官房長官・坂本龍馬が報道陣の前に登場! 龍馬が会見で話したのは…?/ビジネス小説 もしも徳川家康が総理大臣になったら⑤

文芸・カルチャー

更新日:2021/3/30

2020年。新型コロナの初期対応を誤った日本の首相官邸でクラスターが発生。混乱の極みに陥った日本で、政府はAIで偉人を復活させて最強内閣を作る計画を実行する。徳川家康が総理大臣、坂本龍馬が官房長官になるなど、時代を超えたオールスターで結成された内閣は日本を救えるのか!?

ビジネス小説 もしも徳川家康が総理大臣になったら
『ビジネス小説 もしも徳川家康が総理大臣になったら』(眞邊明人/サンマーク出版)

 西村理沙は、スマートフォンのけたたましい呼び出し音で目を醒ました。

 頭が重い。

 昨日、調子に乗って飲みすぎるんじゃなかった……。

 頭全体がぐわんぐわんと揺れるような、鈍い痛みと、込み上げてくる吐き気に理沙は舌打ちした。

 西村理沙。大日本テレビアナウンス部所属。入社8年目。今年で30歳になる。

 入社当初は、一流大学の剣道部主将・インターハイ優勝経験者として文武両道の経歴と愛らしいルックス、頭の回転の速さを評価され、バラエティを中心に数多くの番組を担当し瞬く間にエースアナウンサーとしての地位を確立した。順調に人気アナウンサーのキャリアを積んでいくかと思われた理沙だが、彼女には致命的な欠点があった。それは、〝酒癖の悪さ〟である。学生時代にも何度か失態を犯したことがあったが、入社してしばらくは、自制していたので問題が起こることはなかった。しかし、人気が出て、酒席に誘われることが増えると、その自制心のコントロールが徐々に利かなくなってきた。そして、入社5年目の時に決定的な問題を起こす。朝のワイドショーの司会を務めていた時のことだ。番組の飲み会で泥酔し、メインキャスターの大物芸人に暴言を吐き、そのまま酔い潰れて翌日の番組を寝過ごしたのだ。

 当然、番組は降板となり、そのことから週刊誌にあることないことを書かれ、さらにそのストレスから飲酒を繰り返し、また問題を起こす、という負のスパイラルに陥ってしまった。

 結局、1年近く、謹慎処分として番組を持たせてもらえず、資料整理などの 閑職に追いやられ、ようやく処分が解けた頃には、かつての座は後輩たちに奪われていた。

 ここ数年は、担当番組も少なく、鳴かず飛ばずの状態であった。

 もっとも、今となっては本人はそのこと自体に後悔はなく、むしろ入社した頃の、人気に追われ、プレッシャーを感じる毎日より今の方が気楽で〝自分らしい〟とすら感じていた。一度、結婚を考えたこともあったが、その相手と別れてからは、自分のペースで仕事をする日々も悪くはないと割り切っていた。

 

 昨夜も、翌日が休みということもあり、大学時代の仲間たちとオンラインで飲み会を開き、明け方近くまで飲み明かしていた。気のおけない仲間と終電を気にせずにリラックスした状態で飲んだせいか、酒量は気がつけばいつもの倍近くになっていた。

「誰……?」

 痛む頭を抱えながら、スマートフォンを手に取った。

「森本部長……」

 森本は、最近昇格したアナウンス部の新部長であり、理沙にアナウンサーとしての基礎を指導した大先輩である。前任の部長は、理沙と折り合いが悪く、なるだけ番組を担当させないようにしていたが、森本は理沙の実力を買っており、なんとかかつての輝きを取り戻させようと考えていた。本当はもう少し早く部長に昇格してもよかったのだが、現場にこだわる森本は部長職への昇格を断っていた経緯がある。森本は部長への昇格にあたり理沙の復活を秘かな目標においていた。それは理沙にとってはありがた迷惑でもあったのだが……。

