「今を生きるうえで、大切にしなくてはならない考え方を伝えてくれる作品です」/『待ち合わせは本屋さんで。気になるあの書店員さんの読書案内』紀伊國屋書店 新宿本店 久宗寛和さん

文芸・カルチャー

更新日:2021/2/16

 外出先でぽっかり時間が空いた時、なにか楽しいことを探している時、人生に悩んだりつまずいたりした時──。そんな折に、ふと足を向けたくなるのが本屋さん。新たな本との出合いを広げる本屋さんには、どんな人が働いているのでしょうか。首都圏を代表する5つのお店の看板書店員さんに、今おすすめの一冊と書店の魅力や書店で働く楽しさについて順番に語っていただく連載企画。今回は紀伊國屋書店新宿本店 久宗寛和さんです。

紀伊國屋書店新宿本店 久宗寛和さん
紀伊國屋書店新宿本店 久宗寛和さん
書店員歴4年。2年間の雑誌担当を経て、現在は文芸書を担当。

一人ひとりが企画を発案し、オリジナリティあふれるフェアを実施

──久宗さんは、書店員になって4年だそうですね。書店で働こうと思ったきっかけは?

久宗:読書が好きだったので、学生時代は出版関係の仕事をしたいと思っていました。でも、いざ就活を始める時に、自分は人に本を薦める行為が好きだと気づいたんです。それなら出版社ではなく書店で働き、直接お客様とコミュニケーションするほうが自分には合っているのではないかと思いました。

──どんなジャンルの本がお好きだったのでしょう。好きな作家さんについて教えてください。

久宗:日本の小説を読むことが多いですね。好きな作家さんはその時々で変わるのですが、今は村田沙耶香さんや河野裕さん。河野さんは角川スニーカー文庫で活躍されていた頃から読んでいます。

 最初に好きになった作家さんは、恩田陸さんです。その後、高校に入学したあたりでライトノベルにハマりました。甲田学人さんの「断章のグリム」シリーズ、杉井光さんの「楽聖少女」シリーズ、野村美月さんの「文学少女」シリーズが好きでした。大学では純文学にも手を出し、谷崎潤一郎などを読んでいました。いろいろ寄り道しながら、現在に至っています。

──自分で小説を書こうとは思いませんでしたか?

久宗:高校では文芸部に在籍し、小説を書いていました。現在は書く気はあるものの、書けていない状態(笑)。趣味で続けていけたら、という感じです。

──書店にまつわる思い出はありますか?

久宗:小学校を卒業するくらいの頃に、地元の横浜に紀伊國屋書店ららぽーと横浜店ができました。それまでは小さい本屋さんに行くことが多かったので、天井が高くて大きい書店を見て「こういう本屋もあるんだ!」と驚いたのを覚えています。

──書店員という仕事の醍醐味を感じるのは、どんな時ですか?

久宗:「ここに置けば手に取っていただけるのではないか」と思って置いた本が、目論見どおりに売れた時に楽しさを感じます。半年ほど前、野村美月さんの『むすぶと本。 『さいごの本やさん』の長い長い終わり』が刊行された時、作中に登場する本や野村さんが過去に執筆された「文学少女」シリーズを集めてフェアを行いました。シリーズを全巻買いしてくださるお客様がいて、とてもうれしかったです。

 また、昨年の本屋大賞発表時には、本屋大賞で2位になった作品だけを集めたフェアも企画しました。2019年本屋大賞翻訳小説部門で2位だったトーン・テレヘンさんの『きげんのいいリス』が大好きで、この本を推したいがために企画したフェアでした(笑)。フェア全体も好評でしたし、『きげんのいいリス』も多くの方に手に取っていただくことができました。

 年末には、冬の寒さを吹き飛ばす熱い本を集めるフェアも実施しました。松岡修造さんの日めくりカレンダー、ボディビルのかけ声を集めた本などを並べたのは、売れ行きはともかく楽しかったです(笑)。

