テンション・ロジック・フィジカルを総動員して形作る、愛すべき蜘蛛子の実像――『蜘蛛ですが、なにか?』悠木碧インタビュー

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更新日:2021/4/2

蜘蛛ですが、なにか?
TVアニメ『蜘蛛ですが、なにか?』 TOKYO MXほかにて、毎週金曜22:00~放送中 (C)馬場翁・輝竜司/KADOKAWA/蜘蛛ですが、なにか?製作委員会

 ある日教室で授業を受けていて、気がついたらファンタジー世界で蜘蛛の魔物に転生してました――『蜘蛛ですが、なにか?』の物語は、そんなシーンから幕を開ける。―ここから先、いわゆる「異世界転生もの」とは一線を画する展開を見せる。生き物の中でも、あまり愛らしいとは言えない“蜘蛛”になってしまった蜘蛛子こと「私」は、“種族底辺”の存在ながらも蜘蛛の特性と、人間の知恵と、超絶ポジティブなメンタルを武器に、なんとかサバイブし、進化を遂げていく。前向きでタフな蜘蛛子の姿は頼もしく、思わず応援してしまう。とにかく愛すべきキャラクターである。TVアニメ『蜘蛛ですが、なにか?』の前半、ひたすらひとりでしゃべり続けながら、作品を牽引する蜘蛛子こと「私」役・悠木碧は、本作にどのように臨んでいるのか。大胆さと緻密さをあわせもつ演技の背景を聞いてみた。

蜘蛛ですが、なにか?

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蜘蛛子は最強のメンタルによって支えられているから、演じていて元気になる

――これまでたくさんのキャラクターを演じてこられたわけですが、本作ほど長い期間、ひとりでしゃべり続ける話数が続くのは、なかなかない体験だったんじゃないかな、と思います。蜘蛛子役を務めることになって、まずはどう感じましたか?

悠木:オーディションの段階から、「異世界転生した主人公はモノローグが長い」とは覚悟していたんですけど、正直「まさかここまでとは」と思いました。わたし自身が面白くしないと、他の役者さんに助けてもらえる環境ではないので、かなり緊張しましたね。最初は、蜘蛛子って自分のことをちょっと俯瞰で見ているキャラなのかな、と思っていたんですけど、いざアフレコに行ったらそうではなくて。「嬉し~い、しんど~い、まあいっかあ」が続く、スイッチングのスピードが面白さです、と言われたので、「これは、す~ごいサムくてスベり倒しても大丈夫ってことですか?」って訊いたら「いいです」と(笑)。スベり倒しても構わないということだったので、とにかくかわいく、テンポよく、面白くしたいと思いました。それと、アクションだけはカッコよく、と言われて、納得しました。指針が決まれば目指すところは明確で、自分との対話になるので、自分をいじめ抜いていくというか、ある種スポーツのような感覚になってきて。最初は、シンプルに分量がキツかったりもしたけど、目指すところがわかってからは、とても楽しめるようになりました。

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――手応えを感じたり、「蜘蛛子はこういう感じか」と実感したシーンやセリフはあるんですか?

悠木:具体的なシーンはないんですけど、5話、6話あたりから、無理しなくても絵とシンクロできるようになれたと思います。己とのレシーブがうまくいくようになった、と言うんですかね。蜘蛛子のリズムがわかるというか、「この子だったらこうするよね」みたいな感覚が、わかるようになってきました。そこからは、ひたすらに走るのが楽しいですね。蜘蛛子の場合、感情や考えていることが全部セリフになっているから、割と早い段階で蜘蛛子を理解することができました。登場人物の掛け合いが多い作品だと、みんなでセリフを割っている分、何ワードかしかないところから、「この人がどんな人か?」を分析していくので、しっくりくるまで結構時間がかかることもあります。蜘蛛子の場合は、通常の2倍しゃべった分、2倍早く気づけたような感じです。