「もしもし……」

 とにもかくにも理沙は電話に出た。

「西村か?」

「あ……はい……」

「おまえ……また呑んでたな」

 森本は理沙に事あるごとに禁酒を勧めていた。以前の失敗もあるので、酒からなるだけ遠ざけることが理沙の復活には重要だと考えていたのである。それもまた、理沙にとってはありがた迷惑なことであった。

「え……まぁ……今日、休みなんで……」

「悪いが今日17時から始まる内閣官房長官の記者会見に行ってくれないか?」

「はい?」

 政府が唐突に、AIによる偉人で構成された新内閣を、天皇陛下の特別認証により発足させたことは、理沙も当然知っている。野党はこぞって反発し、国民の間でも大きな議論を巻き起こしている。

「記者会見って……AIが行うんですか?」

「わからん。臨時国会でも報道陣はシャットアウトだったんだが、今日、突然、初めての官房長官の記者会見を行うと通達があった。官房長官は坂本龍馬だ」

 政府与党は、臨時国会〈15〉で、「感染症特別措置法案」を審議し、衆参たった1日の審議で強引に可決して法案を成立させた。その国会は異例の中継なし、報道陣シャットアウトで行われたのだ。当然、マスコミはこの措置に猛反発をし、国民も〝密室国会〟に大批判の声をあげた。何よりも最強内閣と言われるものの実態が何ひとつ明らかにされないのだ。そもそも〝AIとホログラムで復活した最強内閣〟の存在そのものが疑わしいという声も多数上がっていた。

 そんな中、突如その最強内閣の官房長官による記者会見が行われるというのだから、メディアは一斉に色めきたったわけだ。

「でも、それって報道の仕事ですよね」

「担当の蒼井が今朝から発熱して今病院に向かっている」

「報道の方で代わりがいるんじゃ……」

「バカだな! お前!」

 森本は少しイラついた様子で言った。

「俺が無理やり、報道に頼み込んだんだ。お前もここいらで一皮むけなきゃいかんだろ。この記者会見でチャンスを掴め。話題の新政権だ。ここで食い込むことができたら、報道番組の担当の可能性も出るんだ」

 それが余計なお世話なんです……と言いそうになったが、

「しのごのいわずに行け!!」

 森本の怒鳴り声で、電話は切られた。

 

 午後5時。首相官邸、記者会見室。

 世界初のAIで蘇った最強内閣の官房長官〈16〉である坂本龍馬の記者会見がいよいよ始まる。この席上で、この内閣の最初の政策決定が発表されることになっている。

 通常、重要な政策決定については事前に記者クラブに情報が流され、ある程度、先行報道されるのが常だ。先に報道することによって、ある程度、国民に理解を求めることと、記者会見での混乱を防ぐのが狙いだ。

 しかし、今回は、その内容についてはほぼ明らかにされることはなかった。先に決まった「感染症特別措置法案」に国民の行動を規制できる条項が盛り込まれているのはわかっていたが、それをいつどのような範囲で施行するのかということはわからなかった。

 取材しようにも閣僚はホログラムであり、国会が終わると雲のように消えてしまうのだ。毎日2回行われていた官房長官の定例会見も、閣議後の各大臣の会見も一方的に取りやめとなっていた。

 取材のしようがない。官僚たちには徹底した箝口令が敷かれており、かつてないほどの情報管理が行われている。一番不思議なのは、野党の面々である。本来、彼らは与党と対決姿勢を示し、そのためにマスコミに積極的に情報を提供するものだが、なぜか彼らの口が重いのだ。

 いずれにせよ。

 まもなく、その最強内閣の姿を実際に拝める。

 

 取材陣の熱量は尋常でないほど高まっていた。

「ホログラムっていうぐらいだから、半透明のいかにもって感じだよね……きっと」

 理沙は、同行してきた政治部の関根に話しかけた。関根とは年齢も近く、仕事をする機会も多い。気兼ねなく話をする仲だ。

「そうだろうなぁ」

「なんかそんなのだったら興ざめだね」

 理沙はため息をついた。基本的に政治に興味があるわけではない。どちらかというとスポーツやバラエティのような華やかな場所に身を置くことに自分のキャリアを考えていたので、報道に携わるなど考えたこともなかった。

