少年院で出会った子たちに必要だった教育をさかのぼって誕生! 『ケーキの切れない非行少年たち』の宮口幸治教授に聞く「コグトレ」の重要性

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更新日:2021/4/16

宮口幸治教授
宮口幸治教授

「丸いケーキを3等分に切れない」「簡単な計算ができない」「短い文章を復唱できない」――少年院で出会った非行少年たちの知られざる問題に迫り、68万部のベストセラーとなった『ケーキの切れない非行少年たち(新潮新書)』(新潮社)。その著者である宮口幸治教授が開発した「コグトレ」は、彼らが学校や社会で困らないための超実践的メソッドだ。記憶力、言語理解力といった認知機能を向上させるこのトレーニングは大きな話題を呼び、すでに多くの学校で導入されている。

 数ある「コグトレ」教材の中でも、特にロングセラーの人気を誇るのが『1日5分! 教室で使えるコグトレ』(東洋館出版社)。朝の会などの短い時間で楽しくトレーニングできるとあって、教育関係者から高い評価を得ている。1日5分でできる「コグトレ」の効果、その特徴について、宮口教授に話をうかがった。

1日5分! 教室で使えるコグトレ
『1日5分! 教室で使えるコグトレ』(宮口幸治/東洋館出版社)

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「コグトレ」は、教育の土台を作るトレーニング

──宮口先生は、少年院でさまざまな非行少年たちに出会い、認知機能トレーニングの必要性を感じたそうです。「コグトレ」が誕生した経緯について、教えてください。

宮口幸治教授(以下、宮口):少年院には、学校で教わってくるべきことをほとんど身につけてこなかった非行少年たちがたくさんいました。みんながみんなそうではありませんが、少年院に来る子たちの平均IQは80台くらい。普通に生きていくにはIQ100はないと厳しいとされていますから、相当つらいですよね。彼らは概して勉強が得意とは言えず、そのうえ対人関係の基本がわからない、体が不器用といった生きにくさを抱えていました。そこでいろいろ話を聞いたところ、小学校低学年くらいから勉強でつまずき始めていることがわかってきたんです。その状態が中学年、高学年、さらには中学校と続いて、そのうえ家庭環境にも恵まれていなかったら、非行に走るのも無理はない、とも考えられますよね。逆に言えば、こうした問題を抱える子たちに気づき、きちんと介入できていたら非行化していなかったかもしれません。そうなれば、被害者が生まれることもなかったでしょう。

 とはいえ、学校では彼らを包括的に支える十分なツールがありません。そこで生まれたのが「コグトレ」です。学校は真っ白な状態の子たちを一から教育していきますが、私の場合、逆から考えました。私が少年院で出会ったのは、行きつくところまで行った子どもたち。この子たちに何が必要だったのかをさかのぼっていったところ、認知機能に着目した指導が学校教育で抜け落ちていると気づいたんです。それが「コグトレ」の原点です。

──先生は、著書の中でそういった子どもたちの特徴として「5点セット+1」を挙げていました。

困っている子どもの特徴 5点セット+1

①認知機能の弱さ
②感情統制の弱さ
③融通の利かなさ
④不適切な自己評価
⑤対人スキルの乏しさ
+身体的不器用さ

宮口:そうですね。何百人もの少年たちと話しているうちに、こうした共通点に気づきました。

──近年、発達障害に関する認知は広まってきましたが、彼らは発達障害とは限らないんですよね。

宮口:発達障害と知的障害は混同されやすいのですが、このふたつは違う軸で考えなければなりません。ここで問題にしているのは、知的障害(IQ70未満)や境界知能(IQ70~84)の子たちです。境界知能は、勉強が苦手というだけで他にこれといって目立った症状がありません。会話も普通にできるし、ただちょっと勉強が苦手なだけ。だからこそ、なかなか気づかれないんですよね。

──そういった子どもたちが「コグトレ」を行うことで、どのような効果が得られるのでしょう。

宮口:「コグトレ」は、教育の土台を作るトレーニングです。体育でいう基礎体力のようなものですね。筋力や瞬発力、持久力がない子に、鉄棒のテクニックを教えたところで逆上がりはできませんよね。普通は家庭などで自然と基礎体力がつき、学校で逆上がりのテクニックを教われば鉄棒ができるようになりますが、家で基礎体力をつけられなかった子もいます。要は、認知機能が弱い子をどうするかという問題ですね。これまでの学校教育では、その部分がスコンと抜けていたので、まずは学習の土台を作るために「コグトレ」をしようと提唱しているんです。

──プログラムを考える上で大切にされたことは?

