「今の日本人につながる、人情の美しさが描かれているところに魅力を感じます」/『待ち合わせは本屋さんで。気になるあの書店員さんの読書案内』旭屋書店 池袋店 礒部ゆきえさん
公開日:2021/3/6
外出先でぽっかり時間が空いた時、なにか楽しいことを探している時、人生に悩んだりつまずいたりした時──。そんな折に、ふと足を向けたくなるのが本屋さん。新たな本との出合いを広げる本屋さんには、どんな人が働いているのでしょうか。首都圏を代表する5つのお店の看板書店員さんに、今おすすめの一冊と書店の魅力や書店で働く楽しさについて順番に語っていただく連載企画。今回は旭屋書店 池袋店 礒部ゆきえさんです。
これからも、親子三世代で来たくなる、楽しめるお店作りをしていきたい
──礒部さんが、書店で働こうと思ったきっかけを教えてください。
礒部:もともとは、図書館司書かスポーツトレーナーになりたかったんです。調べてみたら、某大学なら司書課程もスポーツの学科もあるので両方勉強できるとわかったのですが、センター試験でしくじってしまって(笑)。そこで、高校卒業後は専門学校と短期大学の両方に通うことにしました。専門学校でスポーツを学び、短大で司書課程を取ってから大学に編入して、どっちの道に進むか決めようと思って。
──すごいバイタリティですね。
礒部:最初の2年間は、アルバイトをする余裕もありませんでした。その後、書店でアルバイトを始めつつ、卒業後は司書の道に進もうかなと思い、インターンで働き始めました。でも、その時に「売るのと貸すのとでは全然違うな」と思ったんです。「売るほうがめちゃめちゃおもろいな」と。そこで、司書の内定は辞退して、翌年旭屋書店に入社しました。
──同じように本を扱う仕事でも、司書と書店員ではやっぱり大きく違うのでしょうか。
礒部:まったく別ものですね。司書はじっくり働く仕事で、忍耐も必要。本が汚れて返ってくることもあり、心も痛むんですね。あとは、私が大阪出身の関西人だからかもしれませんが、売れるとうれしい(笑)。あきんど気質なのかもしれません。
──では、書店に就職するのと同時に上京したのでしょうか。
礒部:いえ、結婚を機に東京に引っ越したので、こっちはまだ4年くらいです。旭屋書店は地盤が大阪なので、それまでは大阪で働いていました。
──今、お仕事をするうえで、やりがいを感じるのも本が売れた時ですか?
礒部:うれしいことは、すごくたくさんあるんです。売れるのもうれしいし、今日こうしてインタビューをしていただけるのもうれしい。でも、一番うれしいのは、お客様から声をかけていただいた時ですね。
──勝手なイメージですが、東京に比べると大阪のほうがお客様との距離が近そうですね。
礒部:そうですね。大阪の方は、思っていることをすぐに口にします。レジに行列ができれば「どんだけ並ばすねん」とお叱りを受けますし、時には厳しい言葉をいただいたことも。でも、そのあとに「いや、あんなに怒ったけど、よくしてくれたからまた来たったで」という方もいました。人情が厚くて、涙が出そうになりました。
一方、東京のお客様はすぐには怒るということは少ないかもしれません。でも、不満を内に秘めたまま、黙って利用されなくなるケースも多いような気がします。そこは、関西人として少し寂しく感じますし、もう少しお客様とコミュニケーションを取れたらいいなと思っています。
──お店に来るお客様はどんな方でしょうか。
礒部:百貨店に入っている書店ということもあって、年配の方が多いですね。普通は、単行本が文庫化されたら文庫のほうが売れますよね? でも、当店は「字が大きいほうがいい」というお客様がいるため、単行本の需要が高いように思います。
三世代で一緒に来店されるご家族もいらっしゃいます。当店はワンフロアなので、全員一緒に店を回って「見て、これ面白い!」とお話しされているのを見るのがうれしいですし、三世代に楽しんでいただけるお店でありたいなと思います。
──本との出会いを求めるお客様に対し、どのような工夫をされていますか?
礒部:まずひとつは、「池袋@本屋同盟」です。池袋にはジュンク堂、三省堂、くまざわ書店、当店という4つの大きい書店があるのですが、その4店舗で行っている合同企画です。最初に実施したのが、凪良ゆうさんの合同フェア。当時発売されていた4作品について、各出版社に凪良さんのメッセージ入りカードを用意していただき、1店舗に1作品のカードを置きました。4店舗で1作品ずつ買いまわっていただければ、4種類のメッセージカードを収集できるという仕組みです。さらに、4種類のメッセージカードと購入した本の写真をTwitterにアップしていただくと、抽選でプレゼントも。ライバルでもある4店舗を回っていただき、池袋全体で書店を盛り上げようという試みでした。
第2弾では、瀬尾まいこさんの4店連動フェアを実施しました。新刊『夜明けのすべて』の発売時に、瀬尾さんが書店に向けてメッセージペーパーをくださったんですね。それを読者の皆さんにも読んでいただきたくて、プレゼント企画を行いました。
──反響はいかがでしたか?
