自粛の中で/和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。⑤

小説・エッセイ

公開日:2021/3/18

人気お笑いコンビ・和牛の初エッセイ『和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。』。日常のひとコマから子どもの頃の思い出、劇場のことなど和牛節が全開! 本書から人気のエッセイを全6回でお届けします!

和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。
和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。』(和牛 水田信二、川西賢志郎/KADOKAWA)

自粛の中で 水田信二

 どうしても外出しないといけない時以外、ずっと自宅にいます。コンビニにもスーパーにも行ってません。タクシーに乗る時はマスクはもちろん使い捨てのナイロン手袋をしています。外食もしてません。そして“オンライン飲み”というものが流行りだしました。科学技術の進歩に感謝です。

 後輩2人と初めてやってみました。本来なら花見にでも行きたくなる時期ですが、場所は各々の自宅で各々が自分の好きな酒と肴を用意する、もちろん吉本興業ですから後日先輩がお金を払うオンライン奢りです。始まりは21時半。久しぶりに芸人と、いや人と喋るので僕も後輩達も嬉々としています。どのくらい仕事が減ったか、バイトに行くべきか休むべきか、会えなくなった女の子のこと、今買うべき漫画、髭を剃る頻度、ダラダラと楽しい時間は過ぎていきます。

 しかしこの飲み会が始まる前から僕は23時半で終わらせることを決めていました。なぜならその日は4月14日、僕の誕生日の前日、0時を迎えると僕の誕生日になってしまうのです。しかも40歳という節目、後輩が知ってしまうと祝わざるを得ない状況です。

 よく芸能界にあると聞く〇〇軍団的なものを絶対に作りたくない、作る人間に値しないと自覚している僕にとって誕生日を後輩に祝わせるなんて。朝の時点ではなにも予定のなかった平日の夜に、まさかそんなことになるなんて思ってもみなかった30代独身キャリアウーマンが4軍の上下違いの下着姿をパークハイアットのスイートルームで高橋一生さんに見られた時くらい恥ずかしいことです。どうなんでしょう。明日僕がホームランを打ったら手術を受けてくれるね?と言いに行ったら、少年はアイスホッケーが大好きで前の週には一番好きなアイスホッケー選手が励ましに来てくれてたようで少年からはキョトンとした顔をされ、しかも手術は前日に成功していて、明日の試合おじさんも頑張ってくださいと気を遣われ、生中継されていた翌日の試合はスタメンから外されてる時くらい恥ずかしいことです。どうですかね。憧れの料理人の店にやっと就職することができて、自らの判断で出勤時間の2時間前に店に入り冷蔵庫の内側も隅々まで磨こうとして中の物を次々と外にだしてたら手が滑って20年間店主が追い足し続けてきたおでんの出汁を全て床にこぼしてしまった時くらい申し訳ないことです。これは言いすぎました。取り返しがつかなさすぎます。友達の家で自分がテーブルを動かした瞬間にトイレから戻ってきた友達がテーブルの脚の角で裸足の小指をおもいっきり打ち悶絶。それを1日に2回。同じ箇所で。これくらい申し訳ないです。ひどい仕打ちです。しかし、23時15分の時点で後輩達はまだまだ話し足りなさそうな様子。もちろん僕も時間を忘れて楽しんでいたのですが。23時35分、話のピッチも落ちません。そろそろお開き的な雰囲気をだせることなく23時49分、覚悟を決めました。オンライン飲みをしながら誕生日を迎える覚悟です。つまり後輩達に告白する覚悟です。飲んでる最中に誕生日を迎えた場合、言わないという選択肢はなかったからです。そしてそれは芸人である自分がいずれどこかでこの件を話すことになるとわかっていたからです。

 しかしどこかで話したくてこの日を選んだ訳ではないんです。たまたまなんです。そこからの10分間、後輩達の言葉はなにひとつ入ってきませんでした。オンラインで伝わってしまうんじゃないかと思うほどの鼓動音。0時になった瞬間の僕の顔はおそらく海の中で友達と遊んでる時に急に黙って静かにオシッコをする小学生と一緒だったと思います。

 0時10分、「あのー、そんなつもりなかって、非常に申し訳ないんやけどぉ、今さっき俺誕生日迎えてん」……。「えぇッ!? マジすか!?」「うわぁ! おめでとうございます!!」。慌てる後輩達(そうなるよな〜)。後輩がさらに下の後輩に言います。「うわー、なにもないわ! お前なんかケーキ的なんない!?」「ちょっっと、待ってくださいね!」と部屋の中でガサゴソガサゴソ(あぁやめてやめて申し訳ない!)。「ありました!!」(あったん!?)。「これでどうですかね!?」。部屋にあった蒸しパンを開封、そこに災害用なのかお仏壇用のろうそくを1本立てて「ハッピバースデートゥユ〜♪」。もう1人の後輩も少しズレて追いかけ「ハッピバースデートゥユ〜♪」……「いや〜、ありがとう〜」。

 画面の向こうの蒸しパンのろうそくに向かって吹き消すための口を作りそうになった僕の顔は、恥ずかしさと嬉しさで桜色に染まっていたと思います。

和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。

<第6回に続く>