自転車で日々をより鮮やかに。コミックエッセイ『おりたたみ自転車はじめました』星井さえこインタビュー

マンガ

公開日:2021/2/26

おりたたみ自転車はじめました
『おりたたみ自転車はじめました』(星井さえこ/KADOKAWA)

 コロナ禍で、売上が急増したのが自転車。これまでにもサイクリングブームはありましたが、密を避け運動不足解消やリフレッシュできると改めて注目を浴びています。2月26日発売の星井さえこさんのコミックエッセイ『おりたたみ自転車はじめました』(KADOKAWA)では、生活に自転車を取り入れて楽しむ様子が描かれています。

 平日はプロダクトデザイナーとして働き、週末はおりたたみ自転車で、気になる店めぐりや知らない景色を求めサイクリング。時には遠くを目指して輪行するエピソードも(輪行とは公共交通機関に自転車を載せて移動すること)。おりたたみ自転車の選び方から、自転車旅の計画の立て方、装備などの解説も満載で入門書にぴったりな1冊です。

著者の星井さえこさん
著者の星井さえこさん

 今、この状況だからこそ改めて知りたい自転車の魅力。星井さんに自転車への熱い想いをたっぷりと聞きました。

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運動が苦手なインドア派が自転車に目覚めて大きな変化

──『おりたたみ自転車はじめました』は星井さんが自転車を楽しんで、うきうきしている気持ちが伝わってきました。サイクリングの魅力に目覚めたきっかけは?

 子どもの頃から自転車には乗っていて、本格的に輪行するようになったのは2010年頃からです。私は運動がとても苦手で、絵を描くことが好きなインドア派でした。社会人になり新たな移動手段が欲しかったのと、運動不足を解消したかったので、ふと「自転車を使ってみよう」と考えたのがきっかけでした。自転車の盗難を避けるため、使わない時は部屋に置けるおりたたみ自転車を買ってみようかなと思い立ったんです。当時はひとり暮らしだったので、これなら狭い部屋でもコンパクトに収納できますから。

クローゼットや玄関に収納してみては
クローゼットや玄関に収納してみては

──そこから自転車選びが始まったのですね。愛車・ブロンプトンは一目惚れだったのですか?

 実は、最初は別の自転車が候補だったんですよ。「安い自転車でいいや」と思っていたら、調べるほどに「高いけど、この自転車いい!」と色々と気になってしまって。社会人になりたてで学生の頃に比べればお財布に余裕もあったので、せっかくならいい自転車を買おうかなと(笑)。販売店に足を運んで、色々な自転車にじっくり試乗してみました。自由に自転車に触らせてもらえたおかげで発見が多く、乗り比べておいて本当に良かったです。

 自転車は一見すると同じように見えますよね。私も「車輪がふたつあって乗れたら自転車」くらいの知識でした(笑)。でも乗ってみると全然違う。変速の数、タイヤの大きさ、ハンドルの高さ、サドルの前後位置、乗り比べて初めてわかる違いがたくさん。「これは乗れない」と感じる自転車もありました。身長や体格次第で乗り心地は異なるので、自分で触ってみるのが大切ですね。1番に気に入った自転車もあったのですが、2番目に気に入ったブロンプトンにしました。

──2番目だったのですね。なぜ1番目ではなかったのでしょう。

 乗りやすさでは2番手だったのですが、ブロンプトンは見た目が最もかわいくて、それが自転車選びの決め手になりました。パッと視界に入って「かわいい!」とテンションが上がると、モチベーションが違ってきますよ。

──確かに。「この子をかわいがってやるぞ」という気持ちが強くなりますね。おりたたみ自転車は繊細な乗り物のイメージがありますが、メンテナンスは大変ではありませんか?

