『鬼滅の刃』だけではない! 美しい兄妹愛を描く萩尾望都の名作『ポーの一族』を読み解く

マンガ

公開日:2021/2/13

※本稿には一部ネタバレが含まれます

ポーの一族
『ポーの一族』(萩尾望都/小学館)

 映画の興行成績を塗り替え、多くのファンがアニメ第2シーズン放送を待ちわびている『鬼滅の刃』。個性豊かな登場人物もさることながら、主人公の竈門炭治郎と禰豆子の兄妹愛も作品の大きなポイントです。

 じつは、今から約50年も前から炭治郎と禰豆子に負けない兄妹愛で、読者を魅了している兄妹がいます。その兄妹とは『ポーの一族』(萩尾望都/小学館)に登場する、エドガー・ポーツネルとその妹メリーベルです。

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『ポーの一族』の作者・萩尾望都先生といえば、『トーマの心臓』『イグアナの娘』『残酷な神が支配する』など多くの名作を描いている、少女マンガ界の重鎮。ストーリー性の高さと人物描写は、さまざまなマンガ家に影響を与え、少女マンガの神様とも呼ばれています。なかでも『ポーの一族』は今でもファンが多く、40年ぶりに同作の続編「春の夢」が掲載された少女マンガ雑誌『月刊フラワーズ』2016年7月号は発売当日に完売する書店が続出し、話題を集めました。

 同作は独立した15編の物語で構成され、その都度新しいエピソードが始まるため、どこから読んでも楽しめます。また、登場人物の心理描写が複雑なので、何度読み直しても飽きないところも大きな魅力です。

 ここでは、昭和を代表する兄妹としてエドガー&メリーベル、令和に羽ばたく兄妹代表(作品の設定は大正ですが……)として炭治郎&禰豆子、それぞれの愛のカタチの違いについて考察していきます。以下『ポーの一族』『鬼滅の刃』のネタバレが含まれますので、ご注意ください。

 本稿は『ポーの一族』小学館文庫1~3巻の内容を参照しています。

“守るべき妹”と“共に戦う妹”

『ポーの一族』の主人公、エドガーとその妹・メリーベルは、人間の血とバラの花をエナジーにして生きる「バンパネラ」と呼ばれる吸血鬼。彼らは、人間に気づかれないようにさまざまな土地を転々としながら、フランク・ポーツネル、シーラ夫妻と共に家族のふりをして生活していました。

 物語序盤からエドガーとメリーベルには、まるで恋人のような関係が垣間見えます。とくにそれは、兄・エドガーの発言によく表れています。

「メリーベルのためにだけ、ぼくは生きているんだ。メリーベルのためにだけ! あの子が小さなときからずっとずっと…一番そばであの子を守って来たんだ」(『ポーの一族』1巻 「ポーの村」より)

 エドガーは4歳のときに生まれたばかりの妹・メリーベルと森に捨てられました。ポーの村の老ハンナに拾われるまで、兄妹で命の危険にさらされたこともあり、妹を守らなければならないという意識が人一倍強くなったのです。一方のメリーベルも、兄の愛情を一身に受けてエドガーを慕っていました。

 そんなある日、エドガーは老ハンナを中心にしたバンパネラの儀式を偶然目撃。一族の秘密を知られた老ハンナは、 成人したらバンパネラになることをエドガーに約束させます。その際、メリーベルが巻き込まれることを恐れたエドガーは、彼女をアート男爵の養女にしてもらい、離れて生きる決断をしました。

 その6年後、13歳になったメリーベルは、バンパネラとなって14歳の姿で時が止まってしまった兄に再会。彼が遠くからずっと自分を見守ってくれていた事実を知ります。そして、恋人ユーシスを失った絶望も手伝い、メリーベル自身もバンパネラとなって再び兄と過ごす決意をしました。