宮口:「コグトレ」は、学習面、社会面、身体面から子どもを支援する包括的プログラムです。認知機能には、記憶、言語理解、注意、知覚、推論・判断という5つの要素があるので、それらすべてを網羅するようプログラムを構成していきました。

1日5分! 教室で使えるコグトレ p.38

1日5分! 教室で使えるコグトレ p.118

──よくある「脳トレ」とは違うものなのでしょうか。

宮口:違いますね。脳トレは、加齢とともに落ちていく力を衰えないようにするリハビリ的な意味合いがあります。一方「コグトレ」は、力をゼロから作っていくもの。どちらかと言うと教育ですね。学校教育でも、国語や算数は脳トレとは言わないでしょう? 「コグトレ」も教育の一環、しかも教育の土台を強化するトレーニングです。

──始めるのに適した年齢は?

宮口:幼児用から大人向けまで、幅広いテキストを用意しています。絵本やカードゲームなど遊びながらできるものも準備中なので、簡単な図形の区別がつかない、言葉が出てこないなどお子さんの発達の遅れが気になるようでしたら、使ってみてもいいかもしれませんね。

1日5分でできるから、学校や家庭で使いやすい

──東洋館出版社から刊行されているテキストは、『1日5分! 教室で使えるコグトレ』をはじめ、『漢字コグトレ』『英語コグトレ』『さがし算』『大人の漢字コグトレ』などさまざまなバリエーションがあります。どういうシーンで使うことを想定しているのでしょう。

宮口:「コグトレ」は、もともと少年院や障がい者施設で生活している人を対象にした医療・福祉用のトレーニングでした。ですから、当初は「1日60~90分、週数回」という使い方を想定して教材を作りました。ただ、それだと学校では使えないんですよね。指導要領がしっかり決まっていて、自由に時間割を決められませんから。そこで、朝の会や終わりの会の5分でできるトレーニングとして『1日5分! 教室で使えるコグトレ』が誕生しました。このテキストでは1回5分、週5日やって32週間で終わるようにトレーニングを構成しています。ページをコピーすれば、そのままワークシートとして使えるので先生の負担もありません。「教室で」とありますが、もちろん家庭でも活用できます。

1日5分! 教室で使えるコグトレ p.144

 その後、学校の先生から「授業中に使える教材が欲しい」との要望が届いたんですね。そこで、漢字学習を取り入れれば国語の時間でも使えるのではないかと考え、『漢字コグトレ』が生まれました。同じように、『英語コグトレ』も授業で使えるテキストです。どちらも1回5分で終わるトレーニングです。

漢字コグトレ小学3年生 P.118

英語コグトレ小学校3・4年生 P.82

──小学生が英語や漢字に慣れるという意味でも、効果がありそうですね。

宮口:そうですね。英語をいきなり学ぶとなれば、抵抗感を覚える子もいるでしょう。実は『英語コグトレ』も『漢字コグトレ』も、英語や漢字の知識はいらないんです。ゲーム感覚でパズルのように楽しめるというメリットもあります。

──大人向けの『1日5分で認知機能を鍛える! 大人の漢字コグトレ』も人気だそうです。

宮口:昨年、西川ヘレンさんがテレビ番組で「今、ステイホームで小6向け『漢字コグトレ』をやっています」と話されているのを見たんです。「あ、大人にも需要があるんだ」と気づき、大人向けのテキストを作ることにしました。

──大人向けは、どういったところが違うのでしょうか。

宮口:基本的な構造は同じです。ただ、小学生向けのものとは使用する漢字が違います。物忘れがひどくなった、集中力がなくなってきたなど、認知機能の衰えを感じた時に使っていただければ。

──毎日少しでも時間を取り、継続することが大事なのでしょうか。

宮口:そうですね。どのテキストも150題近いワークを用意しているので、少しずつでも毎日やっていただけたらと思います。

「勉強が楽しくなった」「集中力がついた」と反響続々!

──「コグトレ」を導入する学校も増えていますが、どのような反響がありますか?

宮口:「集中力がついた」「先生の話をよく聞けるようになった」「うっかりミスが減った」「計算が速くなった」などの反響をいただいています。他には、「勉強が楽しくなった」という声も。中でも、少年院の子たちが「勉強がしたい」と言い出したのは驚きでした。高校に行きたいという子、中には大学に行って勉強したいという子もいたほどです。勉強をしてこなかった子が、勉強したいと言い出した。この変化は非常に大きいですね。

──勉強がわかるようになり、楽しくなってきたのでしょうか。

宮口:そうです。誤解されている方も多いのですが、「勉強が得意だから勉強が好き」というわけでも「勉強が苦手だから勉強が嫌い」というわけでもないんですよね。勉強が苦手でも勉強が好きな子はいますし、その逆もいます。非行少年の中にも、「勉強自体は好きだけど、できないからやらなかった」という子はいるんですね。そういった子は、できるようになるとどんどん勉強が好きになっていきます。

──「コグトレ」を行うことで、生きにくさを抱えていた子どもたち本人には大きなメリットがあります。その周囲の人々、ひいては社会にはどのような影響がありますか?