──フェアを企画するのがお好きなんですね。

久宗:そうですね。以前は雑誌を担当していたのですが、その頃から「フェア台が空いてるから何かやっちゃえ」と企画を考えていました。例えば『編集会議』で著名な方々による選書特集があった時には、そこで紹介されている本を並べるフェアを開催したり、書店特集の雑誌を集めてその横に書店員が推薦している本を置いたり、『日経おとなのOFF』の美術展特集に合わせて関連書を置いたり。雑誌担当者でフェアを企画するスタッフはほとんどいませんでしたが、積極的に取り組んでいました。それもあって、文芸書担当として声がかかったのかもしれません。

──紀伊國屋書店新宿本店は、いつ足を運んでもいろいろな売り場でフェアを行っていますよね。しかも、スタッフのみなさんの個性が感じられます。

久宗:当店は、スタッフ一人ひとりの裁量権が大きいように感じます。「これを売りたいです」とフェアを企画すると、場所さえ空いていれば大抵OK。入社したばかりのスタッフが企画を考えることもあります。一人ひとりが企画を発案できるので、他店とは違うオリジナリティあふれるフェアを実施できますし、やりがいも感じます。

──現在、久宗さんはどんな展開を仕掛けているのでしょう。

久宗:昨年末、春陽堂書店から谷崎潤一郎の『人魚の嘆き・魔術師』が復刻されました。A5版とサイズも大きく装画もふんだんに盛り込まれた本なのですが、そのまま棚に差しても魅力が伝わりません。そこで、活版印刷のようなフォント、豪華な装画をお見せするパネル展示を行うことにしました。

 ほかには、温又柔さんの著作を集め、ご本人にPOPをつけていただきました。『魯肉飯のさえずり』が織田作之助賞を受賞した時に、「そういえば前に名刺をいただいたな」と思って連絡を差し上げたところ、わざわざお店まで来てくださりサイン本と全著作のPOPを作ってくださったんです。作家さんと直接コミュニケーションを取ることはめったにないので、とてもうれしい経験でした。

──新しい企画やフェアを考えたり、本と出会うためのきっかけを作ったりするうえで、久宗さんが心がけていることはなんですか?

久宗:本を仕分ける時には、この本は棚に並べるだけで売れるのか、しっかり目立たせれば興味を持っていただけるのか判断し、その本に適した場所に置くよう意識しています。先ほどお話しした谷崎潤一郎の『人魚の嘆き・魔術師』は、3960円と値も張りますし、表紙だけではその魅力がなかなか伝わりません。でも、中身を見ていただければ、フォントや装画が素敵なのできっと欲しくなるはず。その本の魅力が伝わるよう、新刊が入ってきた時に売り方を考えるようにしています。

紀伊國屋書店新宿本店

紀伊國屋書店新宿本店

──お客様によく聞かれること、ちょっと変わった質問などはありますか?

久宗:新型コロナウイルスが蔓延する前は、外国の方から週に一度は「村上春樹の本はどこですか?」と聞かれていました。あまりにもよく聞かれるので、英語でPOPをつけたほどです。

 他によく聞かれるのは、「家族にプレゼントする本はどれがいいでしょうか」という質問です。「何歳ぐらいのお子さんですか?」「普段はどんな本を読んでいるんですか?」とか聞きながら本を選んでいくのは楽しいですね。

わかり合えなくても、一緒に歩んでいく。『昨日星を探した言い訳』は、コロナ禍の今を生きるうえで大切な考え方を伝える一冊

昨日星を探した言い訳

──今回おすすめの一冊を選んでいただきました。どんな本でしょうか。

久宗河野裕さんの『昨日星を探した言い訳』です。Twitterでゲラ読み書店員を募集していたので応募して読んだところ、大変面白かったんです。そこで担当編集の方に連絡したところ、河野さんに「この本と一緒に読みたい10冊」を選んでいただくフェアを開催できることになりました。一時は店頭在庫がなくなりそうなほど売れましたし、今年も引き続きこの本を推していこうと思っています。僕が書いたコメントをリリース記事に使っていただけたのもうれしかったです。

