罪を犯した未成年はやり直せるのか? 『法廷遊戯』の著者が描く新たなリーガルミステリー
更新日:2021/8/25
未成年は罪を犯しても罰を受けない。ならば――。子どものころ、そんな妄想をしたことはないだろうか。責任能力のある大人は罪に問われるのだから、犯罪をするなら子どものうちがいい。むろん、筆者は妄想で終わったが、本気でやる子どもだっているだろう。ちなみに、正確には未成年なら大丈夫というわけではない。今の法律では、14歳以上であれば刑罰を与えられる。18歳未満なら死刑にはならないが、凶悪犯罪であれば無期刑まではありうる。だから、本当に罰を受けないと言えるのは、14歳未満の少年少女になる。そんな彼らを“刑事未成年”という。
本作『不可逆少年』(五十嵐律人/講談社)は、この“刑事未成年”に着目したミステリー作品。著者は、現役弁護士作家の五十嵐律人さん。昨年、第62回メフィスト賞受賞作『法廷遊戯』(講談社)でデビューし、早くも『このミステリーがすごい! 2021年版』(宝島社)で国内編3位を獲得。法律の知識を生かして社会問題に切り込む作風が話題となっている。2作目となる本作でも、罪を犯しても罰せられない“刑事未成年”という矛盾から、犯罪に走りやすい環境に置かれた少年たちにスポットを当てる。
物語は、家庭裁判所の調査官・瀬良真昼(せらまひる)と、“刑事未成年”に親を殺された女子高校生・雨田茉莉(あめだまり)の視点で描かれる。瀬良は、“どんな少年も見捨てない”という考えを持ち、家庭裁判所に送られてきた少年たちに向き合う。一方の茉莉は、“フォックス”と呼ばれる13歳の少女に父親を殺され、残された母親は精神的に病んでしまい、大人を頼れない状況に陥っている。彼女自身は懸命に生きているのだが……。
未成年の罪が軽くなる/罪に問われないのは、彼らが育っている環境に左右されやすいからだ。学校の人間関係や生まれた家庭の事情で彼らの人生は容易に傾いてしまう。だから罰によって犯罪を抑制し、更生を促すのではなく、教育によって立ち直らせる。それが未成年を取り巻く法律の根本にある考え方だ。
本作は、13歳にして殺人を犯した“フォックス”の存在を起点に、“すべての少年はやり直せるか”というテーマを読者に投げかける。“フォックス”のような特殊な存在や、茉莉のように生活を犯罪に歪められた少年少女たちは、本当に立ち直ることができるのか。ストーリーを追いながら、読者の心は揺れ動くだろう。
そして、“すべての少年はやり直せるか”というテーマは、もっと広い解釈もできる。すべての人間(=読者も含まれる)は、やり直せるのか。今の状態から変われるのか。そういう問いかけでもあるのだ。現実世界の私たちも、環境に影響されて生きている。たとえば、親の年収が高い人ほど、手厚い教育を受けて裕福になりやすい。一方でコロナや就職氷河期のタイミングに重なってしまえば思うように職につけないこともある。
本作のラストで明かされる“フォックス事件”の真相は、どうしようもなく理不尽だ。その衝撃的な真相を目撃したとき、あなたは“やり直せる”と思えるだろうか。それとも、“もう無理だ”とあきらめてしまうだろうか。作中の少年たちの姿は、あなたの心の深いところとつながっているかもしれない。
文=中川凌
(@ryo_nakagawa_7)