ストレスフルな日常の今だからこそ読みたい! 凝り固まった心身をほぐす、ちょっと不思議な物語集

文芸・カルチャー

公開日:2021/2/27

コロナと潜水服
『コロナと潜水服』(奥田英朗/光文社)

 緊急事態宣言の期間延長など、新型コロナウイルスの発生から1年以上経った今でも、窮屈な生活を強いられている私たち。奥田英朗の最新短編集『コロナと潜水服』(光文社)には、コロナ疲れで凝り固まった心身をゆっくりとほぐしてくれるような物語がそろっている。

 表題作の「コロナと潜水服」は、新型コロナウイルスの脅威にさらされる2020年の日本が舞台。とは言っても、決していたずらに恐怖を煽るような作品ではない。

 主人公の会社員・康彦がテレワークに勤しんでいると、5歳の息子・海彦が突然「バアバ、今日はお出かけしちゃダメ!」と叫び、祖母の外出を必死に止めようとする。孫の必死な形相に、祖母はその日行くはずだったコーラスサークルに行くのをやめる。すると後日、そのコーラスサークルからクラスターが発生したことが判明。

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 それ以降、海彦が何かに取り憑かれたように「ダメ!」と騒ぐと、新型コロナのクラスターや陽性者が判明するようになる。「我が息子には、新型コロナウイルスを感知する能力があるのではないか」と真剣に考える康彦。

 ある日、康彦は上司の指示で外出を余儀なくされる。用事を済ませ家に帰ると、海彦が2メートルほど離れた場所から「パパ、出かけちゃダメ!」と叫んだ。それを見て自身がいよいよコロナに感染したと確信した康彦は、妻に防護服を買ってくるよう依頼する。ところが防護服はどこも売り切れで、代わりに妻が買ってきたのは旧式の潜水服だった。

 かくして康彦は、テレワークで同僚とテレビ会議する時も、急な用事で外出する時も、ゴム引きの帆布のつなぎに、丸いガラス窓がある球形のヘルメットという宇宙服のような潜水服を着用することになる。

 康彦自身は、周囲にコロナをうつすまいと至極真剣なのだが、潜水服のまま公園に行って警官に職務質問されたり、写真を撮られてSNSにアップされたりする様子はどこか滑稽だ。

 また、緊急事態宣言下の街の様子や、テレビ会議中にうっかり家族の様子が映り込む様子など、コロナ禍あるあるが随所に盛り込まれ、“コロナのおかげで、今の日本人はいろんな発見をしつつある”という一節には思わずうなずいてしまう。

 果たして海彦の能力は本物なのか、康彦は本当にコロナに罹ってしまったのか。先の見えない今、それでも未来へ一歩足を踏み出したくなる、そんなポジティブさをくれる作品だ。

 他の短編でも、主人公たちはストレスフルな日常をほんの少し飛び越えて、ファンタジーの世界に迷い込む。

 妻の不貞がきっかけで家を離れ、海の見える一軒家に移り住むことになった小説家が、不思議な体験を通して家族との距離を見つめ直す「海の家」。会社の早期退職勧告に応じなかったため“追い出し部屋”に追いやられた5人の男性が、正体不明の人物との交流により自分らしさを取り戻していく「ファイトクラブ」。欲しかった古いイタリア車を手に入れた主人公が、新潟で不思議な旅に身を委ねる「パンダに乗って」。

 人気プロ野球選手との交際に不安を覚える女性フリーアナウンサーが、占い師のもとへ恋愛相談に訪れる「占い師」は、他と比べると少々不穏な空気が漂う。しかし、この短編も、不安に苛まれる日常の中で、ふと立ち止まってみることの大切さを教えてくれるのだ。

文=林亮子