いつ大災害が起きるかもしれない国で考えておきたい感染症のこと……阪神淡路大震災でも被災者の命を奪った脅威
公開日:2021/2/27
2月2日、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、政府から10都府県への緊急事態宣言の延長が発表された。さらに17日からワクチンの先行接種が始まり、これが一種の光明となれば……と日本中が見守っている状況だ。しかし今、さらなる試練が私たちを待ち受けているかもしれない。そう警告し、その対策を提唱しているのが、この『感染列島強靭化論: パンデミック下での大災害に備える公衆衛生戦略』(藤井 聡、高野裕久/晶文社)である。
阪神淡路大震災で多くの命を奪った感染症
以前より、日本の多くの地域に被害をもたらすとされている南海トラフ地震や、日本の中枢機能を麻痺させうる首都直下型地震の発生確率は、「30年以内に70%程度」と見込まれている。しかも同時か連動する可能性を指摘している専門家もおり、それは新型コロナウイルス感染症が終息する前に起こるかもしれないのだ。
そしてその規模の災害ともなると、排水システムが破壊されることは確実で、被災地はもちろん避難所の衛生環境は著しく劣化し、被災者の健康問題に直結する。なにしろ被災者が多くなることを考えれば、感染予防の一つである三密を避けることさえ難しい。
実際、阪神淡路大震災では直接的な被災者を別にした「関連死」によって921人が亡くなったと報告されているが、そのうちの約4割がインフルエンザによって亡くなった可能性があるという。
全国から激減していた保健所
本書が執筆された令和2年9月の時点での新型コロナウイルスによる死者は1000人強であるのに対して、インフルエンザでは毎年1万人、多い年では3万~4万人が亡くなっているそうだから、医療体制などを考えると一概には言えないものの、インフルエンザの方が恐ろしい、という話が出るのも無理もないのかもしれない。しかし今回の新型コロナウイルスの厄介な点は、無症状者からの感染、そして「重症化しやすい特定の集団が存在する」ことだ。
これまで、感染症の予防及び患者に関係する法律は致死性の高いものを想定し策定していたため、無症状の患者を隔離するべきかといった判断がしづらかった。また、所管する保健所の日常業務は非常に広範にわたっており、感染症に専念できる体制ではないうえ、平成9年と較べると平成30年には、その数が3分の2程にまで減っているという。
切り札はワクチンの予防接種
保健所が減ることになったのは、やはり予算削減によるものだろう。今回の新型コロナウイルスに対応した病院においては、診断が確定した場合には一般診療の数倍の報酬が設定されているのに対し、「疑診例」すなわち疑いのみで確定できない患者の処置をしても「一般の診療と同じ」報酬しか受けることができない(感染防止策を講じたうえで外来診療を提供する際には「院内トリアージ実施料」(3割負担で900円相当)の算定は可能)。
短期的に医療崩壊を防げたとしても、病院の統廃合が進むと地域の医療体制は、大災害が起これば一気に壊滅してしまいかねない。そんな危うい未来の予想の中で期待されるのは、ワクチンによる「集団免疫」の獲得だ。「ある一定の割合以上の人に免疫があり、感染しないという状況」になれば、感染が蔓延することも無くなる。
マスコミに踊らされないことこそ強靭化の要諦
そして本書では、「コロナ・ヒステリーがコロナ禍を導いた本質的原因」と指摘している。マスコミの姿勢に対して、事実の正確性よりも商業主義によるものと辛辣で、しかし同時にセンセーショナルな報道に惹かれる私たちのメディアリテラシーの低さが招いたことでもあり、反省しなければならない。
年間1万人が羅漢して約2000人を超える患者が亡くなっている子宮頸がんのHPVワクチンの予防接種が、マスコミのミスリードにより激減してしまったことは記憶に新しい。それこそ、誤情報が避難所で広まろうものなら感染症と同じく、被害をもたらすものとなろう。
これまでの地震や台風などでも、被災地の復旧作業における感染症対策というのは課題の一つだったにもかかわらず、直接的な被害への対応を優先し後回しにされてきたという。そして昨年の大雨時には感染を恐れるよりも避難を優先するようにと専門家から警告が出される事態となったものの、有効な対策を取りきれなかったのが実情だ。公的なバックアップの必要はもちろんありつつ、地震などの災害は今日明日起こるかもしれない脅威として存在している。何もかもを政府に任せるのではなく、私たち自身もまた本書に学んでやるべきことがあるはずである。
文=清水銀嶺