《2021年本屋大賞》あなたが予想する大賞は!? ノミネート作品を総ざらい!

文芸・カルチャー

更新日:2021/6/17

 全国の書店員が「いちばん!売りたい本」を選ぶ「2021年本屋大賞」のノミネート作10タイトルが決定した。毎年大きな話題を呼ぶ同賞だが、一体今年はどの作品が大賞に選ばれるのだろうか。気になるノミネート作10作品の内容を総ざらいしよう。

犬のコーシローが12年間見つめた地方の進学校に通う18歳の青春――『犬がいた季節』伊吹有喜

犬がいた季節
『犬がいた季節』(伊吹有喜/双葉社)

『犬がいた季節』は三重県の進学校を舞台に、18歳・高校3年生の生徒たちの物語を描く連作短編集。作中で流れる12年間は、生徒たちによって学校で飼われていた白いふかふかの毛の犬・コーシローが生きた時間。地方の進学校も、コーシローも、著者・伊吹有喜さんの母校と、そこに実在した犬がモデルなのだそうだ。伊吹さんはこの物語にどんな思いを込めたのだろうか。

 昭和、平成、令和…。時代を経て移り変わるそれぞれの物語は、その時代の音楽、流行、時事ニュースなどを背景に語られていく。地方都市ならではのリアリティも、随所に盛り込まれる。

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「18歳で選択をした後にも人生にチャンスはあるし、そのときにはもっと選択肢が広がっているかもしれない。そんな可能性を物語に託しました」(伊吹有喜インタビューより)

 優花と早瀬 の両片思い、広い世界へ飛び出した詩乃、少年時代を地元に置いて、東京へ向かった大輔 ――。彼らの行く末を確かめたあとに、ぜひカバーをめくってみてほしい。そこには素敵なプレゼントが隠れている。

司書との出会いがもたらすもの——青山美智子『お探し物は図書室まで』

お探し物は図書室まで
『お探し物は図書室まで』(青山美智子/ポプラ社)

「何をお探し?」と問いかける、不思議に安定感のある声。ひっつめた髪のてっぺんには、かんざしを挿したお団子が載っている。それが小町さゆりさん。『お探し物は図書室まで』(青山美智子/ポプラ社)に登場する司書だ。

 彼女が働いているのは、町のコミュニティセンターの一角にある、教室ほどの大きさの図書室。訪れる人たちはみんな、最初から本を探しているわけではない。ふらりと彷徨いこんだその場所で、小町さんから薦められた本を通じて、年齢も性別も職業もバラバラな5人の語り手たちが自分自身と対話し、内省し、一歩を踏み出していく。

 人生は、一足飛びに逆転したりすごいものになったりはしない。だけど少しずつ軌道修正を重ねていくことで、きっと自分が探していた何かに通じる道を見つけられるはず。著者・青山美智子さんの綴る言葉に耳を傾けていると、そんな勇気がふつふつと湧いてくるのである。

推しをもつ女子高生の切実な自尊心の保ち方——宇佐見りん『推し、燃ゆ』

推し、燃ゆ
『推し、燃ゆ』(宇佐見りん/河出書房新社)

 芥川賞受賞作であり、本屋大賞にもノミネートされた『推し、燃ゆ』(宇佐見りん/河出書房新社)はタイトルどおり、推しが燃える、すなわちSNSで炎上する話である。主人公のあかりは勉強やアルバイトだけでなく、生きる上で必要なあらゆることが「普通に」「ちゃんと」できない高校生。唯一頑張ることができるのは、「まざま座」というアイドルグループのメンバー・上野真幸を推すことだけ。推す、という言葉が普及したのはつい最近のことだが、ハマるとか追いかけるとかファンとか、そんな言葉では代替できない強さと熱がそこにはあるのだと、本書を読んでいるとよくわかる。

 彼女にとって、推しへの情熱を燃やし続けることは、自分でも頑張れることがあるのだという実感であり、生きる支えであり、背骨。失えば身体を支えられなくなって、地に伏してしまうほどのもの。現実にも身体の重みにも耐えられず、立つこともできない彼女がそれでももがき生きようとする姿は、推しをもたずとも生きることに不得手な人にきっと響くに違いない。

マッチングアプリに夢中の高校生は、なにを見つけるのか——加藤シゲアキ『オルタネート』

オルタネート
『オルタネート』(加藤シゲアキ/新潮社)

 「青春」とは、自分の輪郭を描くためにもがく期間だ。筆運びに自信がないし絵の具も少ない若者が戸惑うのは必然。その戸惑いを埋めるために使うツールは、今の時代でいえばSNSなのだろう。

 加藤シゲアキさんの『オルタネート』(新潮社)は、そんなSNSを介した現代の青春をあざやかに浮かび上がらせる。タイトルは作品内で描かれる高校生限定のマッチングアプリの名だ。オルタネートは、恋愛対象を探すだけでなく、仲間との絆を深める、同年代のトレンドを知る、旧友の居場所を探すなど、あらゆる目的に対応する。オルタネートを介して高校生たちは人と関わり、成長していく。それは一方で、オルタネートを利用しない、あるいは利用できない高校生を輪の外に追いやる。

 どんなにいびつでも、青春時代にみつけた自分自身は最高にうつくしい。そう思わせてくれる高校生たちの全力疾走は、この物語を手に取った大人たちの曲がった背筋も、ぽんと叩いて正してくれる。いつのまにか忘れかけた自分の輪郭は、きっと今からだって描きなおせるだろう。

子供たちが大人に抗う短編5作――伊坂幸太郎『逆ソクラテス』

逆ソクラテス
『逆ソクラテス』(伊坂幸太郎/集英社)

 デビュー20年を迎えた伊坂幸太郎の『逆ソクラテス』(集英社)は、5つの短編からなり、いずれも小学生が主人公だ。小学生たちは大人の支配下にある無力な存在だが、この関係が逆転される痛快さこそが、本書の精髄だ。

 表題作では、偏見に満ちた久留米という教師が登場し、彼の振る舞いが子供たちに問題視される。子供のひとりが久留米のやることなすことは、「教師期待効果」にあたると言い始める。「教師期待効果」を要約すると「この子はできる」と期待して指導すればその通りになる、という(その逆も然り)意味らしい。そこで、子供たちはとある作戦を実行する。大人>子供、という関係を逆転せんと奮起するのだ。

 本書のタイトル『逆ソクラテス』とは、教養や知識があるにもかかわらず、自分を「無知」だと言ったソクラテスの逆、ということ。謙虚さの欠片もない大人たちの憐れさをやや戯画的に描く伊坂の筆致は実に冴えている。伊坂にとって明らかな新境地といえるだろう。