皆が彼の名を呼び、知っていたのに彼は初めから存在しない? 想像のななめ上をいく解に衝撃を受ける「上流階級ミステリー」
公開日:2021/2/15
※「ライトに文芸はじめませんか? 2021年 レビューキャンペーン」対象作品
学園ミステリーには、一般的なミステリーにはない魅力がある。成長期という、永遠には続かない儚い時間の中で果敢に事件解決を目指す若者たちのまっすぐな姿はまぶしく、遠くなってしまった自身の青春時代を思い起こさせもする。『私立シードゥス学院 小さな紳士の名推理』(高里椎奈/角川文庫)は、まさにそんなミステリー小説。だが、本作にはミステリー好きをわくわくさせる粋な計らいが多数ちりばめられており、他の学園ミステリーとは一線を画している。
優雅な寄宿学校で次々と起こる、不可解な難事件
舞台となるのは、選ばれし小紳士たちが集う私立シードゥス学院。全寮制の寄宿学校であるこの学院では、13歳から17歳までの生徒が「赤寮」「黄寮」「青寮」「緑寮」「特別寮」の全5寮に分かれ、寝食を共にしている。
本作で活躍するのは青寮の1年生である、獅子王琥珀・弓削幸希・日辻理央。性格の違う3人は学園内で起こる、不可解な事件に巻き込まれることに…。
本作では各エピソードのはじめに、読者に対して作者が「問」を用意している点がユニーク。問は一見、なぞなぞのように不可思議なのだが、「解」となる結末を知ってから改めて見返してみると、よく作りこまれている…と唸ってしまう。
収録されている4つのミステリーはどれも「問」からして興味深いのだが、その中でも特に衝撃を受けたのが、最終話。
“皆が彼の名を呼びました。皆が彼を知っていました。けれど、彼は初めから存在しませんでした。何故でしょう?”
この問に対する解は、読者の想像のななめ上をいく。
最終話で獅子王たちは、学院内の宿舎で起きた殺人未遂事件に巻き込まれてしまう。被害者は赤寮の寮付教師。容疑者として特別寮の生徒・角崎一等が拘束されたが、彼は容疑を否認。なんと、獅子王こそが真犯人だと訴えたのだ。
寮会議の結果、角崎の拘束は解かれ、獅子王は警察に引き渡されることになった。幸いにも警察ではすぐに容疑が晴れたが、学院内では好奇な視線を向けられたり、中傷されたりするように…。それでも味方でい続けてくれる弓削や日辻の存在に助けられていた。
ほどなくして、この事件は真犯人が明らかになるのだが、その裏にある「本当の真実」にたどり着くと、本作は一気に違った読み物になる。なぜなら、これまで点だった解が線となり、まったく新しい解が浮かび上がってくるからだ。
なぜ彼は存在しなかったのか――。その答えを知った時、あなたはきっと「これは上流階級ミステリーだ…」とひとりごちたくなるだろう。
子ども以上大人未満の寮生たちは時にぶつかり、悩み、支え合いながら「自分」という人間を形成していく。そうした時期は貴重で、あっと言う間に終わってしまうことを大人である私たちは知っている。だからこそ、光と影が入り混じる少年たちの刹那的な日々が美しく思える。
数十年前の自分が望んだ大人に、今の私はなれているのだろうか。そう、胸に問いかけたくもなる本作は未来にときめく心を思いださせてくれる物語でもある。
文=古川諭香
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