宮口:周りの理解が進みますよね。理解できない行動を取る人がいた時、違った視点で見られるようになります。普通、犯罪者に対しては憎しみの目を向けますよね。それも仕方のないことですが、彼らの背景を知れば、それ以外の気持ちでも見られるようになると思います。彼らを責めることで犯罪が減ればいいですが、それでは減りませんからね。少年院や刑務所を出た時に、また同じ扱いを受けたら再犯の可能性も高くなるのではないでしょうか。

──今までのやり方では再犯を繰り返すばかりなので、違う方法として「コグトレ」を用いるということでしょうか。

宮口:併用することが大事だと思います。当然ながら、これまでのような支援も必要です。非行少年が再犯しないよう、面倒を見てくださる方はたくさんいるんですね。でも、いくら支援してもどうしても仕事が続かない、逃げてしまうといったケースもあります。頑張れない原因のひとつに、認知機能の弱さがあるかもしれません。そのため、「コグトレ」と支援の両方を継続する必要があるのです。

子どもたちの“困っているサイン”に気づくことが、支援の第一歩

──宮口先生の書籍を通じて、知的障害や境界知能に対する認知はだいぶ広がりました。保護者をはじめ、周囲の大人は彼らにどのように接していくべきでしょうか。

宮口:それも重要な指摘です。困っている子は、自分から助けを求めないんですね。その代わり、暴力を振るったり、暴れたり、家出したり、兄弟をいじめたりという問題行動に表われてきます。加害行為が増えるだけでなく、お腹が痛くなるような子もいます。我々は、そういった“困っているサイン”をキャッチする必要があるんですね。そのうえで、“安心の土台”と“伴走者”になることが大事です。

 電気自動車に例えると、電気がなくなった時にいつでも充電してくれる安全基地のような存在が、まず必要です。それが、“安心の土台”となる大人の存在ですね。さらに、いきなり交通量の多いところを走るのは難しいので、助手席に乗ってくれる存在も必要。これが“伴走者”です。ただし、気分によって充電させてあげないことがあったり、運転している時に横からごちゃごちゃ口出ししたりするのは逆効果。あてにならない保護者は、子どもにとって一番きついんですよね。こうした支援に関することは、4月19日発売の『どうしても頑張れない人たち―ケーキの切れない非行少年たち2―(新潮新書)』(新潮社)にまとめています。

──今後、「コグトレ」をどのように社会に浸透させていこうと考えていますか?

宮口:やっぱり、まずは学校で活用してほしいですね。勉強が苦手な子以外でも、すべての子どもに使っていただけたらなと思います。『1日5分! 教室で使えるコグトレ』は、「コグトレ」のエッセンスが1冊に凝縮されているので、入門書としてはすごくいいと思います。

 あとは、就労支援の場でも活用していただきたいです。いきなり会社のマナーや対人コミュニケーションマナーを教えるのもいいですが、それ以前の段階で困っている人も少なくありません。そういったところで使っていただければ。

──現在、宮口先生が関心を寄せている教育問題についても、お聞かせください。

宮口:性の問題行動へのケアです。東洋館出版社から『学校でできる! 性の問題行動へのケア』という本を出しましたが、性問題も学校教育でスルーされていますよね。薬物教育は学校で行っても、「性犯罪や性問題行動はダメ」と教える機会はありません。性や体のメカニズムを教える性教育とも違います。このテキストは、性の問題行動にターゲットを絞った学校で使える日本で唯一のテキストです。執筆者も、性教育や性問題行動研究の第一人者。非常に貴重な本ですが、そこまで注目されていないのが残念です。

──小学生から高校生まで幅広い年代を対象とした本ですよね。「エレベーターで知らないおじさんがズボンを下ろした」「彼に送った写真がネットに流出してしまった」など、具体的な事例について子どもたちと一緒に考えることができます。

宮口:子どもと一緒に考える4コママンガ形式のワークシート、大人向けのQ&A、性教育に使える性器の模型の作り方など、幅広い内容を扱っています。学校教育で、ぜひ活用してほしいですね。

学校でできる! 性の問題行動へのケア p.16-17

──最後に、宮口先生から保護者や学校の先生に向けて、メッセージをいただけますか?

宮口:まずは、子どもたちの“困っているサイン”にいかに気づくかが、支援の第一歩だと思います。「コグトレ」も、“安心の土台”と“伴走者”があって初めてできること。本人がチャレンジしようという気持ちにならなければ、トレーニングできませんから。土台を作ったうえで、ぜひ「コグトレ」を活用してください。

取材・文=野本由起