《このミス大賞受賞作『元彼の遺言状』》奇妙な遺言状と金好き女性弁護士…前代未聞の遺産相続ミステリー!

文芸・カルチャー

更新日:2022/9/2

元彼の遺言状
『元彼の遺言状』(新川帆立/宝島社)

 この世の中に、お金以上に大切なものなどあるのだろうか。「私にはお金より優先すべきものなんて分からない」。そう豪語するのは、『元彼の遺言状』(新川帆立/宝島社)の主人公・剣持麗子、お金大好きな敏腕女性弁護士だ。彼女が活躍する本作は、2021年第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。選考委員の満場一致で受賞が決定したというのも納得、一度この本を開けば、強烈なキャラの主人公と、物語の意外な展開に、すぐに心を掴まれてしまう。重苦しい世の中の空気を吹き飛ばす、新時代の爽快なミステリーなのだ。

 弁護士の剣持麗子は、ある日、ふとしたことから、学生時代に3ヶ月交際していた森川栄治の死を知る。どうして栄治は亡くなったのか。共通の友人の篠田から話を聞くと、栄治の遺言はあまりにも奇妙。「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」――大手製薬会社の御曹司だった栄治はそんな遺言を遺して亡くなったのだそうだ。犯人候補に名乗り出た篠田の代理人となった麗子は、森川家主催の「犯人選考会」に参加することに。数百億円ともいわれる遺産の分け前を獲得すべく、麗子は自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走するが、予期せぬ展開が続いていく。

 物語のはじめから剣持麗子は、強烈だ。プロポーズしてきた恋人からもらった指輪が世間並みのものだったことに、「あなたの私への愛情は、世間の平均程度ってこと?」「お金がないなら、内臓でも何でも売って、お金を作ってちょうだい」と啖呵を切り、ボーナスが下がれば、上司に向かって「お金がもらえないなら、働きたくありません。こんな事務所、辞めてやる」と激怒する。とにかくお金が大好き、お金以上に大切なものはないと信じている女なのだ。悪女と形容するにふさわしい女であるはずなのに、物語が進めば進むほど、彼女に魅せられる自分に気づく。彼女は、彼女自身の信念を貫こうと奔走する。そんな芯の強さに勇気づけられる心持ちさえする。

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 それに、「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」だなんて前代未聞の遺言状が残された経緯も気になる。どうして栄治はそんな遺言状を書いたのか。栄治はどうして亡くなったのか。その謎が解き明かされるにつれて、思いもよらない秘密におどろかされる。

 剣持麗子は依頼人を犯人に仕立て上げることができるのか。栄治の謎の死に加えて、遺言書の盗難、関係者の死亡など、事件がつぎつぎと重なっていく。クライマックスで明かされるのは、意外な犯人像。そして、読み終えたあとには、爽快感すら覚える。こんなにワクワクさせられるミステリーは久しぶりだ。破格の遺産相続ミステリーをぜひあなたも体感してみてほしい。

文=アサトーミナミ