羽生結弦はなぜ強いのか? 特別な1年だからこそ見えた真骨頂

スポーツ・科学

公開日:2021/3/23

氷上の創造者

 異例づくしとなった2020-2021のフィギュアスケートシーズンを振り返る『フィギュアスケート・カルチュラルブック2020-2021 氷上の創造者』(KADOKAWA)が、今年も刊行された。今シーズンの締めくくりである世界選手権を前に、編者であるスポーツライター・松原孝臣氏に寄稿してもらった。

 コロナ禍に世界が苦しんだこの1年はスポーツ界も影響を免れなかった。その中で開催されたフィギュアスケートの全日本選手権で、羽生結弦が圧巻の演技を披露して優勝。シーズン初戦とは思えない完成度の高さにまさに世界中のメディアが驚嘆とともに称賛した。

 何があの演技を可能にさせたのか、あらためて手がけた『氷上の創造者』を読み返すと、その答えに行き着く。

 冒頭の記事に、羽生は、コロナが生み出したさまざまな問題に苦しむ社会をニュースなどで目の当たりにし、「スケートをやっていていいのか」と苦しんだことが描かれる。それでも自分のやりたいこと、果たせることはスケートしかないことに思い至り、前を見据えた。

 拠点とするカナダ・トロントに渡ることはかなわない状況下、オンラインでのやりとりはできるとはいえ、コーチは実質不在のもと、練習していたという。振り付けもまた、かなりの部分を自分で考えざるを得なかった。

 その中で他を圧する演技ができたのは、大怪我など困難と何度も向き合い、乗り越えてきた経験がいかされていることが分かる。何よりも、困難を「糧」とすることができる人間性がうかがい知れて、興味深い。結局のところはどこまで誠実に物事に取り組めるかなのだけど、「そうか、こういう向き合い方が大事なんだ」と少しでも学びたくなった。

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常に誠実に、変わらず被災地に寄り添い続ける姿勢

 今年の3月11日には東日本大震災から10年を迎えた。羽生は支えてくれた人々への感謝、被災した人々への思いを込めたメッセージを発表した。

 また、カナダ・トロントへ移るまで拠点としていたアイスリンク仙台に、震災後、継続して寄付してきた。3月10日、アイスリンク仙台は羽生から新たに211万6270円の寄付があったことを公表したが、総額では3000万円を超える。これらの行動からも、彼の一貫して変わることのない姿勢が見えてくる。そこにも誠実さがあふれている。

 彼にまつわるあれこれの文章に、あらためて、屈指の、いや、歴史に名を永遠に刻むであろうスケーターが同時代にいることの意味を思わざるを得ないが、羽生も、いつまでも選手として存在しているわけではない。いつかは競技から退くときが来る。そのためにも、もっとフィギュアスケートが活性化していくために、多くのファンに愛されるように、取り組むべき課題があるのではないか。例えば、分かりにくい採点の問題もそうだ。そうした意識とともに、巻末にいくつかのコラムを掲載した。少なくない課題の一端ではあっても、よりよき方向へ進むよう、その材料になることを思う。

 羽生結弦という稀有の存在を求心力とし、フィギュアスケートが華やかさとともにたくさんの人を惹きつけている。そんな今だからこそ、次の時代へよりよい形でつなげていけるよう、取り組んでいくべきではないだろうか……思考が駆け巡り、さまざまを考える。

 思いがけない出来事に揺れたシーズンも、今週、ストックホルムで開かれる世界選手権で締めくくられようとしている。果たして羽生はそこでどんな演技を見せてくれるのか。彼の、そしてフィギュアスケート界の未来を、固唾を呑んで見守りたい。

文=松原孝臣(フリーライター・編集者。夏・冬の五輪競技を中心に幅広く取材・執筆を行う)