Ωの少年に恋をしたのは、αの少女。オメガバースというジャンルが到達した新境地『夏の魔物』
更新日:2021/3/17
「オメガバース」という言葉を聞いて思い浮かべるのは、おそらくBL作品の数々だろう。α(アルファ)の男女、β(ベータ)の男女、Ω(オメガ)の男女という、計6種類の性別が存在している「男性も妊娠ができる世界」という特殊な設定を指す。βが人口の大多数を占め、αよりもさらに希少なのがΩである。発情期のΩは、男女関係なくαやβに強いフェロモンを発するようになる。多くのBL作品では、Ωの男性が受けとして、αとの番(つがい)という関係になるストーリーが多い。
そんなBL界での独自の世界観を、男女の恋愛ストーリーとして描いた作品がいま話題だ。ノムラララが描く『夏の魔物』(双葉社)である。
物語を端的に語ると、Ωの男の子とαの女の子の恋愛模様を描いた作品だ。ある日雄晴は自分がΩであると診断される。
男の子であるが妊娠が可能であることに加え、約3ヶ月に1回のペースで他の、特にα性の人間を強く惹きつけるフェロモンを発するようになると医師から伝えられる雄晴。これはオメガバースの世界観として基本的な知識であり、多くのオメガバース作品で同じようなシーンが描かれてきた。この作品が少し違うのは、その後の展開である。
雄晴の靴箱に「佐藤」という名前の人間からラブレターのようなものが入っていたのだ。言われた通りに教室で待っていると、現れたのは黒髪の可愛らしい少女だった。
佐藤は告白をした直後、雄晴に対して「なんだか村田くんっておかしくないですか?」と言いながら顔を赤らめて雄晴を押し倒す。彼女の様子を見て、雄晴は彼女がおそらくαだと確信するのだった。
彼女もまた両性具有であり、自分の身体の変調には気づいていた。彼に言われて、とうとう自覚することになった彼女は、自身の恋心が単なる性別による発情でしかなかったのかと涙する。
しかし「ずっと好きだった」と涙を流す彼女に、雄晴は彼女の気持ちを受け入れる姿勢を示す。この世界観だからこそ描かれる、女性が男性に挿入するシーン。教室で盛るふたりの性交は初々しくエロティックだ。
恋心と発情の境目なんて、本当はものすごく曖昧なものなのかもしれない、とこの作品を読むと思う。オメガバースという世界観の中で男女の恋を描くという斬新さはもちろん、ふたりの穏やかな恋路とエロティックなシーンのバランスや味のある絵など様々な要素が絡まりあって作品を奥深いものにしている。オメガバースは男性同士だけの関係に限るものではない、という当たり前のことに気づかせてくれた作品だ。
文=園田菜々