 現状、自分でやっているのは車輪に空気をきちんと入れておくこと。たまに細かく整備する時もありますが、日常的にやるのは空気を入れるだけでも大丈夫だと思います。基本は自転車屋さんに整備や点検をやってもらうのが良いですね。

どこへでも行ける自由なつばさ
どこへでも行ける自由なつばさ

──作中には、星井さんが自転車をおりたたんでクローゼットにしまっている場面があります。外で使った自転車を室内に入れると、壁や床が汚れてしまうのでは……。

 個人的には、思ったほど汚れはつかないですね。室内に置く時に新聞紙を敷くくらい。想像されている汚れは、もしかしたら駐輪場に置いている時の汚れかもしれません。雨風に晒されるし、砂埃もかぶりますから。おりたたみ自転車は室内に置いておけるので、それは避けられます。汚れが気になる人は、IKEAの大きなバッグに入れて収納している人もいるみたいです。

いつもの旅も自転車があればもっと自由に

──運動が苦手だったそうですが、サイクリングにハマる前の星井さんが、輪行までするサイクリストになった星井さんを見たらびっくりしそうですね。

 もう、びっくりすると思いますね(笑)。今は雨が降れば家でイラストが描けるし、晴れたらサイクリングができる。中学・高校時代の自分からは考えられないです。

──星井さんにとって、サイクリングの何が魅力だったのでしょうか?

 サイクリングがほかの運動と異なるのは、景色が変わることです。サイクリングは進行方向さえ変えれば、いつもとは違った街並や、お店、自然と色々な風景を楽しめます。それが飽きっぽい私にはちょうど良かったんでしょうね。運動すること自体が目的ではなく、気になっているお店に行ったり、見てみたい景色を目当てに自転車を走らせたり、体を動かすこと以外の要素が多いのが長続きしている秘訣です。

 自転車に乗り始めて1年で10kg痩せて、身軽になりました。お店でテイクアウトしておいしいものを食べちゃってカロリー的にはプラスマイナスゼロな時もありますが(笑)

服装や持ち物もチェック
服装や持ち物もチェック

──すごいですね。輪行するようになったのは、楽しさに目覚めて遠出してみたいと感じたからですか。

 週末になるたび自転車で走って近所を回りきったら「もっと他の場所も見てみたい」と思うようになって、少しずつ距離を伸ばしていきました。当時は上京したて。東京は場所ごとに雰囲気も違って楽しくて、さらに遠くに行きたくて輪行するようになりました。仕事でも長期出張が多かったので、出張先から自転車で色々な場所に行きましたね。大阪出張の合間には神戸三宮からフェリーで四国に行きサイクリングしたこともありました。

「輪行」について詳しく解説
「輪行」について詳しく解説

──寝台列車におりたたみ自転車を持ち込んで、しまなみ海道まで行くエピソードもありますね。フェリー、電車と自由に組み合わせて旅のプランを考えるのもわくわくしそうです。

 自転車は免許もいらないし、服や携行品など目的に合わせて装備すれば、あとは自由。その自由さが自転車の醍醐味ですね。今の社会状況下では輪行は難しいので控えていますが、また行きたいです。自転車なしで旅に出ると、出先で自分の足しか移動手段がないのが落ち着かなくて「もう少し遠くまでサイクリングしたい」と思っちゃうんですよね。

しまなみ海道の来島海峡大橋にて
しまなみ海道の来島海峡大橋にて

──自転車があることで、旅の楽しさが幅広くなりますね。これまで訪れた場所で特に印象深かった場所は?

 どこも良かったから悩みますが、やっぱりしまなみ街道ですね。初めての長旅だったのもあるし、ずっと行ってみたかった場所です。走るほど景色が変わってとにかく気持ちいい! 島と島をつなぐ橋を渡り、島を走って、また別の島へ行くので自転車のスピードでも全く飽きません。異世界にいるような非日常感もたっぷりでした。

──尾道は空き家再生プロジェクトもあり、レトロな街並みと海景色のある素敵な場所ですね。

 尾道に到着する前、大三島で泊まったのも古民家をリノベーションした貸切宿「オオミシマスペース」でした。こういう建築物も大好きで、見るだけじゃなく泊まれるのも私はたまらなくて。旅先で出会う人も親切で、知っている風景や知識が広がっていく。その土地で働く人や暮らしている人の生活を肌で感じられるのも、自転車旅の醍醐味です。