「そもそもコンピューターに国を任せるのってどうなんだろ」

「それでも生身の政治家よりはいいんじゃない」

 関根の言うことももっともで、ここ数年は与党も出てくるのはスキャンダルばかり。それも政治資金規正法違反(政治資金の流用)や不謹慎発言などのせせこましいスキャンダルだ。それを追及する野党にもまったくといっていいほど人材がなく、政治への国民の関心は薄れ、選挙は投票率〈17〉が50%に満たない有様だ。その上、この新型コロナウイルスのパンデミックでの政治の大混乱だ。日に日に変わる方針とその場しのぎのような閣僚たちの発言に、国民の政治に対する信頼は地に堕ちたと言っていい。そんな状態では生身の政治家よりは、コンピューターの方がましかもしれない。

「それもそうか……まったく世も末だわ」

 理沙は苦笑した。

「お。始まるみたいだぞ」

 関根がカメラを構えた。

 司会を務める官邸報道室長が現れたのだ。

 いつもは傲慢な態度で有名な報道室長が今日は珍しくかしこまった雰囲気であった。

 彼は落ち着きなく、報道陣に目をやると、マスクを外して大きく深呼吸をした。

「それでは、これより坂本官房長官の会見を行います」

 報道室長がスタッフに目配せをすると、慌ただしくスタッフが会見場の扉に向かった。

「プロジェクターか何かセッティングするのかな?」

 スタッフの緊迫した雰囲気に理沙は少しワクワクし始めていた。

「さぁ?どうだろ」

 関根もカメラを構えたまま答える。ごくりと関根が唾を呑む音が聞こえた。

 ゆっくりと会見場の扉が開いた。

 報道陣の視線が集中する。

 扉の奥から現れたのはプロジェクターでもコンピューターでもなかった。

 人間であった。

 報道陣から一斉にどよめきがあがる。

 大柄の袴姿の男。くせ毛の蓬髪に浅黒い顔、右手を着物の懐に入れていて、足元は革靴。

「坂本龍馬だ……」

 理沙がかろうじて聞き取れるくらいの声で関根が呟いた。坂本龍馬は現代にも写真が残っている。理沙も教科書で見たことがある。まさにその写真の主が目の前を歩いている。なんと表現したらいいのだろうか……。不思議な感覚である。

 幕末に撮られた写真の主が色鮮やかに、そして確かな実体をもって動いているのだ。後方にいた記者やカメラマンは思わず立ち上がって、自分の目で龍馬の実体を確かめようと演台の前に集まってきた。龍馬は、密集する取材陣を見て呆れ返るように、

「こりゃどうしたもんかの……えらい人じゃ……」

 龍馬は龍馬で初めて出会う現代のマスコミに驚いたようであった。

 取材陣は予想外の展開に皆、我を忘れたかのように静まり返っている。

「おまんら多すぎぜよ!」

「龍馬ってこんな声なんだ……」

 野太い、少しかすれた、それでいて声の芯がしっかりとのっていて、明瞭に耳に飛び込んでくる。アナウンサーである理沙は声については敏感だ。たくさんのタレントや著名人の声を聞いてきた。その理沙でも龍馬の声は魅力的でカリスマ性のある響きに感じられた。

「かっこいい……」

 人は衝撃を受けると心の声がそのまま出てしまうらしい。理沙は自分が独り言をそこそこの声量で発してしまっているのに気が付かなかった。

 その声に龍馬が反応した。声の主を龍馬の目が探す。

「おや……おまん……」

 龍馬はきょとんとした表情で理沙の方を見た。

「え?」

「おり……」

 龍馬は理沙に何か言おうとしたが、取材陣は、そこで我を取り戻した。

「坂本龍馬さんですか!!!」

「しっかり撮れ!!」

 一瞬で狂騒が訪れた。

 一斉にシャッターを切り、一気に前に押し寄せる。演台の前には仕切りがあり、すぐ近くまではいけないようになっていたが、それでも少しでもいいポジションで龍馬の声、姿をおさめようとする。

