決めたルールはといいますと、〈キノとエルメス以外のキャラクターの作中登場順は守る〉〈ランキングが偏らないようにする(“I巻はトップ10”にしない)〉〈似ているエピソードが続かないようにする〉、そして〈I~III巻のページ数を同じくらいにまとめる〉です」

 特に悩んだのは、ページ数の調整だったそうだ。

「あちらを減らすとこちらが増えすぎて、まるでパズルをやっているようでした。ひとまず決めた後にも『本当にこれでいいのだろうか?』と悶々としましたが、私がゴーサインを出さないと誰も出せませんので、えいやっ、と確定させました」

悲しい、の上に救いがある話を書くのはかなり難しい

 読者選出第1位に輝いたのは、第II巻に収録されている「優しい国」だ。国民すべてが優しい国で歓待を受けるキノとエルメス。その国を去ってから、彼らの優しさの理由を知って衝撃を受ける……という内容で、シリーズ中屈指のマスターピースといえるだろう。

「作者としても『書き切ったっ!』と手応えのあった話なので、高評価は本当に嬉しいです。このエピソードは前回(15周年)の人気投票でも1位をいただきまして、タイトル通り“優しい”──、あるいは“とても悲しいけど救いがある”ところが人気を集めたのかなと思っています。たとえば悲しい話なら、“登場する印象的なキャラクターにバッサリ死んでもらう”と簡単に書けるのですが(ヒドい表現ですね。まったく物書きって奴は……)、その上に救いがある話を書くのは、かなり難しいと思っています」

 20年もの長きに亘って書き続けてきた中で、マイルールや決まりごとといったものはあるだろうか。

「マイルール、あります。キノ達は『積極的に国や人々の事情に関わって解決することを目指さない』ということ。シズ達はその逆ですが、かといって『最後にシズ達が報われることはない』ということ。師匠達は『儲けのためなら積極的にクビを突っ込む』。各キャラクターそれぞれの行動原理に従って書いています」

自分だったらどんな歌手(女優)の話が書けるだろう

 時雨沢さんは現在、『キノの旅』と並行して新シリーズ『レイの世界 ―Re:I― Another World Tour』(以下、『レイの世界』)に取り組んでいる。15歳の新人アイドル・レイが、芸能界のてっぺん目指して様々なミッションに挑戦。しかしマネージャーのとってくる仕事は毎回どこか変わっていて……という連作短編形式だ。

『レイの世界 ―Re:I― Another World Tour』キービジュアル
『レイの世界 ―Re:I― Another World Tour』キービジュアル

「本作については『イラストが先にあった』というちょっと変わった出自になっています。黒星紅白さんの生み出した素敵なキャラクターが、某事情により浮いていたんです。これを活用できないかと編集さんに打診されたところから始まりました」

 主人公をアイドルとしたのも、そのイラストの女の子が可愛いステージ衣装を着て、マイクを持っていたからだという。

「イラストを見て、自分だったらどんな歌手(女優)の話が書けるだろう、書きたいだろうと悩んで、そうしてこの設定となりました。私は連作短編が好きで、たぶん得意でもあるので今回もそのスタイルとなっています」

『キノの旅』でも組んでいる黒星さんの手によるレイは、キノとはまた違った魅力のある女の子だ。感情豊かで常にポジティブ、夢に向かってひたむきに努力する姿が微笑ましい。

「レイを書く際に大事にしているのは、“頑張り屋さんである”ということです。マネージャーの因幡が持ってくるお仕事は、どれもこれも“ぶっ飛んでいる”ものばかり。それらを断らずに引き受けて全力を尽くす、頑張り屋さんなのです。レイが断ってしまったら話が成立しない、という裏事情もございますが……」

 デビュー作であり代表作にもなっている『キノの旅』は、自身にとってライフワークだと時雨沢さんは語る。ではデビュー20年目に開始した『レイの世界』は、どんな存在となっていきそうだろう。

「“20年経って生まれた『キノの旅』の従姉妹編”のような感じです。イラストも黒星さんですし、担当編集さんも同じなのです。ただ“姉妹編”という程は似ていない、あるいは似せていないので、少々離れて従姉妹にさせてください!」

 作家として20年間書き続けてきて、今思うことは?

「振り返ってみると『キノの旅』は黒星さんの素敵なイラスト、当時のライトノベルの盛り上がり、似たような作品がなかったことなど、いろいろな要素がとても上手く絡みあった結果、こんなに長く愛されるようになったのかなとも思えます。今から20年後に『キノの旅』、そして『レイの世界』がどうなっているのか、楽しみです。ちょっと気が早いですかね」

時雨沢恵一
しぐさわ・けいいち●1972年、神奈川県出身。2000年、第6回電撃ゲーム小説大賞(現:電撃小説大賞)で最終候補作に残った『キノの旅 the Beautiful World』で小説家デビュー。同作は既刊23巻となる現在も継続中で、コミカライズや映画化、2度のTVアニメ化もされる。スピンオフ『学園キノ』シリーズ他、著作多数。TVアニメ『ルパン三世 PART5』の脚本なども手がける。

取材・文:皆川ちか

「IIV」(トゥーファイブ)とは?
2018年に誕生したドワンゴ発のオリジナルIPブランド。“面白ければ何でも作る”をテーマに、「オリジナルIP事業(人気作家の書き下ろし小説の販売/新人クリエイターの公募・発掘/VTuberの企画・制作・運用)」「クリエイターエージェンシー」「ブランドウェブサイト運営」を三本柱として、出版・映像・音楽をはじめ様々なエンタテインメントを創出。制作のみならず、コンテンツを軸としたアライアンスやメディアミックスのプロデュースも行う。2021年1月より紙書籍の発行をスタート。