――ひとつの答えとしては、どういう子であると考えたんですか。

悠木:「とにかくポジティブです」って言われていたんですけど、これはストレートにとにかくポジティブっていう意味だったんだな、と。「何かの理由があるからポジティブに生きている」「こういう見方をしているからポジティブになれます」ではないんです。根底が、ポジティブから始まっている。そもそも、明るく考えるようにしかできていないんですね。もちろん揺らいじゃうこともたまにはあるんですけど、最強のメンタルによって支えられているから、演じていて元気になります。これが重要だと思っていて、アドレナリン超絶マックスでやっているから、収録が終わると「ドッ」ときて、全力疾走したような疲労感もあるんですけど、心はすごく前向きになるんです。放送が始まってからはいろんな人が喜んでくれて、原作のファンの方たちにも「悠木さんだったら絶対面白くしてくれると思ってました」と言っていただけたりしたので、自分の解釈が合っていたのだと安心しました。もし、わたしの解釈が間違っていたら、ずーっと解釈が間違ってるアニメになってしまうので、内心不安だったんですけど(笑)。とても好意的に受け止めてくれる方が多くて、「よかったぁ」と思っています。

――観ている側も、蜘蛛子と伴走する感じがあると思います。やり切った心地よい疲れを、視聴者側も一緒に体験できるというか。

悠木:嬉しいです。そうなんですよね、蜘蛛子が視聴者に代わって感情を発散してくれる感じというか、彼女がカッコよくアクションをして、「しんどい、もうイヤだ~、無理~。ま、いっかあ、めちゃおいし~い、クッソまず~い」と感情をバーン!って全部出してくれているため、自分も感情を露わにしているかのような仕上がりに作品自体がなっていて。観るだけでアドレナリン出てくる感じがいいですよね。そこが『蜘蛛ですが、なにか?』の強みだと思います。何より、わたし自身がとても楽しみながら演じているので、その楽しさに乗っかってくれる方がたくさんいたらいいなあ、と思います。

――さきほど「最強のメンタル」という言葉が出ましたが、蜘蛛子は「弱者であるのにポジティブなメンタリティを持っている」というところが、とても共感しやすいですね。

悠木:ほんとにそうですよね。逆に言うと、これって、「最も強いものは強靭な心である」という描き方じゃないですか。前向きに考えて、常に諦めない、そこがこの子の強いところであり、生物の一番強いところであるっていう。前向きに考えて、常に諦めない、そこが蜘蛛子の強いところであり、「最も強いものは強靭な心である」という描き方なんだなと。蜘蛛子が蜘蛛として強く生きられる理由が、ただ前向きであること、それはカッコいいと思いました。

――ところどころ転生前の描写が出てくるけれど、転生前はポジティブなメンタルの持ち主ではありつつ、それを周囲に向かって発露している人ではなかったわけですよね。むしろ引きこもりがちであった、と。でも、そうであったことすらもポジティブにとらえられるんだ、ということを、蜘蛛になることで知ったところが面白さになってる気がします。

悠木:ポジティブなメンタルは発露させていなかったけど、本人はそれを強みとして持ってた、という。もしかしたら、わたしたちのまわりにもそういう人はいるかもなって思ったりしますね。わたしたちが知らないだけで、発露していないポジティブ最強メンタルの子がいるのかもしれないと思うし、「蜘蛛になって幸せ」と言っていいのかはわからないけど、逆に言うと、何であってもそういう人は幸せなのかもしれない。これはもう、哲学だなって思いました。姿は関係ないし能力も関係ない、己のメンタルが最も重要であるっていう話で――哲学ですよね。

――とても深いですね(笑)。

悠木:深いですよ、蜘蛛子ちゃんは(笑)。それと、この作品のカッコいいところが、決して深いことを言おうとしていない空気を出しているところなんです。すごくポジティブなエンタメでありながら、ふとしたところでいいことを言われるから、うっかり油断してると心に刺さるし、けっこう深く来るんですよね。蜘蛛子はずーっと命の危険に晒されてはいるけど、ひたすら自分との戦いを繰り広げていくから、どんどんポジティブになるしどんどん強くなる。その姿を見ていると、彼女が転生した意味を考えさせられます。

