ときには回り道も必要。本の中を流れる時間に、身を委ねてみよう。『喜嶋先生の静かな世界』/佐藤日向の#砂糖図書館⑭
更新日:2021/4/20
声優としてTVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』などに出演、さらに映像や舞台でも活躍を繰り広げる佐藤日向さん。お芝居や歌の表現とストイックに向き合う彼女を支えているのは、たくさんの本やマンガから受け取ってきた言葉の力。「佐藤日向の#砂糖図書館」が、新たな本との出会いをお届けします。
3月の末頃から急激に気温が上がり、暖かさに負けて楽な方をどうも選んでしまいがちだ。
そんな時にたまたま立ち寄った本屋さんで、
「気持ちが疲れているとき、人生に迷っているとき、心を整えてくれる小説。これまでもこれからも何度も読み返す本です」
と書かれた帯を見て、これは今読むべきだ、と衝動買いをした。
今回紹介するのは、森博嗣さんの『喜嶋先生の静かな世界』という作品だ。
“学問の深遠さ、研究の純粋さ、大学の意義を語る自伝的小説”と書かれているのだが、
まさにその通りで、理系大学院生の日記のような書き方ということもあり、終始ロジカルに物語が展開されていく。
主人公は社会人の道を歩むのではなく、自分が知らない”何か”を知りたいという気持ちから、研究者という道を選ぶ。
私は昔から圧倒的に文系なので、理系の人がどのような感じなのか全く知らないはずなのに、この物語に漂う雰囲気は、どこか懐かしさを感じさせてくれた。
きっとそれは、主人公が”学校”という少し閉塞的な空間で長い時を過ごしているからだろう。
芝居の仕事は、これと少し通ずるところがある。
私の顔は幼い印象を与えるため、基本的には今も高校生の役が多い。
そのため研究職とはまた違った意味で、未だに学校という空間に身を置いているような気がしている。
主人公が自伝的に羅列する言葉は順序を整えながら頭を整理しているようで、読んでいて私の心も静かな空間になっているようだった。
たとえるなら、無機質なコンピュータールームのようだ。
特に印象的だったのは、したくないことをしなければならないのは、したいことをするための準備、練習と捉える主人公の姿だ。
「1番大事な時間のためにはほかのことは少々犠牲になってもしかたがない。」
この言葉のように、なるべく回り道をしないようにすることは簡単だが、回り道をしなければ本当にやりたいことには辿り着けないのだ、と思った。
この自伝的な物語でキーワードになってくるのが、タイトルにも入っている喜嶋先生だ。
主人公を通して見る喜嶋先生の言葉たちは論理的で少し難しいのだが、文系の私の心の深くにも届いた。
とある学生が「今までの経験を生かして」という言葉を残して、大学を立ち去る。
その時、喜嶋先生は「そんな経験のためにここにいたのか」と呟く。
この言葉は一見冷たく聞こえるが、
「辛い場所だと分かっていたはずなのに何の覚悟もなく、ここにいたのか」とも言い換えられるのだろうと思った。
もちろん、道はひとつではないから、時には諦めだって大切だと思うが、研究者は与えられた課題をこなすわけでなく、何が分からないのか・何が問題なのかを自力で見つけるところから始まるから、スタートラインを自分で探さなければならない。
その大変さは、何にもたとえ難いのだろう。
私は、この作品に登場する研究内容を、きっと半分も理解できていないと思う。
だが、主人公が文字を使って心を整えると同時に、私自身も心が整った気がした。
自分のペースや自分の時間を大切にしたい方は、是非この作品で自分の中にいる冷静な部分と出会ってほしい。
さとう・ひなた
12月23日、新潟県生まれ。2010年12月、アイドルユニット「さくら学院」のメンバーとして、メジャーデビュー。2014年3月に卒業後、声優としての活動をスタート。TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』(鹿角理亞役)、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(星見純那役)のほか、映像、舞台でも活躍中。