麻薬密売×臓器売買×アステカ神話! メキシコと川崎を血塗られた儀式でつなぐ、超弩級クライムノベル
更新日:2021/9/1
北海道でホタテを食べた長州力は、「食ってみな、飛ぶぞ」とコメントしたという。その発言にならい、本書についてはこう言いたい。「読んでみな、飛ぶぞ」。
前作『Ank: a mirroring ape』で大藪春彦賞と吉川英治文学新人賞をダブル受賞した佐藤究さん。3年半ぶりの新作『テスカトリポカ』(KADOKAWA)は、超弩級スケールのクライムノベルだ。メキシコの麻薬戦争から始まる物語は、インドネシアを経由し、やがて日本へ。背後には古代アステカ神の影がちらつき、〈死の笛〉が鳴り響く中、滅びた王国の神話がひもとかれていく。
物語の中核を成すのは、ふたりの男だ。ひとりは、暴力団幹部の父とメキシコ人の母の間に生まれた土方コシモ。育児放棄され、日本語をほとんど話せないコシモは、13歳の時にある事件を起こして少年院に送られる。17歳で施設を出る頃、彼は2mを超える巨躯と人間離れした怪力を持つ青年に成長。両親を亡くし、身元引受人もいない彼は、木工技術の腕を買われてある工房で働くことになる。
もうひとりの主要人物は、メキシコの麻薬カルテル〈ロス・カサソラス〉を仕切るバルミロ・カサソラだ。カルテルは残虐非道なやり口で勢力を拡大していくが、対立組織との抗争が激化し、バルミロは単身インドネシアへ逃げ延びることになる。だが、それも起死回生のチャンスを狙うため。ジャカルタの裏社会に潜り、日本人ブローカー・末永と出会ったバルミロは、彼とともに臓器売買ビジネスを始めるため日本へ。血塗られたビジネスの拠点に選んだのは、神奈川県川崎市だった。
東京と川崎の境を流れる多摩川は、アメリカとメキシコを隔てるリオ・ブラボーによく似ているらしい。どちらも川の北側に資本主義の光が輝き、南側は光を渇望しながらも色濃い影を落としているという。バルミロはこの地で着々と準備を進め、闇医師や殺し屋など新たなビジネスに必要な人間を集めることに。そのさなか、彼は運命の導きによって土方コシモと巡り合う。『バキ』の最凶死刑囚編よろしく、ヤバい奴らが続々と川崎に集結する展開は痺れるの一言。ふたりの邂逅により、血と暴力の連鎖は一気に加速していく。
テスカトリポカ、それはアステカの神〈煙を吐く鏡〉。永遠の若さを生き、すべての闇を映し出して支配する神。かつてアステカ王国に暮らす人々は、偉大な神に生贄の心臓を差し出し、祈りを捧げてきた。アステカが16世紀に征服者に滅ぼされても、血の祝祭が終わることはない。古来より続く人身供犠は、現代の臓器売買ビジネスと交差し、神なき世界で捧げものにされていく。バルミロとコシモもまた、その儀式に取り込まれてしまうのか。ラストには強烈なカタルシスが待っている。
メキシコの麻薬密売人を扱った小説や映画、ドラマは世にあふれている。臓器売買を描いた作品も少なくない。だが、『テスカトリポカ』は地理的、時間的スケールと人間の根源に迫る暴力性、何より破格の面白さで他を圧倒する。血なまぐさい描写も多いが、面白い小説に出会いたいなら、何をおいても手に取ってほしい。著者畢生の快著にして怪著だ。
文=野本由起