大三島にある宿泊所「オオミシマスペース」
大三島にある宿泊所「オオミシマスペース」

──オオミシマスペースの瓦の描き込み、とんでもなく細かいですね。カーフェリーに乗って尾道に着く見開きページも圧巻。よくぞここまで描いたというか。どのページも高密度です。

 オオミシマスペースの屋根瓦は本当に大変でした(笑)。広島の古民家ならではの瓦の積み方があって、きっちり描きました。他の建築物やモノもこだわって描き込んでいます。苦労はしたけど知識も増えて楽しかったですね。モノも風景も、漠然と見てしまうといざ絵にしようとしたら描けない。「この景色、あとで絵にしたい」と思っていたら、どんどん解像度が上がっていきました。

 仕事で工業デザイナーをしているので、プロダクトを描く時はリアルなかっこいい絵が多いんです。ですので、この作品は建築物も風景も、愛着のわくようなタッチで描きたいな、と思いました。

フェリーに乗って尾道へ向かうシーン
フェリーに乗って尾道へ向かうシーン

──今後、旅行に行けるようになったら、訪れたい場所はありますか?

 いっぱいありますね。ジブリ作品や好きなアニメの舞台になった場所をよくチェックしています。あとは、伊豆大島もいいですね。夜、仕事終わりにフェリーに乗って、日曜の夜に帰ってくる弾丸旅もしたいです。

子どもとのサイクリングは安全面に配慮を

──家族に子どもがいると、ずっと外出を控えていて新たなリフレッシュ方法を模索している人も多いかと思います。子どもがいる家庭でも、自転車で楽しむことはできるでしょうか。

 子どもが自分でおりたたみ自転車を持ち上げるのは難しいので、輪行はできないかもしれませんが、家族みんなで自動車におりたたみ自転車を積んで出かけるのは可能だと思います。到着した先でサイクリングをすればリフレッシュになるのではないでしょうか。

──その際、気をつけるポイントはありますか?

 やはり、安全面に注意して見守らないといけません。車の多い通りや、歩道でサイクリングをするのではなく、大きい公園やサイクリングロードを走るのがオススメです。多少の危なっかしい動き方をしても、周りに人が少なくて距離を取れるような場所がいいですね。サイクリングを通して、自転車に乗れるように練習し、交通ルールやマナーを教えるいい機会にもなるはず。

──星井さんにとって、自転車の魅力は?

 自転車は、みなさんが持っているママチャリでも気軽にスタートできる、人生を豊かにしてくれる趣味です。お弁当を持って、知らない場所へ自転車ででかけたら、それは立派なサイクリング。もっと遠くに行きたくなったら輪行してみるなど、どんどん広げていけるのもいいですね。

近所の公園でお弁当を食べてみよう
近所の公園でお弁当を食べてみよう

 ママチャリは乗りやすさ・頑丈さなど日常向けの道具で、ロードバイクは長距離移動を可能にしてくれます。おりたたみ自転車は、その両方のいいとこ取り。日常で使えて、遠くにも行けます。肌で受ける風、季節の匂いも敏感に感じられる乗り物。誰にも会わずひとりでも楽しめるので、リモートワークで運動不足の人にもぴったりですよ。

取材・文=川俣綾加

【著者プロフィール】
星井 さえこ
おりたたみ自転車旅入門のサイト「#チャリと来た」を運営。社会人になりたての頃に購入したおりたたみ自転車で、自転車を連れた旅の面白さに目覚め、北は岩手、南は熊本まで輪行旅をしている。所有自転車はブリヂストン トランジットコンパクト(2008)、ブロンプトンS6L(2013)。都内メーカー勤務の工業デザイナー。商品企画からプロダクトデザイン、CAD設計まで幅広く携わる。