道でいきなり腕立て伏せをはじめる男の“やる気スイッチ”は“美人”だった/がんばらない戦略⑥
公開日:2021/4/20
『がんばらない戦略』から冒頭部分を全7回連載でお届けします。今回は第6回です。
がむしゃらに働く人生から脱却し本当に必要な努力に注力できる自分に変われる新時代の人生戦略の指南書が登場! これからの時代に大切なのは「がんばらない努力」を身につけること。子供の頃からやる気だけは人一倍だったのに、何をやっても結果が出なかった著者。しかし、ある日を境に人生が大きく変わった――。
STAGE3 美人とすれ違うと腕立て伏せをはじめる男
セールスマンが去った後、ミサキは一人公園に残り、道ゆく人を眺めていました。
「本当にこの国の人たちは、無理してガンバることなく、楽しそうにしてるなー」
なんだか、キラキラとスローモーションの世界のように見えてきます。
ところが、そのとき。
目の前を歩いていた男の人がいきなり、まっすぐ前に倒れました。
「え?」
「はあっ、はあっ、はあっ」
息が荒い。急病でしょうか?
いえいえ心配ご無用、その男の人はいきなり腕立て伏せをはじめたのです。
「はあっ、4、はあっ、5、はあっ、6」
どこからどう見ても無理してガンバっています。ミサキは思いました。
「え、ここはガンバラン王国だよね?」
なんだか、趣旨と合わない気がしてミサキは見て見ぬふりをして歩き出しました。
ミサキに限ったことではなく、人は辻褄が合わないことから逃げてしまうものです。
すると、
「はあっ、ちょっと君、はあっ、45、はあっ、待ちなさい、はあっ、いま、はあっ、事情を、はあっ、話すから」
ミサキは腕立て男に呼び止められてしまいました。
呼びかけられて逃げるわけにもいかず、その場で腕立て伏せを見るはめに。
「はあっ、98、はあっ、99、はあっ、ひゃーくっ」
男は100回の腕立て伏せを終えると、なにごともなかったかのように立ち上がりました。
「やぁ、こんにちは」
右手を差し出す腕立て男。
地面についていた手だよなぁ~、と思いながら、ミサキは軽く握手を交わしました。
「いきなり驚かせてすみません、旅の人ですよね」
「はい、さっきこの国にきました。でも、どうしてわかるんですか?」
「なんか、ガンバっちゃってる雰囲気あったからー」
いきなり腕立て男はそう言うと、ポンポンとなだめるようにミサキの肩を叩いてきました。
地面についた手をミサキの服で拭いてるんじゃないか、とミサキはちょっと思いました。
「で、僕がなぜいきなり腕立て伏せをはじめたかという件だけど」
別に聞いてないけどなとも思いましたがミサキは「はぁ」と小さくうなずいてみせました。
「美人とすれ違ったら、腕立て伏せをすると決めてるんだ」
「美人、ですか?」
「ほら、さっき白いブラウスを着た美人が通りかかっただろ?」
「見てませんでした」
「あ、そう? とにかくだ。僕は毎日、腕立て伏せをするって決めてるんだ」
「道でしなくても、スポーツクラブとか行けばいいのに」
「それじゃ続かないんだよ。ほら、よくいるでしょう、スポーツクラブの会員なのに行かなくなっちゃう人。行こう行こう、行かなきゃ行かなきゃ、お金ももったいないって頭ではわかってるのに行けない人」
ミサキは父親の顔を思い浮かべていました。
「あれね、段取りが多過ぎるんだよ。スポーツクラブってさ。
①朝起きて、②外着に着替えて、③顔洗って、④歯磨いて、⑤荷物用意して、⑥靴履いて、やっと家を出かけて、スポーツクラブに着いたら着いたで、⑦入館手続きして、⑧靴をロッカーに入れて、⑨またトレーニングウェアに着替えて、⑩器具のところまで動いて、やっと腕立て伏せができるんだよ。10も工程があるんだよ、そりゃめんどくさくもなると思わない?」
「たしかに、めんどくさいですね」
「なにかを続けたければね、段取りを減らすことが大事なんだよ。シンプル化!
学校の宿題だって、いちいち片付けないで、やるページを開いたまま机に置いておけば次の朝、自然に机に向かうじゃない? これイギリスのなんとかいう有名な学者も実践してるらしいよ。でさ、洗濯物だってハンガーで乾かしてそのままクローゼットにしまえばラクだし、書類の片付けだっていちいち、ファイリングしようとするから結局やらないでしょ。トレーにポイの方が結局、整理できるんだから。
段取りが多ければ多いだけ続かない。これは小学生でもわかること」
「たしかに」
「だから、僕は決めてるの。ただ倒れ込むだけ。自分の重さで自分を鍛える!」
「それで器具を使わない、腕立て伏せなんですね」
「そう、そこに倒れ込めば、運動できるのに、スポーツクラブに行く必要ある?」
「うーん、言いたいことはわかりますよ。わかるだけにちょっと言いにくいんですがー。
腕立て伏せ、道でやらなくても」
いきなり腕立て男は、ほらまたこの質問だ、とでも言いたそうな得意げな表情で答えます。
「僕にはスイッチが必要なの」
「スイッチ?」
「そう、条件反射だね。チャイムが鳴ったら昼休み、『サザエさん』を見たら日曜日も終わり、と同じようにね。自分にスイッチを装備しちゃうんだ。美人を見るだろ? そしたら、モテたいと思うじゃない。だからカラダ鍛えて細マッチョになろう! ってその気持ちを利用する。あー、きちゃったぞ、美人。ちくしょー、いま、腕立て伏せ終えたばっかりなのに」
いきなり腕立て男は、また、まっすぐ前に倒れこんで、腕立て伏せをはじめました。
「はあっ、1、はあっ、2、はあっ、3、はあっ」
でもミサキは納得いきません。
「美人を見ても、細マッチョになりたいと思わない人はどうすればいいんですか?」
いきなり腕立て男は腕立て伏せを続けながら、ドヤ顔で言いました。
「はあっ、11、それはね、はあっ、12、はあっ、自分をつき動かす、はあっ」
読むのも面倒だと思うので“はあっ、12”を省略すると、それはこうでした。
「自分をつき動かす、スイッチを見つけることこそ、人生なんだよ。
それはモテたいでも、お金持ちになりたいでも、有名になりたい、でもなんでもいい。
やる気のスイッチを見つけること。段取りを減らして行動をシンプルにすること。
このふたつさえやれば、あとはガンバらなくても自動操縦でうまくいく」
ガンバらなくても自動操縦でうまくいく! いいことを聞いた気になるミサキでした。