働くのがつらい=生きているのがつらい。注目の作家・寺地はるな最新作『ほたるいしマジカルランド』が読者の心を照らす!
更新日:2021/3/4
寺地はるなさんの小説にはいつも、名もなき人たちの、かわりのきかない、たった一つの人生が描かれている。映画やドラマになるようなドラマティックさはなかったとしても、その人の人生においては何より切実な感情が綴られていて、その積み重ねによって、唯一無二の光がもたらされる。ああ、生きるってこういうことだ、と思う。自分のかわりなんていくらでもいるけど、自分は一人しかいないし、誰にもとってかわることなんてできないのだ、と。
最新作『ほたるいしマジカルランド』(ポプラ社)の舞台は、大阪北部に位置する蛍石市にある「ほたるいしマジカルランド」。観覧車は「サファイアドリーム」、謎解きアトラクションは「オパールのマジカル鉱山」。市の名前にちなんでアトラクションにはすべて宝石にまつわる名前がつけられているが、実際はおそらく、家に鉱物コレクションをもつ社長の趣味。パートタイマーから社長にのぼりつめ、みずから出演したCMの影響でマジカルおばさんと呼ばれる彼女は、マジカルランド再生の立役者として知られる名物社長。その設定だけでわくわくするし、微細な描写に憧憬を呼び覚まされて、遊園地に行きたくなってしまう。
のだが、本作で描かれるのは、その“わくわく”の裏側。社長のもとに突然届いた「働くのがつらいです」という匿名のメール。が、運悪く社長は入院目前。そこで、不在の1週間にある人物を送り込み、従業員の様子を探らせるのだ。
演劇の夢にやぶれ、ぼんやりとバイトから正社員に昇格し、働き続ける萩原紗英。メリーゴーラウンドへの並々ならぬ愛情をもってバイトを始めたのに、担当させてもらえず、正社員にも声がかからず、ふてくされている村瀬草。あることが原因で離婚され、息子にも会うことができず、贖罪のように一切の手を抜かない仕事ぶりを見せる、清掃員の篠塚八重子。退職日を前に、出ていって何年も顔を合わせていない娘を思いながら、人生をふりかえる植物管理の山田勝頼。働く必要のないくらい資産はあるけど、満たされない心をもてあましている、メリーゴーラウンド担当の三沢星哉。そして、みんなから頼りにされているのに、ある人への劣等感をぬぐえず葛藤している社長の息子・国村佐門。
みんなそれぞれ事情やコンプレックスを抱え、自分になんの価値があるのか、どう生きていくべきなのか悩んでいる。だが、どんなにつらくても生きるために人は働かなくてはならない。そのとき、ふてくされてなあなあでこなすか、それでも誇れる自分であるために些細なことにも心をくだくか……仕事にどう向き合うかにはたぶん、その人の生き様が表れる。働くことは、生きること。つまり働くのがつらいというのは、生きているのがつらいということ。だからこそ社長は、たった一通のメールに心を悩ませ、従業員たちが心地よく働ける環境をめざすのだ。
そんなマジカルランドで、従業員たちは少しずつ成長し、お客さんを笑顔にする仕事のなかに、自分自身が笑顔になれる希望を見出していく。その希望はきっと、読者の心も照らし、笑顔にしてくれるにちがいない。
文=立花もも