1年3ヶ月ぶりのシングルは、ポップでクリエイティブな会心の一枚――悠木碧『ぐだふわエブリデー』インタビュー
公開日:2021/4/13
声優・悠木碧の最新シングル『ぐだふわエブリデー』(発売中)は、「悠木碧のクリエイティブ」が詰まった、充実のシングルである。表題曲は、自身が主演を務めるTVアニメ『スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました』の世界を表現しつつ、ポップでキュートな楽曲に。そしてカップリングの“異世界管理局創造課”では作詞も担当し、「異世界あるある」を驚異的な早口でまくし立てていく――演技者として、そしてクリエイターとして。表現者・悠木碧の多面性が見事に反映された1枚になっているのだ。音楽活動へのポジティブなモードを感じさせる会心のシングルについて、話を聞いた。
A面はアニメチームが思うオープニング、B面は音楽チームが思うオープニング、みたいなイメージ
――『ぐだふわエブリデー』、とても面白いシングル完成した音源を踏まえての手応えを聞かせてください。
悠木:タイアップ作品って、作品に寄り添いつつ、自分たちもどれだけ楽しめるか、そのすり合わせを楽しむ場だと思うんですが、かなりちょうどいいところを狙えたんじゃないかな、と思っていて、その意味でよいものが作れたな、と思っています。表題曲の“ぐだふわエブリデー”はポップに、アニメのイメージには寄せつつ、ちょっと一筋縄ではいかない感も残せていると思っていて、私が好きな方向性のかわいい曲にできたな、と思います。
――まさにタイアップ楽曲として、とても正しいな、というイメージを抱きました。アニメには寄せつつ、そこだけにはとどまらない楽曲になってますよね。
悠木:やっぱり、任せていただいた理由はちゃんとつけたいですよね。『スライム倒して300年、(知らないうちにレベルMAXになってました)』は、ずっとドラマCDで関わらせていただいていた作品なので、そういう意味では世界観もわかっているし、それを活かせることこそが、私が任せてもらった理由だと思いますし。『スライム~』はギャグ要素も強い作品なので、ただかわいいだけじゃない部分も詰め込めたらいいな、と思いながら歌わせてもらってます。
――このシングルは、作品側のオーダーに応えつつ、「悠木碧さんのクリエイティブ」になっている。だからこそ、面白い内容になっているんじゃないですかね。
悠木:それは嬉しいです。そうなれたらいいなあ、と思いながら、毎リリース、スタッフさんと試行錯誤をしているんですけど、1枚出すごとに少しずつ、このチームで作る面白さがどんどん増している気がします。もしかしたら他の人がやらないようなアプローチが詰め込まれていると思いますし、それを許容してくれる作品も、一緒に作ってくれるスタッフさんの存在も、すごくありがたいですね。一緒にものを作れば作るほど、お互いに解像度が上がっていくし、その中に完全な正解ってないとは思いますけど、それに近い値は出しやすくなっていると思います。その中で、より満足度の高いものができました。
――カップリングの“異世界管理局創造課”も、最高ですよね。単純に、リリックビデオを観てこんなに笑えることって、なかなかないと思うんですけども(笑)。
悠木:実は、このリリックビデオが一番リテイク出してます(笑)。B面曲に関しては、我々音楽チームが思う「この作品のオープニングがこうだったら面白いな」という楽曲を、絵とかは全然考えずに提供することを目指しています。A面はアニメチームが思うオープニング、B面は音楽チームが思うオープニング、みたいなイメージです。それで言うと、今回が一番ぶっ飛んでいるような気はします(笑)。楽しかったですし、MVよりこだわってリテイクを出してしまいました。
――そのこだわり、伝わってきますよ。文字を出すスピードなんて絶妙ですよね。映像として、観ていてとても気持ちがよかったです。
悠木:嬉しいです。なんか、人が音ゲーをやってる画面を見ていると、ちょっと自分もできた気持ちになって気持ちよかったりするじゃないですか。あの感じで見ていました。
――“異世界管理局創造課”は、悠木さんが書いている歌詞も含めて傑作だと思うんですが、この歌詞が生まれた背景、着想の原点について教えてもらえますか。
悠木:前々から、私が早口でしゃべれることに着目してくださっているお客さんが、わりと多かったんですよね。なので、その期待に添えるような曲が作れるタイミングがあったら面白いよね、という話をされていて、「確かにそうですね」みたいな。でも、なかなかそれを曲にすることを世間が許してくれる機会はなく、「今回このタイミングじゃないですか」となって。やっぱり、ポップで面白い作品のB面にしたいじゃないですか。この“ぐだふわエブリデー”のなんとも言えないフワフワ感のB面だったら許されるはず、みたいな感じで、楽曲をいくつか送っていただいた中から、選ばせてもらいました。
