婚約者が元恋人と失踪!? 残された限界集落の写真が語る「真実」とは――
公開日:2021/2/11
この読後感を、何という言葉で表現したらいいのだろう――。『水葬』(鏑木蓮/徳間書店)は久しぶりにそう考えさせられた、サスペンス小説。
本作は28万部突破のベストセラーとなった『白砂』(双葉社)を手掛けた著者の新刊という時点で興味をそそられるのだが、蓋を開けてみるとミステリー要素以外にも心に刺さる描写が多々あり、感慨深い一冊となった。
■婚約者が元恋人と失踪…その裏にはどんな「真実」が?
初井希美はある日、母と父親代わりの伯父に紹介するため、婚約者である光一を待っていた。光一は限界集落をテーマにしたフォトエッセイを連載しているフリーカメラマン。これまでにも約束の時間にルーズなことはあったが、この日は連絡すら取れなかった。
結局、その日は姿を見せなかったことが気にかかり、希美は光一のマンションへ行ってみたが、鍵が掛かっており、応答もない。フォトエッセイを連載している出版社にも足を運ぶがデスクも連絡が取れずに困っていた。
もしかして、彼の身に何か起きたのでは……? そう感じた希美は光一のパソコンを調べる。すると、そこには失踪直前に撮影されたGPSログデータ付きの写真が転送されていた。そこで希美は光一が失踪前に訪れていた島根県のとある村を訪ね、足取りを追うことに。
ところが、その中で希美は大切な婚約者に自分の知らない一面があったことを突き付けられ、強いショックを受ける。好きな童話をフォト絵本にしたいと思っていたことや、何の相談もなく、とあるニュータウンへの移住を検討していたことなど、どれも寝耳に水で寂しさを抱いた。
そして、沈んだ気持ちをさらに暗くさせたのが、光一の元恋人も失踪しているという新情報。彼女は、光一が姿を消した翌日から行方をくらませているという。希美は光一のことを信じつつも、失踪が愛ゆえの逃避行なのでは…とも思うように。複雑な感情を抱えながらも光一の妹と協力し、2人の足取りを追い続けた結果、衝撃の真相に辿り着いてしまう。
謎を解く手掛かりは、光一のパソコンに残されていた写真。果たして、そこにはどんな「真実」が映し出されていたのだろうか――。
村を舞台にしたミステリー小説はこれまでにも多く読み漁ってきたが、本作は同テーマの他作品とは少しテイストが違うように感じた。その理由は、登場人物たちの「芯」がひしひしと伝わってくるから。信念を持って生きる登場人物たちの姿が胸に刺さるので、ミステリー要素を楽しみつつ、今の自分の生き方を振り返りたくもなる。自分は彼らのように熱を持って生きているだろうかと、つい考えてしまった。
また、完読した後で改めて書籍名を見直すと、なんとも言えない余韻に包まれる。「水葬」という2文字に祈りや悲しみ、憤りなど様々な感情が込められていることに気づき、涙ぐんでしまうだろう。
ドキドキハラハラできるのはもちろん、自分の生きる意味や生き方も見つめなおしたくなる本作は不安定な状況下である今こそ、強く推したい一冊だ。
文=古川諭香