「自己肯定感をもとう!」もストレス? 『生きやすい』菊池真理子さんに聞く“めんどくさい自分”との付き合い方
公開日:2021/3/4
アルコール依存症の父と宗教を妄信していた母のもとで育った経験をつづったコミックエッセイ『酔うと化け物になる父がつらい』(秋田書店)や、毒親の支配から逃れた人々へのインタビューエッセイ『毒親サバイバル』(KADOKAWA)などで注目を集める菊池真理子さん。最新作『生きやすい』(秋田書店)は、他人から嫌われることをおそれすぎたり、唐突に生き急いで空回りしてしまったり、さまざまなめんどくささをもつ自分との付き合い方を描いたエッセイ。コロナ禍で感じたことも描いた2巻発売を記念して、お話をうかがいました。
第1話「人と会うと疲れる」に寄せられた共感
――今作『生きやすい』で、ご自身の今の日常に焦点をあてて描こうと思われたのはどうしてだったんですか?
菊池真理子さん(以下、菊池) 『酔うと化け物になる父がつらい』のような経験を描いたことで、心配されてしまうことも多いと思うんですけれど、意外と元気だよ、というのを見せたかったんですよね。それは、私のまわりの人に向けて、というよりは、『毒親サバイバル』に登場してくださった皆さんがそうであるように、親から受けた傷は消えないながらも、それぞれのたくましさを身につけて生きている、ということが伝わればなあ、と。
――『生きやすい』1巻の第1話で描かれた「人と会うと疲れる」というエピソードは、毒親育ちかそうでないかに関係なく、共感する人は多いんじゃないかと思いました。
菊池 まあ、元気ではあるけど、日常に困りごとはたくさんあるわけで。私は、人と会うと疲れてしまうことにいちばん困っていたので、まず描いてみた、という感じですね。ひとりがさみしいと思ったことはないし、人と過ごす時間は、相手がどんなに好きな人であろうと気を遣いすぎてしまうんですけど、自分以外の誰かが「人と会ったあとは疲れちゃうんだよね」と言っても責める気持ちは起きないのに、自分がそれを思ってしまうと、なんて薄情なんだと罪悪感がわいてしまう。
――不思議ですよね。理不尽な仕打ちを受けたときも、他人のことなら「そんなのひどい! あなたは悪くない!」って怒れるのに、同じことが自分に起きると「私にも落ち度があったんじゃないか……」と思ってしまったり。
菊池 そう。自分だけには厳しくなってしまう。だから私のエピソードを描くことで、自分のことを責めてしまいがちな方がホッとしてくれたらな、と思ったんです。それは第1話に限ったことではなく、私の失敗談とか落ち込んでる姿を読むことで「私とおんなじだ」「そんなに自分を責めなくてもいいんだ」と思ってくれたら、と。
――実際、読者からの反響はいかがですか。
菊池 「自分のことを描かれているのかと思った」とおっしゃってくださる方は多いですね。1巻だと「二度目ましてが苦手」「素の自分がわからない」「怒りを伝えられない」のあたりがとくに共感が多かったかな……。「自分の取説のように読んでほしい」という感想もあって、うれしかったです。一方で「ここは一緒だけど、ここは全然わからない」という反応ももちろんあるので、個人差が見えるのも楽しい。自分の話をするのが苦手というのはよくわからない、という方もいましたし、2巻の「愛情表現が伝わらない」は現実の人間関係でも紛糾するように、賛否が分かれるところですね。
――メールや電話でなにげない連絡ができないし、既読スルーもしてしまいがち。恋人とも月に1回も会わないこともある、という話ですね。
菊池 既読スルーはさすがに反省して、返すようにしています(笑)。が、彼氏と頻繁に会わなくてもいいというのは、ひとりじゃさびしいし彼氏とは毎日一緒にいたい派の人じゃなくてもわりとぎょっとされる話で。女同士ではとくに理解されにくいから、折に触れ、手を替え品を替え説明しているんですよね。でも、やっぱりなかなか伝わらない。
――ともすると諍いになりかねないですからね。そういう人だ、ってわかっていても「なんで!?」となってしまう。
菊池 そうなんです。タイプの違う人間が存在することはお互い理解しているんですけどね。だから、心底わかってほしいというよりは、連絡がなかったとしても、愛情がないわけでも存在を忘れてるわけでもないんだよってことは言っておきたい。ただ、「いるいる、こっちから連絡しないと絶対連絡してこない人。さみしくなるから超やめてほしい」という意見をいただいたときは、ごめんなさいと謝りました。その方が傷ついていることもまた、事実ですから。
――「一緒にいるのは楽しいけどさ 楽しいってのも通常じゃないストレス状態ってことだから ひとりになってようやくリラックスできる」という菊池さんの言葉はストンと腹に落ちました。それは「人と会うと疲れる」にも繋がってきて、「楽しいのも一種のストレス状態」と思うと、罪悪感を抱きにくくなる気がします。
菊池 同じことでも、自分ひとりで思うより、他人から言ってもらったほうが納得できることってありますよね。
