「本を作る人も売る人も買って読む人も、みんなつながっている。そんな素晴らしさを感じられる一冊です」/『待ち合わせは本屋さんで。気になるあの書店員さんの読書案内』今野書店コミック店 朝倉千寿さん
公開日:2021/3/13
外出先でぽっかり時間が空いた時、なにか楽しいことを探している時、人生に悩んだりつまずいたりした時──。そんな折に、ふと足を向けたくなるのが本屋さん。新たな本との出合いを広げる本屋さんには、どんな人が働いているのでしょうか。首都圏を代表する5つのお店の看板書店員さんに、今おすすめの一冊と書店の魅力や書店で働く楽しさについて順番に語っていただく連載企画。今回は今野書店 コミック店 朝倉千寿さんです。
メジャーマイナーを問わず、お客様が欲しい本を置く。それが街の書店の役割です
──朝倉さんは、アルバイトを含めて14、5年書店で働いているそうです。ずっと今野書店にお勤めなのでしょうか。
朝倉:いえ、以前はチェーン店で働いていたんです。2013年に今野書店の地下にコミック店ができる時に、縁あって誘っていただきました。
──もともと本がお好きだったんですか?
朝倉:熱心に買って読むようになったのは、高校3年生くらいから。でも、実家にも本がありましたし、本好きの親戚がけっこういたので、本を読む環境にはありました。お休みのたびに親戚の家に遊びに行って、「このおじちゃんは古書を買い集めるのが好きなんだ」「このおばちゃんの本棚は、マンガから理工系専門書まで幅広く並んでいるな」と、自分でお金を出さずに人の本ばかり読んでいました(笑)。大学に入ってからは、「この作家さんはこれだけいっぱい本を出してるから人気なのかな」と手あたり次第文庫本を読んだり、図書館で借りたり。雑なんです、読み方が(笑)。その頃から本屋さんでバイトしたいなと思いました。
──ご自身で本を選ぶようになってから、重点的に読んだ作家さんは?
朝倉:大学時代にW村上から純文学に入っていき、好きなのは長嶋有さん、古川日出男さんです。
──就職先も、書店しか考えられなかったのでしょうか。
朝倉:ろくに就活もしていなかったので、バイト先の書店でそのまま社員になれたらいいなと思っていました。やっぱり好きなものを触っていると、頑張れるんですよね。
──書店で働く楽しさは、どんなところにあるのでしょう。
朝倉:毎日入ってくる新刊を並べるのが、書店員の仕事です。でも、お客様に来ていただけないと並べてもしょうがないんですよね。だから、お客様が来てくれたら、それだけで幸せ。というのも、今野書店コミック店ができたばかりの頃は、全然認知されていなくてお客様がほとんど来なかったんです。チェーン店にいた頃はお客様が来てくださることが当たり前でしたが、知られていないお店にお客様を呼ぶのがどれほど大変かを思い知りました。
出版社やマンガ家さんがお力添えをしてくださって、ようやく認知度も上がってきましたが、まだまだひよっこコミック店。なので、お客様が来てくださるだけで「朝からヒーコラ言いながら、マンガを並べた甲斐があったな」と泣けてきます(笑)。「コミックいっぱいあるね」「ここの品ぞろえ好きだよ」って言っていただけると、「ああ、生きててよかった!」と思います。
──コミック店の中でも、特に評判のいい棚は?
朝倉:入り口を入ってすぐのところに、作家別の棚があるんです。常にその棚に置くマンガ家さんもいますが、まめに入れ換えることもしています。その棚を面白がっていただけたのかなと思います。
──今野書店のような“街の本屋さん”は、お客様との距離も近そうですよね。
朝倉:以前のお店ではお客様おひとりおひとりに気を配ることが難しかったんですよね。常連のお客様に声をかけることもできませんでした。でも、今野書店ではできます。お客様も「○○さん、今日休み? じゃ、また明日来るわ」と気軽に声をかけてくれますし、顔なじみのスタッフが常連さんに「この新刊、面白いですよ」と話をすることも。小さな声で本について話をするだけなら、ほかのお客様も不快にならないと思いますし、「この店、あまり気を張らなくていいんだ。スタッフに声をかけてもいいんだ」って思っていただけるかな、と。
──店員さんに親しみを感じそうですね。以前来店した時は、小銭を握りしめたお子さんがコミック店で本を選んでいて、そういうところからも“街の本屋さん”らしさを感じました。
朝倉:お子さんがひとりで来店することもあるんです。500円玉を握りしめて「これで足りますか?」って。足りない時は、「取っておくから、お母さんと一緒にまた来てね」と言うことも。きっと親御さんが、「今野さんに行くの? いってらっしゃい」って安心して送り出してくださっていると思うんです。そういう期待にも応えていきたいですね。
──コミックはビニールで覆われて、中身が見えないことが多いですよね。そんな中で、マンガと読者を出会わせるために、どんな工夫をしていますか?