――もともと自問自答が向いている人だからこそ、ポジティブにもなれるし、蜘蛛になってもタフに生き残れるところもあるんでしょうね。

悠木:自問自答が上手で、自問自答した結果、自分を追い詰めちゃうタイプの人ももちろんいると思うんです。でも蜘蛛子の場合、考え込まずに「しまった~、下手こいたあ。次どうしよっかな?」って切り替わるところが、強いところで――自己完結なんですよね。蜘蛛子の生き方ってある種の答えなのかもしれないって思ったりします。原作の馬場翁先生とお話をさせていただいたときに、「蜘蛛子ちゃんの思考って、先生の中から来ているものなんですか」と聞いたら、「僕自身はそういうつもりはないけど、まんまだねってよく言われます」と話されていて。だから蜘蛛子ちゃんの考え方は、もしかしたら先生が生きてきた中で積み重ねてきた何かなのかも、なんて思います。

蜘蛛ですが、なにか?

蜘蛛ですが、なにか?

蜘蛛ですが、なにか?

“12話あるアバン”…「そこまで頑張るからね、お姉ちゃん」という気持ちです(笑)

――冒頭にセリフの物量の話がありましたね。収録に入る前から、物量が膨大であることは分かっていた中で、どんな準備をして、何に注意しながら収録をしたのでしょうか。

悠木:「目が滑らないように」ということは意識しました。本など文章を読んでいるとき、字を読んでいても内容が頭に入ってこない「目が滑る」という現象が起きることがありますよね。アフレコでは、頭で理解するよりも先に口が回っちゃったり、その逆で頭は理解しているのに口が回っていない、みたいなこともあったりします。だから、ひたすら区切りを入れて、どこまで読んでどこを立てて、という感じでやっていきました。一番見せたいところ、聞かせたいところと、「説明的に聞いておいてくれないと話がわからなくなるところ」にマークをして、あとはリズムだと割り切りました。今回聞いてほしいところは、この3つです!みたいな感じです。1話で言うと、「蜘蛛になっちゃいました」「最弱です」「鑑定の能力はこんな感じです」「で、次回どうなっちゃうの?」だけがわかればいい。、全部を立てようとすると、何がなんだかわからなくなるので、あとは音で楽しんでね!みたいなコーナーだと考えました(笑)。セリフ量が多い分、「意味がなくていい場所」を作ってあげないと、観てくださる方の頭もパンクしちゃうんじゃないか、と思ったので。

――そういうアプローチは、けっこう珍しいのではないでしょうか。どんなキャラクターでも、すごくロジカルに役を組み立てている印象がありますけど。

悠木:わたしはわりと普段から、入魂すべきセリフとそうじゃないセリフは分けたりしますね。「ここだけは立たせたい」と考えることはよくあります。長いセリフはそうやって作ったほうが映えたり、言いたいことが伝わったりもしますから。冒頭から込め過ぎちゃうと、お客さんが構えて聞いてしまって、途中に遊びを入れられなかったりもしますし。蜘蛛子の場合は特に区切りをハッキリさせ、重要ではないパートでは「何言ってるかわかんないけどウケる」って思ってもらえたら正解だなって思っています(笑)。

――(笑)結果そう聞こえるように、組み立てていく、と。

悠木:そうです。もちろん一生懸命観てくれる人に伝わってほしいけど、すごく気構えて観ていなくても楽しい作品にしたいんです。この作品は、どっちにもなれるので、気構えなくても楽しめるパートとして作っている部分と、「一生懸命観てね」って作っているパートがあるのかな、と思います。ただ、わたし自身は『蜘蛛ですが、なにか?』を客観的には観られないので、個人的には「悠木碧がずーっとうるさい」って思いながら観てます(笑)。

――(笑)観ていると、テンションだけで押し切れるキャラクターでも作品でもないことはわかりますし、一方で繊細にしすぎてもちょっと違う感じがするんですけど、緻密な部分を持っていないといけないんだろうな、と想像してました。

悠木:そうなんです。この作品の前半は、ストーリーの根幹に関わる部分を説明している、いわばアバンパートなんです。そう考えると、もしここで離れてしまうお客さんがいたらもったいないと思うし、かといって絶対的にネタバレをしてはいけないポジションだから、上手に、さじ加減を間違えずに行けたらいいなあ、とは思います。なかなか難しいですけど、とにかく怯んだら終わりなので、楽しまなきゃなって。蜘蛛子が楽しんでるからわたしも楽しもう、という前向きな気持ちで取り組んでますね。