 それでは、令和の兄妹マンガ代表『鬼滅の刃』の炭治郎、禰豆子兄妹の関係も見てみましょう。

 禰豆子の炭治郎に対する意思表示はいつも前向きです。何か起きるたびに謝ってばかりいる兄に、禰豆子はこう言います。

「謝らないで、お兄ちゃん。どうしていつも謝るの? 貧しかったら不幸なの? 綺麗な着物が着れなかったら可哀想なの?(中略)幸せかどうかは自分で決める 大切なのは“今”なんだよ 前を向こう 一緒に頑張ろうよ 戦おう」(『鬼滅の刃』11巻 第92話より)

 彼女の発言からは“自分が進む道は自分で決める”という意思がにじみ出ており、行動としても随所に表れています。

 鬼を人間に戻す研究をしている医師・珠世が炭治郎に「戦いの場に連れて行くより安全なのでは」と妹を引き取ろうと提案するシーンでのこと。禰豆子は兄の手を握りジッと炭治郎を見つめます。その気持ちに応えるように炭治郎はこう言うのでした。

「俺たちは一緒に行きます。離れ離れにはなりません。もう二度と」(『鬼滅の刃』3巻 第19話より)

 そうして炭治郎は、禰豆子と共にいる決断をしました。その後も禰豆子は兄と行動し、十二鬼月の累、魘夢(えんむ)、堕姫(だき)など数々の鬼と肉弾戦を繰り広げ、とても頼りになる妹として活躍します。

 離れることで妹を守ろうとしたエドガーと、共にいる道を選んだ炭治郎。一見真逆に思える2人の行動ですが、どちらも妹を思うゆえの選択。家族を思う気持ちは同じです。

“兄妹たちが迎えた結末

 バンパネラになる前のメリーベルは、野山を走り回ったり、木に登ったりする活発な少女でしたが、バンパネラになってからは頻繁に貧血を起こし意識を失うほど病弱になってしまいました。彼女は市中で倒れ、医師ジャン・クリフォードの家で療養することに。しかし、看病するうちにメリーベルの正体に感づいたジャンは、彼女に銃を突きつけ「神に十字を切ってみろ」と脅します。

 バンパネラの大嫌いな信仰心と銀の弾丸を込めた銃口を向けられ、心臓を射抜かれたメリーベル。彼女は抵抗もできないまま、兄の名を叫びながら灰になって消えてしまいました。エドガーは妹を救おうと駆けつけるも間に合わず、こう叫びます。

「幕だ、すべてはおわった! ぼくは自由、ぼくはこの世でただひとり、もうメリーベルのために、あの子を守るために、生きる必要もない。生きる必要も、ない…」(『ポーの一族』1巻 「ポーの一族」より)

 その後も、不老不死のバンパネラ、エドガーは200年以上の時を生きるわけですが、メリーベルを失った後悔はいつまでも消えません。彼女は死して尚、エドガーのなかで思い出としてずっと生き続けているのです。

 ちなみに、『鬼滅の刃』のヒロイン・禰豆子は兄の名を呼んで消えることはありませんので、ご安心ください。『鬼滅の刃』のネタバレになりますが、禰豆子は自らの運命に打ち勝ち、生きたまま人間に戻ることができます。何より彼女は、炭治郎が守らなければならないほど弱くはありません。

「…禰豆子!! 奥で眠っている女の人を外の安全な所へ運んでくれ!!」(『鬼滅の刃』2巻 第16話より)

 戦いの中でも、鬼に襲われそうな人間を守る大役を彼女に任せ、二手に分かれて敵と対峙することもあります。炭治郎は妹を戦いにおけるパートナーとして全幅の信頼を寄せているのです。

 兄に守られる必要がない、戦いの中でどんどん成長する令和のヒロイン像は、炭治郎と同格の主役としてファンを増やしたのではないでしょうか。

 炭治郎と禰豆子、エドガーとメリーベル。どちらの兄妹も2人でいることで互いの存在価値を見出せたという点は共通しています。『鬼滅の刃』の兄妹愛にグッときた人は、『ポーの一族』の儚い兄妹の物語も心に響くのではないでしょうか。

文=武馬怜子(清談社)