モヤモヤが解決しなくても「だけど生きてる」ことが大事
――他人からの言葉で納得する、という話でいうと、菊池さんはプライベートや仕事で出会った人の意見や知識を吸収しながら、自分の生きやすい方向へ軌道修正しているような印象があります。たとえば2巻で、「素の自分を出せない」の対処法としてすすめられた平野啓一郎さんの「分人」という考え方を学んだり、取材でお会いした方に「人格を3つもっておく」という方法を聞いて少しラクになったり。
菊池 あんまりひとつの思想にかたまりすぎたくない、と常に思っているのは大きいかもしれません。父の依存症と母の宗教の影響で、何かひとつのことを信じきったり頼りきったりしてしまうことへの恐怖を、人より感じやすいんですよ。だから、自分自身に確固たるものがもてなくて、自己肯定感がさがっていく、ということもあるかもしれないんですけれど、そのかわり人の話を聞こうという意識は強いので、それがプラスに働いているならうれしいですね。
――ひとつのものにとらわれたくない、というのは2巻で描かれた「推しがいません」にも通じるところがありますね。私も好きなことをして生きていくのがいちばん幸せ、と思っているので、最近の推すことを尊ぶ風潮はうれしい反面、ひとつのものにそれほどどっぷりはハマれないさみしさもあるので、あのエピソードは読んでいてちょっとホッとしました。
菊池 何かにハマることができるかできないかって、素質なんですよね。私の場合は、ハマりこむのが怖い、という意識が強いせいもありますけれど、推しがいないとつまらない、みたいに思われてしまうのもちょっといやだなあ、と思って。
――「ひとりでいて何が楽しいの?」とか「結婚しないなんてさみしくない?」と言ってしまうことと、ちょっと似たものを感じてしまいますね。
菊池 そうなんですよね。何を最優先とするかがタイプによって異なるだけで、根本的なところは同じな気がします。ただまあ、ハマれると楽しそうだな、とは思いますし、押しつけないでと思いながらも、自分の意見をしっかりもった人に惹かれてしまう面もある。『酔うと化け物になる父がつらい』にも描いた、昔のひどい彼氏はまさにそういうタイプで、だからこそお付き合いが続いてしまった。よしあしですよねえ。他人が怒られているのを見るだけで落ち込んでしまうし、なるべくマイナス感情を発したくないと思いながらも、母がもしきちんと怒りを表せる人だったら、何か変わっていたかもしれないという想いもあるので、怒れる人にはやっぱり憧れてしまうし。
――でも、作中にもありましたが、なかなか理不尽に対してその場で怒ることはできませんよね。
菊池 あらためてこの2冊を読み返してみると、悩んだり、もっとこうなれたらって思っていることが、いまだに何ひとつできるようになっていないんですよ(笑)。ちゃんと怒ることもできないし。でも、世の中にはアンガーマネジメントを実践して怒らないように努力している人もいるわけで。けっきょくは、怒れるか怒れないかではなくて、自分の怒りを上手に相手に伝えられるようになることが、めざすところなのかなあと思います。
――確かに……。ただ、冷静に伝えられたとして、相手が理解してくれるかどうかは別問題、という難しさがありますよね。
菊池 伝わらないことのほうが多いでしょうしね。私はそういうモヤモヤを、わりとそのまま置いておくようにしていて。時間をおいてマンガに描くことで多少、モヤモヤに形がついて消化することができているので得をしているなあと思います。そういう場がなかなかない人は、ネット上で表現したりすることで発散していると思うんですけれど、あまりに喧嘩腰になってしまうと、そこでよくわからない争いに巻き込まれたりするから、大変ですよね。なにごとも、すっきり解決することってなかなかないから、しんどくなってしまう。
――そういうときに、この作品が心を軽くしてくれるような気がします。先ほどもお話にあった「他人の言葉なら納得しやすい」ということがたくさん描かれていますし、視点をほんの少しずらしてくれるところもある。試行錯誤しながら、「だけど生きてる」っていう菊池さんの姿勢に、励まされもします。
菊池 最近は、解決をめざさなくてもいいのかなとも思いはじめています。おっしゃるとおり「だけど生きてる」ってことのほうが、解決よりも大事かもしれないという気がしているので。モヤモヤするし、不安もたくさんあるけど、深刻になりすぎない、というところをこのマンガでは描いていけたらな、と。本当は生きにくいのに、タイトルを『生きやすい』にしたのも、ちょっとでも軽く見せよう、っていう魂胆(笑)。ついつい自分のことも含めて「生きづらい系の人」みたいな言い方をしてしまうけれど、言霊みたいに、口にすることで自分を追い込んでしまうこともあるかもしれないなあと思うんです。実際、生きやすい人のほうが少ない気がしますし、みんなが、自分自身のラクな方向へ向かって行けたらなあと。
頑張って自分を好きにならなくてもいい?