朝倉:1冊まるまる読めるよう見本を置いたり、出版社からいただく試し読みの小冊子を、そのマンガの横に置いたりしています。ライトノベルも、シリーズものは1巻だけ丸ごと読めるようにしました。今は「10巻まで期間限定で無料試し読み」というキャンペーンをやる電子書籍もありますよね。紙の本だけがケチケチしてもしょうがないかなって。
ほかには、いろいろなマンガ家さんに選書フェアをお願いするなど、まめにフェアを企画しています。今はSNSで情報が広がっていくので、写真をSNSにアップして。「西荻窪に今野書店ってあるんだ」と知名度アップにつながればいいなと思っています。
──お客様からよく聞かれること、最近の売れ筋の傾向などはありますか?
朝倉:マンガに関して言えば、やっぱりSNSやYouTube、テレビで話題になった作品の瞬発力がすごいですね。今野書店としては、お店に来てくださるお客様が欲しいと思う本があるべきというスタンス。なので、店員が個人でSNSをチェックして、「昨日このマンガがTwitterでバズってました」と報告することもあります。
あとは、今野書店には「聞かれましたノート」があるんです。お客様からお問い合わせを受けたものの、在庫がなかった書名を書いておき、担当者が「仕入れましょう」「もう発注してあるので、もうすぐ届きます」とチェックする。そういう情報を、お店全体で共有しています。
──「お客様が欲しいと思う本を置く」というのは、素晴らしいポリシーですね。
朝倉:「100人が探している本も、1人しか探していない本も、お店に1冊入れておく」というのが基本姿勢です。そのうえで、担当者が「これだけお問い合わせがあるなら1冊じゃ足りないね。もっと入れようか」と判断することも。お店に来てくださるお客様に支えられているので、お客様が買えないことがあってはならないというのが社長の哲学です。
作る人も売る人も読む人も、みんなつながっている。『古くてあたらしい仕事』を読み、コロナ禍に感じた書店の仕事の素晴らしさ
──では、おすすめの本の紹介をお願いします。
朝倉:夏葉社という“ひとり出版社”を営む島田潤一郎さんが書いた、『古くてあたらしい仕事』です。
本屋さんって、お客様からしたら「入荷した本を棚に並べるだけの地味な仕事」という印象ですよね。じゃあ、なぜ並べるかと言うと、お客様に来てほしいから。お店に来てくれた時点でそのお客様と本屋さんは、つながっています。お客様は欲しい本を買えて、私たち本屋さんはお客様が買ってくれたことが支えになる。リアル書店はそういった循環が生まれる大切な場所だと思うんです。ウチで買ってくれた本が、その方の人生の一部になると思ったら最高じゃないですか。この本を読んで、改めて書店の仕事っていいなと思いました。
──島田さんは、本を作って売る仕事。朝倉さんは、それを受け取ってお客様に差し出すのが仕事。そのつながりも素敵ですよね。
朝倉:そうなんです。作る人も売る人も買って読む人も、みんなつながっているんですよね。出版社が本を作ってくれなければ私たちは売ることができないし、出版社からすれば本屋がないと売る場所がありません。もっと言えば、買って読んでくれる人がいなければ、出版社も本屋も成り立たない仕事なんです。特にコロナ禍では、強くそう感じました。
──本や書店が好きな人にとっても、コロナ禍で本屋さんがお店を開けてくれることが救いであり希望です。
朝倉:もう一冊、島田さんの本をおすすめしてもいいでしょうか。『本屋さんしか行きたいとこがない』という本で、去年コロナ禍で気持ちが暗くなっている時に読みました。
当時は新刊を探す元気もなく、武田百合子さんの『富士日記』など、昔から持っている大好きな本を読み返すことが多かったんです。そういう時に、自分を支えてくれる紙の本が手元にあることをすごくありがたく感じました。
『本屋さんしか行きたいとこがない』では、大型書店から街にある本屋さんまで島田さんが訪れた全国の書店が紹介されています。本屋さんの良さ、本の良さを、島田さんの優しい視点で書いてくださっているんですね。コロナでつらい時期に、お客様が心の支えになる本をウチなどの本屋さんで買ってくれたら、それでいいじゃないか、最高じゃないかと思わせてくれた本でした。きっと編集、取次など本に関わる仕事をしている方、本がお好きな方にとっては支えになる本だと思います。島田さんの個人レーベル「岬書店」の本なので、今はもう買えないかもしれないのですが。
──最後に、今野書店のフェアについて教えてください。
朝倉:1階では、3月20日頃まで「わたしが本当に売りたかった本」フェアを行っています。2020年に刊行された新刊書の中から、アルバイトを含むスタッフが、いちばん売りたいと思った本をひとり1冊選びました。
地下のコミック店では、『メタモルフォーゼの縁側』完結をさせた鶴谷香央理さんの選書フェアを実施中です。テーマに合わせて、鶴谷さんに選書していただき、コメントもつけていただきました。ほかには、2020年に1巻が出た本を紹介するフェアも行っているほか、3月中旬からは漫画家・佐久間薫さんの新刊『カバーいらないですよね』(双葉社)発売を記念して、佐久間薫さん選書フェアを開催予定なので、こちらもよろしくお願いします。
取材・文=野本由起
【店舗情報】
今野書店 コミック店
住所:東京都杉並区西荻北3-1-8
TEL:03-3395-4191(代表)
営業時間:10:00~21:00(月~土)、10:00~20:00(日・祝)
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、営業時間が変更になる可能性があります。
最新情報は、下記公式サイトをご確認ください。
http://www.konnoshoten.com/