穂村弘が幅広いジャンルの本を丁寧に読み解く。絵本や百年前の名作、あの有名な少女漫画の金字塔も
公開日:2021/2/19
穂村弘さんは歌人で、エッセイストでもある。だからかもしれないが、穂村さんの書評集『図書館の外は嵐』(文藝春秋)は他の書評とは一味違う。穂村さんは紹介する書籍の文章を見て、「あっ」と思う一文をとらえる。
だいたいの書評はその本の全体像から何かを考察する類のものが多いだろう。穂村さんは自分の感覚についてこのように表現している。
“ちらっと見かけた人が見たことも無いサングラスをかけていたら、その残像に無限に惹かれてしまう”
例えばロシアのディストピアSF『われら』の表紙裏にある「生殖行為も『薔薇色のクーポン券』によって統制されている」というワンフレーズにときめいたり、漫画家つげ義春作品『リアリズムの宿』の台詞「サンビスしますから」が忘れられなかったりする。
これは穂村さんならではの感覚だろう。
しかし紡がれる書評はひとりよがりに陥らず、それぞれの書籍の文章や物語の味わい深さをわかりやすく読者に紹介してくれる。
つげ義春さんの作品に触れたことからもわかるように、穂村さんが本書で取り上げているのは小説だけではない。絵本や少女漫画など多岐に亘る。
穂村さんは問いかける。
“不動の現実と見なされている最大公約数的な世界像を本当に覆すことができるのは、どのような言葉なんだろう”
私も考えてみる。
「読む前と読んだ後で世界が変わるような小説」という表現を、読書家たちはよくする。それを探すための心の旅は果てしない。
本を読んで、自分の周囲の世界がひっくり返った経験は、私にもある。中学生の頃は山田詠美さんの『放課後の音符』、大学生時代はスタンダールの『赤と黒』、ここ数年だと今村夏子さん『こちらあみ子』に収録されている「ピクニック」という短編小説が、「最大公約数的な世界像を本当に」覆してくれた。
だがもし「作中のどの言葉が?」と聞かれたら、すぐには出てこないかもしれない。
穂村さんは、たくさんの本から、その言葉をつかもうとする。
また穂村さんは、自分の日常に起きたたわいもない出来事を入り口にして、そこから書評を書いていく手腕をも発揮する。ほとんどびっくりするような事件ではない。寝ているときに会社員だった頃の夢を見たことなど、誰もが経験してからすぐに忘れてしまうような、たわいもない出来事なのだ。それを惹きつけてやまない文章に変換したうえで、紹介する書籍の魅力を高めていくのは、この著者しかできないのではないかとうならされる。
穂村さんはファンの間で「ホムホム」と呼ばれている。これまで書評や穂村さんの本を読んだことがない人も、ぜひ一度手に取ってみてほしい。あっという間に「ホムホムワールド」に惹きこまれるはずだ。
文=若林理央