――1巻と2巻で、ご自身の意識が変わったところはありますか?
菊池 なんでもかんでも自分の責任にするのはやめよう、という思いは強くなってきていますね。「自己肯定感」という言葉も、よく使われるから気軽に口にしていたけれど、一度、自分で吟味してみようかなと。なので、自己肯定感についての描き方は、1巻と2巻で変わっているような気がします。
――たとえばどんなところでしょうか?
菊池 すごく些細なところだと思うんですけど……。そもそも、自分を大好きな人ってそんなにいるのかなあ? と思うんですよね。たとえば作品にも描いているように、簡単に嘘をついてしまうような自分がきらい。だけどそれを読んだ方々は「私も嘘をつくことはあるよ」とか「自分と同じだ」って言ってくださるわけです。だとしたら、皆さんもそんな簡単に自分のことを好きにはなれないんじゃない?って。
――自分のいやなところは、自分がいちばんよく知っていますもんね。
菊池 そう。偽善者っぽい自分や、なんにもうまくやれない自分。全部、知り尽くしている。それでも好きだと言えるのは、本当に悪いところがひとつもないのか、そういうところは大目に見て好きになっているのか……。それはそれで素敵なことだと思うんですけど、あんまり「自分を好きになろう」「自己肯定感を高めよう」って言いすぎるのもどうなのかなあ、と。
――なかなか自分ひとりでそれを成すのは大変ですよね。誰かに喜んでもらったり、好きだと言ってもらえて初めて、ようやく自分を許せることのほうが多いです。
菊池 そうなんです。私もけっきょく、ひとりが好きだとは言いながら、まわりに人がいないと自己肯定感なんてあげられない。そもそも「自分」というのも、人によってつくられている部分も大きいと思うので、きっとまわりとの関係のなかであがっていくものなのだろうし、自分ひとりの責任と思いすぎないほうがいい、というふうに認識が変わっていきました。だから、マンガの登場人物は基本私ひとりですけれど、人とのつながりの中で少しずつラクになっていっているよ、という描き方をするようにしています。直接の知り合いでなくても、通りがかりのおばさんがしゃべっていたこととか、本を読んで知ったこととかで救われていくこともある、というふうに。
――自分のことを頑張って好きにならなきゃ生きていけない、っていう社会もつらいですしね。
菊池 めちゃくちゃつらいです。自分のことは好きになれないけど、他人が自分を好きになってくれたから頑張れる、っていうほうがいいですよね。だからまずは、私も他人を好きになりたい。他人を好きになれる人だらけになったら、きっとみんな、もっと生きやすくなるんじゃないのかな。
ひとりの時間をもつことと、孤独であることはちがう
――2巻ではコロナ禍のエピソードも描かれていますが、人と接触する機会が減り、あらためて「ひとり」になったことで感じたことはありますか。
菊池 マンガにも描きましたが、私はわりと人と会えなくなってもけっこう平気で、共感してくださった方がいたことにホッとしたんですが、一方で、久しぶりに友達に会うと、すごく楽しかったしうれしかったんですよね。私は好きでひとりでいることを選択しているけれど、だからといって孤独なわけじゃないというのは実感しました。私にとって大事なのは、ひとりになれる空間であって、孤立することじゃない。だからこそ今、コロナ禍でより社会から孤絶してしまっている人たちが、追い詰められない社会であってほしいな、と思います。
――混同されがちですが、ひとり=孤独ではないですもんね。
菊池 孤独が好きな人は、そうはいないんじゃないかと思います。今、ソロキャンプをはじめ、おひとり様活動が流行ってるじゃないですか。ソロの楽しみがクローズアップされればされるほど、本当に孤独な人たちから目がそれてしまうんじゃないか、という懸念もあります。本当は助けを求めたいのに、自分はソロ活動を楽しんでいる状態なんだ、と強がっている人もいるかもしれないし……。レジャーとしてのソロを楽しむのは大事だけれど、人と人がちゃんと繋がれる社会にしていかなきゃいけないんじゃないかな、というのは最近、思います。感想の声には、自分には本当に友達がいない、という方もいて、それはちょっと気になっているんですよね。
――今後は、どのようなことを描いていきたいですか?
菊池 どうでしょうか。今はうまく描けなくなってる状態なんです。悩んでる状態がノーマルになってしまい、悩みを悩みとして認識できていないのかもしれない。だから、人と会って「あ、これで悩んでるって言ってもいいんだ」って気づくスタイルで描くのもありかもしれませんね。ただ、どんなものを描くにせよ、読んでくださった方がほんの少しでも、生きやすい方向に舵を切れるきっかけになれたらなあ、と思います。
取材・文=立花もも
プロフィール
菊池真理子(きくちまりこ) 埼玉県出身。『酔うと化け物になる父がつらい』(秋田書店)が多くのメディアに取り上げられ話題に。著書に『毒親サバイバル』(KADOKAWA)、『生きやすい』(秋田書店)など。
Twitter:@marikosano_o