そこから、「歌詞を書こう」と思って、早口でしゃべるなら何がいいかな、と考えたときに、せっかくだから異世界あるあるを詰め込みたい、みたいなことになったんです。私の中の異世界作品って、作り手さん側が世界観を共有してテンプレート化していることによって、作る側の背中を押してくれるところが、すごくいいな、と思っているんですよ。今は誰もが本を書いたり、発表することができるようになっている中で、自分が考えた最強の異世界を、いろんな人たちが築いてきた要素によって、たくさん想像できるところが、異世界作品のよさだな、と。なので、みんなが自分の思う異世界作品を作るときに、こういう窓口に行ってたら面白いな、という気持ちで作詞をさせてもらいました。もう、ひたすら異世界作品を調べましたね(笑)。
自分で文字に起こしたあとに、歌うのは自分だから、結局自分で自分をいじめていくことになって。「めちゃくちゃ面白い歌詞できた、わ~い」と思って読んだら全然言えなくて、「えっ、声優の悠木碧はほんとにダメだな、お前」みたいな気持ちになって、作詞の悠木さんと声優の悠木さんが喧嘩をし始めるという(笑)。今回の早口は、緩急なしにずう~っと早くしゃべってるから、想像以上にキツかったですね。自分で書いておいて、ちょっと後悔しました(笑)。
通ってこなかった王道をきちんと踏まえてもらったことで、見えていなかったものが見えた感じはある
――前作のシングルから1年以上インターバルがあったわけですけど、悠木さんの中で音楽活動に向かうモードってどのような感じなんでしょうか。
悠木:何かを作りたいみたいな気持ちはもちろんあるけど、すごく難しいのが、自分の顔を出せば出すほど、「悠木さん」が表に立っていくんですね。声優として芝居をするときに、やっぱり人間の人相ってすごく力を持つので、どうしても「これ、悠木碧だ」ってなっちゃうと、キャラクターを阻害するところがあるんです。で、音楽活動では、顔を出さない手法を取ってる方もいらっしゃいますけど、どこかしらで自分の素顔を公開することで、お客さんたちと交流を図っていくアプローチも必要になってくると思うんです。そのバランスって、すごく難しいですよね。でも、楽曲を制作すること自体はすごく好きだし、求めていただけるお仕事には、できる限り応えていきたいと思っているんですけど。そこが微妙に引っかかっているから、私は自分の音楽活動で自分視点の歌を作ってこなかったのかもな、と思います。
――その在り方は、今も模索中なんですか。
悠木:そうですね、模索してます。それこそ、世の中的には表に出ていく声優さんたちが増えていて、一方ではVTuberちゃんみたいに姿を晒さずキャラクターとしていろんな作品に携わっていくこともある。ポジティブな意味で、ですけど。みんなの活動がすごく広がったからこそ、どこに自分の重心を置くのが一番、各作品のためになるのかなって、常に考えていかなきゃいけないんだろうなって思っていて。考え抜いた結果、よいほうを選び取りたいから、「ここが正解かなあ」みたいな祈りを込めながら、常に活動をしているかもしれないです――それは音楽活動に限らず、ですけどね。
――以前お話を伺ったときに、「王道を履修したい」という話をされていて、今回のシングルを聴いてなるほどなあ、と思ったんですよ。たとえば“永遠ラビリンス”や“Unbreakable”はアニソン的な意味での王道に近い音楽性で、一方“ぐだふわエブリデー”は王道というよりは作品、キャラクターに寄せつつ、「悠木碧のクリエイティブ」が活きてくる場である。王道を履修したからこそ、表現の領域が広がっているところはあるんじゃないかな、と。
悠木:ほんとにその通りで、通ってこなかった王道をきちんと踏まえてもらったことで、見えていなかったものがすごく見えた感じはあります。同じ対象のものを別の人がデッサンしたときに出るものが、きっとその人の個性じゃないですか。王道を通ってきたことで、「私の個性は、ここだったんだ」みたいなものがなんとなくわかってきたからこそ、選択肢が増えたところはあります。今回は、王道ではないところを振り抜いていった感じではあるんですが(笑)。
――(笑)結果、届ける側も受け取る側も一緒に楽しい表現が、今は作れているんじゃないですか。それこそ声優は黒子の職業だからこそ作品に寄せるのは大前提で、受け取る人が楽しくて、作っている本人もちゃんと音楽を楽しめる、みたいな。基本的なことのようで、それを全部実現するのってたぶんなかなか難しいことだと思うんです。だけど今回のシングルは、それが実現しているような気がします。
