飴ちゃん/和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。⑥
公開日:2021/3/19
飴ちゃん 川西賢志郎
僕は両親が共働きだったので、幼い頃よくおじいちゃんおばあちゃんに面倒を見てもらっていた。二人とも僕のことをすごく可愛がってくれて、たくさんの愛情を受けた。実家は昔ながらの平屋で、その縁側に置かれた木で編まれた長い椅子が、おじいちゃんの特等席。そこで日向ぼっこをするのがおじいちゃんの日課で、その膝の上が僕の特等席だった。おじいちゃんと向かい合わせで膝の上に座ったまま、上半身を大きくのけ反らせ、イナバウアーのような形になると、そこはもう海の中。空想で作り出したその海で僕がイカやマグロなどを捕って、腹筋を使って元の位置に戻り、おじいちゃんに「捕れたー!」と報告すると、「すごいなぁ〜」と褒めてくれた。
よく一緒にテレビも見た。おじいちゃんは時代劇が大好きで、僕もその影響で好きになった。特に覚えてるのが『暴れん坊将軍』。悪者に囲まれた上様が、そいつらを睨みながら刀の鍔をカチッと鳴らす。するとチャ〜チャ〜チャ〜チャチャチャ♪とBGMが盛り上がり、クライマックスの戦闘シーンへ突入する。もれなく毎回この展開だが、ここがカッコよくて堪らなく、カチッと鍔を鳴らす真似をよくしていた。おじいちゃんが一番好きだった番組が、土曜のお昼に関西ローカルでやってた『わいわいサタデー』。今思うと、幼稚園児が好んで見るような番組ではなかったのかもしれないが、女性がテーマに沿ってミスコンテストで競い、水着審査なんかもあるちょっぴり大人向けの番組だった。おじいちゃんは毎週土曜欠かさず僕と一緒にこれを見ながら、やれ何番がいいだとか呟いた。おかげで、ちゃんと僕もスケべになった。
おやつもおじいちゃんと同じ物をよく食べた。冬は石油ストーブの上で粉吹き芋を焼き、夏はおじいちゃんの畑で穫れたトマトに砂糖をたっぷりつけて食べた。中でも印象的なおやつが、黄金糖。赤白青のフランス国旗のような袋に入っており、四角錐の上部を水平にカットしたような形で、味は古風な黄金色の飴ちゃんだ。実家には切らすことなくこれがあり、よくおじいちゃんと一緒になめた。もちろん駄菓子屋で売ってるお菓子を自分で買ってきて食べることもあった。ある日、黄金糖じゃない味の飴ちゃんが食べたくて、駄菓子屋で一つ10円で売ってる色々な味の飴を買って、居間で一人食べていた。食べていく順番は、大好きな味でフィニッシュできるように消去法で決めていった。頭の中で飴たちによる激しいバトルロイヤルが繰り広げられ、あっという間に残り2つ。勝ち残っていたのはコーラ味とみかん味。さぁ、まずはこの両者に大きな拍手を送りたい。口の中には、惜しくも3位で敗れ去ったソーダ味がまだ仄かに感じられる。さぞ悔しかっただろう。コーラとのシュワシュワ被りさえなければ、決勝の舞台に立てていた実力者だ。このハイレベルな戦いを制し頂点に君臨するのは、コーラ味か、みかん味か。いよいよ戦いの火蓋が切って落とされます! そんな高揚感を覚えながら飴を眺めていたその時。
「けんしろちゃん、1個ちょうだい」
振り返ると、おじいちゃんがいた。
「えらい美味しそうなん食べて。おじいちゃんにも1個ちょうだい」
死ぬほど嫌だった。おじいちゃんは僕の頭の中の激闘を知らない。もっと序盤で言ってくれれば、まだ譲れた味もあったかもしれない。ただ目の前にある2つは訳が違う。僕は正直に嫌だと伝えた。すると、おじいちゃんは「ほな、これと交換しよか〜」。手に持っていたのは、黄金糖。いやいやいや、今日はソレが嫌で違う味楽しんでるねん。しかもこの2つはNO.1とNO.2の味やねん。だから今回ばかりは引き下がってください。そうきちんと説明できればよかったが、その時の僕には無理だった。とにかく「嫌や!」の一点張り。おじいちゃんも事の深刻さに気づく様子はなく「かまへんがな」の一点張り。何ターンかこのやり取りが続いた後に「嫌やってゆってるやろ!」。気づけば僕は右の拳でおじいちゃんのボディを殴ってしまっていた。ゔぅ〜と前かがみになるおじいちゃん。そこで僕はハッとなり、怖くなった。こんなに愛情を注いでくれてる人を僕は怒りに絡めとられて殴ってしまった。怒りは人を狂わせる。初めてそれを思い知った気がした。幸いガキのへなちょこパンチだったので、おじいちゃんの体にケガはなかった。後にも先にもおじいちゃんと喧嘩したのはその1回だけで、それ以降も今まで通り可愛がってくれた。おじいちゃん、あの時はごめんね。僕は決して忘れへんよ。おじいちゃんがたくさん愛情をくれたこと、暴力はいけないということ、おじいちゃんのボディを殴ってしまった時に入れ歯がマウスピースみたくちょっとずれたこと。