礒部:当店は年配のお客様、くまざわ書店は女性、三省堂書店はビジネスマンと、お店によってメインとなるお客様の層が異なります。だからこそ、「4店舗を回るのが楽しかった」という声をいただきました。今後も、年に一度は「池袋@本屋同盟」でフェアを展開したいと思います。
──ほかにも、いろいろと取り組まれているようですね。
礒部:はい。昨年4月の緊急事態宣言下でお店を閉めていた時は、1万円分の本を選書してお送りする企画を行いました。Twitterで呼びかけ、カルテを書いていただいたうえで選書したのですが、皆さん熱量が高くて。本が届いたお客様からお返事もいただき、「やってよかった!」となりました。似たような企画をされている書店はほかにもありますが、当店では1冊ずつPOPをつけて送りました。
ほかには、当店スタッフがおすすめの文庫を選ぶ「池100フェア」という企画も毎年実施しています。学生バイトから店長まで好きな文庫を選び、すべてにPOPをつけています。「え、○○さん、こんなにPOP上手なん?」と意外な発見もありますし、売り場もバラエティ豊かになります。
あとは、企画展も行っています。今は「行った気になる日本の名城展」として、関連書籍や地図を置いたり、パネルを展示したり、お城のグッズを販売したりしています。石垣キーホルダーのような、ちょっと変わったグッズも置いています(笑)。過去には小学館の「図鑑NEO」シリーズの素晴らしさを伝えようと、「LOVE♡図鑑展」を開催したことも。この図鑑の昆虫写真は、標本ではなく生きた状態で撮影されているんです。そういったこだわりを伝えたいと思いました。イラストレーターねこまきさんの「ねこまき展」を行った時は、原画をお借りして展示しました。普段キャラクターグッズ売り場に行かないようなご年配のお客様が「かわいいね」と足を止めてくださり、とても好評でした。
旭屋書店の社訓は、「本との出会いが未来を変える」なんです。「本当の出会い」と「本との出会い」をかけているのですが、そういった出会いを提供できる売り場を作っていけたらと思います。
深みのある情緒、美しい人情。時代小説『高瀬庄左衛門御留書』は全日本人におすすめ!
──では、おすすめの一冊を紹介してください。
礒部:砂原浩太朗さんの『高瀬庄左衛門御留書』です。砂原さんは、1969年生まれで2016年にデビューされたため、遅咲きと言える時代小説の作家さん。私は葉室麟さんが大好きで、いつかお会いしてお話ししたいと思っていたのですが、2017年にお亡くなりになってしまって……。「これからどうしよう。葉室さんの作品はもう読まれへんのや」と絶望していたのですが、砂原さんの作品に出会いました。人情もので文章も素晴らしく、「この方が世に出てくれてよかった!」と思いました。
──どういったところに魅力を感じますか?
礒部:情緒に深みがあり、「日本人に生まれてよかった」と思うんですよね。江戸時代を舞台にしていますが、合戦も終わり、明治維新に向かっていく中で、武士のあり方も変わりつつあって。主人公もチャンバラするわけでもなく、静かに生きていきます。こうした生き方を素晴らしいと思えるのは、日本で生まれ育ってこそ。「男は黙って背中で語れ」といった美学が感じられるんです(笑)。こういう過程をたどり、今の日本人につながっているんだなと思います。
──多くを語らずとも、心情が伝わってくるという感じでしょうか。
礒部:そうですね。しかも文章がとてもきれいなんです。日本語には「なく」という言葉ひとつとっても、「泣く」「鳴く」「啼く」といろいろな漢字がありますよね。本でなければ伝わらない感情をすくい取っています。
──物語としては、どういうところがおすすめでしょうか。
礒部:この表紙のイメージそのままの、静かな人情ものです。いろいろと事件は起きますが、大河ドラマのように栄光と没落を描いているわけではありませんし、主人公が死を迎えるまでの一生を描いているわけでもありません。でも、その中で見出せる人情の美しさが描かれているんです。
──もともと時代小説がお好きなんでしょうか。
礒部:のめり込むようになったきっかけは、高田郁さんの『銀二貫』です。
──瀬尾まいこさん、凪良ゆうさんのお話が出たので、現代ものの女性作家の作品がお好きなのかと思いました。
礒部:お客様に対しては、自分の“好き”を押し付けないようにしています。いろいろなタイプの書店員がいますが、私はお店の特色に合わせたいな、と。当店は年配のお客様が多いので、時代小説も紹介できてうれしいのですが、押し付けにならないようにしています。
──この本は、どんな方におすすめですか?
礒部:全日本人に読んでほしいです(笑)。時代小説って息が長いんですよ。コミックはほんのひと握りの作品しか店の棚に残りませんが、時代小説は長い間残ります。だからこそ、読み継いでもらいたい。時代小説を大切に残すには、書き手だけでなく読み手も育たないといけないと思います。
取材・文=野本由起
次回は今野書店の書店員さんです。
【店舗情報】
旭屋書店 池袋店
住所:東京都豊島区西池袋1-1-25 東武百貨店池袋店7F
TEL:03-3986-0311
営業時間:10:30~19:00
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、営業時間が変更になる可能性があります。
最新情報は、下記公式サイトをご確認ください。
https://www.asahiya.com/shop/ikebukuro/
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