悠木:それはすごく嬉しいです。確かに、とてもバランスの取れた作品になったんじゃないかな、とは思いますし、クリエイティブ的な意味合いでもすごく楽しかったです。作詞をした身としても、歌った身としても、アニメに関わった身としても、あとはいち異世界作品ファンとしても、楽しいなって思いながら作れました。共感してくれる人がいたらいいなあ、みたいな気持ちはあります。実際、音楽って、楽しくないと聴いてくれなくなっちゃうというか、聴く意味がなくなっちゃうような気がしますね。だって、数分間で人の気持ちを大きく左右したりするものじゃないですか。
逆に言うと、数分間しか場は与えられていないから、そこでどうやってアプローチしていくか、であって。そこで、やっぱり自分の気持ちが乗ってないとお客さんも乗らないよねって、それはすごくわかった気がします。世の中に面白いものがあふれているからこそ、本腰を入れて面白いものを作らなきゃって思ったら、まずは我々が爆笑してないと、今回の場合、その「面白い」がインタレスティングでもありファニーでもあってほしかったんですが、ファニー70パーセントぐらいで作ってしまった(笑)。そのおかげで、作る側もだいぶ楽しかったですね。
――誰も表現できて、発信もできるからこそ、プロフェッショナルとして名前を出して活動しているわけだから、本当に面白いものを届けてもらうことで受け手も満足するし、「楽しい」を共有できる。今回のシングルは、それがちゃんと果たされてますよね。「悠木碧という名前でやってるからこそ面白い」ことになっている、というか。
悠木:なんか、私のイメージって、けっこう人によって全然違うんだな、と、最近さらに感じてるようになって――まあ、それは誰でもそうなのかもしれないけど、それこそ『まどか(『魔法少女まどか☆マギカ)』を見て知った人は、私がちっちゃいおじさんみたいな性格だと知ってびっくりしたり、逆にラジオから知った方は、おとなしい役をやっていると「こんな役やるんですか? 意外!」みたいなことがあったりして。声優って、役のイメージが皆さんから見た個性になるじゃないですか。そう考えたときに、私が世間から持たれている自分のイメージって、わりと多面化してるんだな、と思って。だからこそ、けっこう派手に、「こんなの出してみました」みたいに、別の球を投げられるところがあるので、そこは今までめぐり合ってきた役に感謝ですね。ずっとかわいいことを目指してきた人が突然ロックをやる、みたいになるとお客さんがびっくりしちゃうけど、うちの場合はお客さんがびっくりし慣れてるから(笑)。
――(笑)今までに積み重ねてきたものによって、音楽活動における自由度も増す、と。素晴らしいことじゃないですか。
悠木:それは本当にそうだなって思います。声優は、役と向き合ってお芝居することが主な仕事なわけですけど、そこをきちんと積み上げてきたからこそ、音楽活動にもいい意味で楽しい影響をもらえていることは、今すごく感じています。
――“ぐだふわエブリデーは”は4月番組で主演作でもある『スライム~』の主題歌で、1月からは『蜘蛛ですが、なにか?』が継続中なので、今年は声優として主演作品の連続で、非常に充実してるんじゃないかな、と思うんですけども、この2021年を表現者としてどんな1年にしたいと考えていますか。
悠木:やっぱり、表現していることがそもそも楽しい人種なので、それをお客さんに受け取ってもらったら、もう大感動なんです。作っているだけで楽しいし、演じているだけで楽しいんですよね。それをいろんな手法で試していて、一番楽しいのはやっぱりお芝居だけど――芝居って、どのセクションにも活かせるんです。たとえば家に帰っても何か文字を書いていても、「芝居をやっていてよかったな」って思うことがいっぱいあって。結果として、「私、やっぱりそこをちゃんと極めるべきなのかも」って思います。なんだろう、クリエイターとしてちゃんと芝居を極める、みたいな。もしかしたら、それが重要なのかもなって思ったりしますね。
生まれてこの方、ずっとそれを目指してきたこともあるし、まわりにもすごい人がたくさんいて、その背中を見て育っている最中なので、「まだできることはいっぱいあるなあ」って思っていますね。それを深めたくて音楽活動をやっていた、というところも、ちょっとあったりしたんですよ。逆に、歌を歌った、歌詞を書いたことがお芝居に生きる部分もたくさんあって。結果として、極めたいと思って勉強し続けてきた芝居にいろんなことが活きているので、勉強するって大事なんだなあって思いますね。
――表現に対する前向きなモード、音楽活動に向かうポジティブな感じが伝わってきますね。
悠木:めちゃポジティブです。やっぱり、作っている間って楽しいじゃないですか。「次どうしよう?」って、ワクワクしています。一個作ると湧いて、さらに一個作るとまた湧いて、だから、実は今回のシングルにも、“Unbreakable”のときに考えていたことが反映されていたりします。モチベーションを保って、楽しく活動をさせてくれる周囲の方に、本当に感謝しかないですね。
取材・文=清水大輔