「おんしら、まぶしいぜよ!落ち着け!」

 龍馬はシャッターの音とストロボの光に閉口しながら手で光を遮ろうとした。どういうメカニズムなのかはわからないが、その仕草、動きは生きている人間そのものである。さらに取材陣は興奮し、お互いを小突き合いながら龍馬に迫る。理沙も、その熱狂の渦の中、自らも龍馬に近づくため人混みの中の押し合い圧し合いに果敢に参加した。

「おなごもおるぜよ!もちっと静まらんかい!! 写真ならあとでなんぼでも撮らせたるきに!」

 押し寄せる取材陣を龍馬が声をあげて制するが、一旦、興奮した群衆というものはそう簡単におさまらない。皆口々に叫びながら、肘を相手の顔に押し付けたり、足を踏みつけたり、大騒ぎだ。龍馬は困った顔をして、報道室長を見た。

「皆さん!! 落ち着いてください!!!!危ないです!! けが人が出たら会見を打ち切らざるをえませんよ!」

 報道室長も声を張り上げて注意するが、誰も耳を貸そうとしない。

 龍馬は大きく息を吸った。

「ほたえな!!!!」

 とんでもない声量であった。

 取材陣はそのあまりの声の大きさに呆気にとられるように動きを止めた。

「ええか。今から大事な話をするがぜよ。おんしらがそがな騒いだら話できんじゃろが。まずはわしの話を聞くぜよ!! 写真はそれからじゃ。まずは座るがぜよ」

 有無を言わせぬだけのものが龍馬の声にはあった。

 龍馬の言葉に取材陣は、ようやく狂騒状態から醒めて、めいめい席についた。

「凄い迫力だな……」

 関根は理沙に囁いた。

「やっぱり、偉人の迫力は尋常じゃないな」

「歴史の偉人っていってもプログラミングなんでしょ。どんな仕組みになってるのかな」

 理沙は、龍馬の一喝で、皆がおとなしく引き下がったことに少しばかり反感をおぼえていた。自分自身も一瞬、龍馬をまるで生きている人間のようにとらえてしまったのが癪に障ったのだ。

 そんな理沙の気持ちなど知る由もない龍馬は、鼻の頭をひとつ掻いて、大きく咳払いをした。もちろん、生きている人間ではないので飛沫が飛ぶ心配はない。

「ええか。今からわしが話すことをよく聞くがじゃ」

 龍馬は懐から紙を取り出した。

 理沙はにらみつけるように龍馬を観察する。距離が離れているので、はっきりとはわからないが、やはり本当の肉体にくらべると、全体の輪郭が淡くぼけており、こころなしか透けているようにも思える。しかしながら、その動きや表情、そして反応はまさに人間そのものである。

 誰か役者が裏で演技をしているのをモーションキャプチャーで表現しているのだろうか?

 理沙は龍馬に魅入られないように頭の中でいろいろと想像を膨らませてみた。

「政府は昨日成立した感染症特別措置法に基づき1ヶ月の緊急事態を宣言するきに。そして外出禁止は今夜からじゃ。今夜から、許可なき国民はすべからく1ヶ月の間、家から出てはならん」

「今夜?」

 取材陣はざわついた。

 

〈15〉臨時国会 通常国会とは別に、内閣が必要と認めた時、または、衆参いずれかの総議員の4分の1以上の要求があった時に召集される国会。

〈16〉官房長官 内閣の大臣のひとり。毎週2回開かれる閣議で議長を務め、内閣で決定したことを国民に伝える役割もあるので、毎日午前と午後の2回記者会見を開く。政治と国民をつなぎ、内閣の運命を左右する重要なポスト。

〈17〉日本の投票率 2019年の参議院の投票率が48・8%を記録した。50%を割り込むのは過去最低だった1995年の44・52%以来で、24年ぶり2回目。

<第6回に続く>