人生空回りばかり…ため息をつくミチコの前に現れた、怪しげな屋台。暖簾をくぐると、そこにはいたのは⁉/悪魔の夜鳴きそば②

文芸・カルチャー

公開日:2021/2/20

 わりと辛辣だった。

 私は驚いて、水すらもむせてしまう。

「えぇ、ねえ、待ってよママ、なんでそんなふうに突き放すのさ!」

「あんたが幸せになりたいって言うから、あたいはなりなさいって言っただけよ」

「それが冷たく聞こえるよ。お冷やよりも冷たい。びっくりしちゃった」

「そうね、今のあんたには冷たく聞こえるのかもね」

 そう言って、彼は空になった私のグラスにお冷やを注ぐ。

「私、ゲイバーとか行ったことないけど、こうもっとさ、オカマの人って親身にアドバイスしたり、ズバッと道を示してくれるようなもんじゃないの?」

 すると、彼は私の問いかけを鼻で笑った。

「オカマもいろんな奴がいんのよ。幻想は捨てなさい」

「そ、そうなんだね……」

「それにオカマと使っていいのはオカマだけよ。オカマはね、プロのゲイのみが自称で使える称号なのよ。うふ」

「あ、じゃあ、オカマって言わないほうがいいんだ、ごめんなさい」

「いいのよ。よく思わない人もいるってだけで、あたいは大歓迎。あたいらのようなプロのゲイのことはオカマさんって褒めてちょうだい」

「わ、わかりました……」

 言っていることはよくわからなかったけど、私は頷いた。

 どうやら彼は、相談に対して答えを示してくれるような感じの人ではないみたいだ。

 だけど私のことを馬鹿げた人間だと一蹴する様子もなく、ただじっと夜景を眺めている。

 私がラーメンを食べ終えると、もちぎママは「お腹が落ち着くまで、ちょっとゆっくりしてってもいいのよ」と言ってくれたので、少しだけ居座らせてもらうことにした。

「……ねぇ、もちぎママ、さっきの話だけど、ここには悩みのある人しか訪れることができない、って言ってたでしょう?」

「そうよ。そういう契約でこの屋台を借りてるからね」

「誰から?」

「オカマの神さまから」

 私はスルーすることにした。

「ちょうど私もいろいろ悩んでたんだ。もう……どこから手をつけていいかわからないくらい、たくさんのこと」

「あらあら。話せそうなことなの?」

「……わかんない。今まで家族にも相談事なんてしてきたことないし」

 だいたい私は、何を悩んでるのかうまく言語化できたためしがない。

 ……思いをきちんと言葉にできるなら、普段から人に頼れる人間なら、こんな不器用な生き方をしてはいないだろう。

「ま、家族だからこそ話せないこともあるわよね」

 ママがうつむく私に投げかける。

「うん。それに私、相談するのも、愚痴を吐くのも上手じゃないかも。SNSすら使いこなしてないし、友だちにも遠慮しちゃって、なにも話せないから」

「あらまぁ、相談下手さんなのね。1人で溜め込んでモヤモヤしたり、自暴自棄になったりするオカマに多いわ」

「うん……まぁ私はオカマさんじゃないけどね……」

 もちぎママはフッと鼻で笑う。

「ところで、先に言っておくけど、あたいはただの屋台そばの店主ってだけだから、相談の内容によっては『専門家のとこに行きな』って言うわよ。

 ただの素人が知ったかぶって人生相談になんでも答えて、お門違いな道をうながしちゃったりしたら危険だからね」

「だ、大丈夫だよ。そんな重い話するわけじゃないから! 多分」

「あら、そう? もし重い痔でも抱えてたなら、行きつけの肛門科を紹介しようと思ってたのに」

「そんな相談しにきたわけじゃねーわ」

 私は思わずツッコんだ。

「……ただね、もちぎママ。ほんと漠然とした欲なんだけど、私……自分が幸せになりたいってことはなんとなくわかるの。けど、何が幸せかは正直わかってないし、どうすればいいかもわからない。

 私、自分のこと不幸とまでは思わないけれど、とにかく不満まみれなの。

 もっと不幸な人からすれば十分幸せに見えるのかもしれない……。でも、私は満足できないよ、自分の現状に。私だってちゃんと幸せになりたいって思う。……こんな駄々みたいなこと言われても困るよね。

 でもそれが今の……いや、私がずっと抱えてる悩みなの。しょうもないことでごめん」

 私が意を決してそう愚痴る。

 自分でも言ってることが支離滅裂だな、と感じる。だけどこれが私の精一杯の気持ちだった。

 幸せになりたい、ちゃんと満足できる人生を歩みたい。

 すると彼は出店の棚から1升瓶を取り出して、お銚子にトクトクと注いだ。

「あんたも飲む? 1杯サービスするわよ」

「……いいの? 私、こういうところでお酒飲むの、なんとなく憧れだったんだ」

 私はありがたく頂戴することにした。

悪魔の夜鳴きそば

悪魔の夜鳴きそば

悪魔の夜鳴きそば

<第3回に続く>