──どんな作品かご紹介をお願いします。

久宗:現代日本を舞台にした青春小説です。ただ、ひとつだけ違う点があって、生まれつき緑色の目を持つ人たちがいるんです。彼らは差別を受けてきましたが、現在は表向きには差別されることもなくなりました。それでも、依然としてうっすらとグループ分けされている……という世界が舞台です。主人公は、中高一貫校に通う坂口孝文と緑色の目を持つ茅森良子。茅森は、将来総理大臣になって平等な社会を創ることを目標にしています。

 河野作品の登場人物は、しばしば議論を戦わせます。今までの作品はどちらかが相手を言い負かしていましたが、今回は結局わかり合えないままなんですね。とはいっても、わかり合えないから決別するのではなく、わかり合えないながらも付き合っていく。それは生きていくうえで大事な考え方だと思いました。それに、新型コロナウイルス感染症が拡大するにつれ、どこまで自粛をすべきか人と意見が食い違うことも増えてきました。そんな中で、どうやって他人と付き合っていけばいいのか、この本を読んで考えていただけたらと思い、今回推薦しました。

──河野さんの作品では、『いなくなれ、群青』も「階段島」というちょっと不思議な島が舞台です。その中で、ふたりの高校生が心を通わせたり、すれ違ったりします。『昨日星を探した言い訳』と少し近いものを感じますが。

久宗:『いなくなれ、群青』では、主人公の七草と真辺が口論した時には「今回はこっちで行こう」と何らかの決着がつきますよね。でも、『昨日星を探した言い訳』では、序盤で教師と言い合いになった坂口が、「これは絶対にわかってもらえないな」と絶望するんです。でも、絶望してもそれでも何とかやっていこうとする。そういった点は、今までの作品とは違うように感じました。

 あとは、従来の設定に比べると設定がシンプルでわかりやすいですね。1巻完結ですし、初めて河野さんの作品を読む方にもおすすめです。

──どんな方に読んでもらいたいですか?

久宗:SNSに疲れた人でしょうか。いろいろな意見が飛び交う中にいると、疲れてしまいますよね。この作品は、「全部をわかろうとしなくていい」という姿勢がいいんですよね。

──読後感はいかがでしょう。

久宗:あまり話すとネタバレになりますが、爽やかです。わかり合えないということが身に沁みる作品ではありますが、それで暗くなるというより、それでもこうしていこうと前向きさが感じられます。

──河野さんの選書フェアの反響はいかがでしたか?

久宗:選書していただいたすべての本に河野さんがコメントをつけてくださったので、よく売れた本もありました。すでにフェアは終了していますが、引き続きこの本を推していきたいと考えています。

──これから実施されるフェアについて教えてください。

久宗:正面入り口からエレベーターを上がった2階の壁面で、スタッフがおすすめする本ベスト30「キノベス!」を2月1日から発表しています。また、時代小説作家、文藝春秋の編集者、当店スタッフがおすすめ時代小説を3冊ずつ挙げる『オール讀物』との連動企画も実施中です。2月下旬からは「『推し、燃ゆ』作者の推し作家・中上健次フェア(仮)」を予定しています。

 当店は文芸書から専門書まで豊富な在庫を取りそろえつつ、棚を見ればスタッフ一人ひとりが推したい1冊がわかるのが特徴です。各担当がさまざまな企画を展開しているので、ぜひ足を運んでいただけたらうれしいです。

取材・文=野本由起

次回は三省堂書店 神保町本店の書店員さんです。

【店舗情報】
紀伊國屋書店 新宿本店
住所:東京都新宿区新宿3-17-7
TEL:03-3354-0131(代表)
営業時間:10:30~20:00
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、営業時間が変更になる可能性があります。
最新情報は、下記公式サイトをご確認ください。

https://store.kinokuniya.co.jp/store/shinjuku-main-store/