――過去に他作品のお話を伺ったときに、「演じるキャラクターに問いかけてみる」とお話されていました。蜘蛛子の場合は、彼女自身が自問自答してるわけですけど、悠木さんと蜘蛛子が対話する局面はあったのでしょうか。

悠木:そういえば、訊いたことがなかったですね。蜘蛛子って、誰かに対して言ってるセリフがほとんどないんですね。しかも、思ってることは全部書いてあるから、基本訊かなくていいんです(笑)。こんなに誰かに自分の全部が見えちゃってるのはちょっと恥ずかしいなって思うくらい、ダダ漏れじゃないですか。読めばわかるし、深読まなくてもいいと思ってますね。それに、問いかけたとして、基本は明るく、正直な言葉が返ってくると思うから、書いてある通りのことをやればいいのかな、と思います。

――なるほど。で、前半はアバンパートだとおっしゃってましたけど――。

悠木:12話あるアバン(笑)。

――(笑)アバンというには中身が濃くて、だいぶ詰まったアバンですね。

悠木:楽しいアバンです。

――その大半をひとりで背負っていくというのは、本当に責任重大なわけですけども。

悠木:今回、アフレコ現場に後輩の役者さんたちが多いので、後輩たちの見せ場である人間パートまでしっかり繋げてやりたいな、みたいな気持ちがあります。「この子たちの面白いところまで見せてあげたい!」「そこまで頑張るからね、お姉ちゃん」という気持ちです(笑)。責任感というか、家族感覚というか、そういう気持ちでやってます。やっぱり、だんだん現場にも後輩が増えてきて――昔は、先輩ばっかりの中で「どうしよう? ミスれない」と緊張のほうが大きかったのですが、逆に今は「後輩たちの見せ場のために、先輩として一肌脱がなきゃいけない」と力が湧くようで。、後輩がいると頑張れますね。人のためのほうが頑張れるなって思いました(笑)。やっぱり、カッコいいところを見せたいじゃないですか。後輩たちもいい子ばかりで、「カッコよかったです!」と褒めてくれるし、やりがいがあります。上の世代を見ればたくさん先輩はいるけど、後輩たちも、すごく力をつけた子たちがいっぱい出てきています。でも、後輩にはカッコいいと思ってほしいですし。

――すごい才能を持った人たちが後ろから出てくることについて、危機感もあったりするんですか?

悠木:危機感もあります。でも、ちょっとそこは某少年誌的な感覚で、「おめえ、おもしれえなあ!」「オラ、ワクワクすっぞ!」と、強者と戦える嬉しさに近いです。「一発やり合おうぜ」みたいな気持ちになっちゃうところはあって、変な話ボコボコに負けたりもします。「今日は負けたわ」というときもありますし、逆に「まだまだじゃのう、おぬし」っていうときもあります(笑)。そういうことも含めて、楽しいですね。見たことがない技を使ってくる後輩が見られるのは面白いし、先輩たちの王道の必殺技もすごい。純粋に、すごい才能を持った人たちと一緒に仕事が出来ることが楽しいなと感じています。

――『蜘蛛ですが、なにか?』を走り切ったときに、ご自身のどんな部分がパワーアップしてると思いますか?

悠木:やっぱり、足し引きのバランスはうまくなれるんじゃないかな、と思います。長回しのセリフの中で、立てる場所引く場所のリズムの取り方は、うまくなってないとおかしいぞ――「うまくなろうね」って自分で思ってます(笑)。『音で聴いて楽しいリズムのお芝居をちゃんとしましょう』。これは、自分の中のタスクとして持っている部分でもありますね。ずっと声優の仕事は「音じゃない」と教わってきたし、「心で訴えなきゃ」とも思っていたんですけど、やっぱりアニメは観ていて楽しくないといけないから、音も楽しくないといけない。蜘蛛子を演じる上では、そこを一番意識しています。心も込めるけど、それを引き立たせるための楽しさもちゃんと盛り込んでいく。蜘蛛子を演じ終わった後、それがうまくなっていたら理想的だなって思います。

TVアニメ『蜘蛛ですが、なにか?』公式サイト

取材・文=清水大輔