裸一貫でぶつかり合う真剣勝負への原点回帰! 異色の相撲漫画『すまひとらしむ』

マンガ

公開日:2021/5/1

すまひとらしむ
『すまひとらしむ』(いおり真:著、来未:取材協力/白泉社)

 相撲のイメージを覆す、とことん型破りな相撲漫画が登場した。このほど1巻が発売された『すまひとらしむ』(いおり真:著、来未:取材協力/白泉社)は、まず絵からしてスタイリッシュかつ迫力ある動的な作画で相撲漫画らしからぬ雰囲気なのだけれど、それ以上に異彩を放つのが中身だ。何しろ冒頭から〈“相撲”とは何だ……?〉という根本的な問いから始まるのだ。相撲とは神事であり国技となるわけだが、もっと根本的なことを言うと、男と男が裸一貫でぶつかり合う真剣勝負である。ひっくり返るか、土俵から出たら負け。これほどわかりやすい勝負もない。

 しかし、昨今の相撲界を見ると、暴行事件、パワハラ、相撲協会のいざこざ云々……土俵外の問題で注目を集めることが多すぎやしないか。そこで浮き彫りになるのが伝統の形骸化だ。今どき時代錯誤だという見方もあれば、逆にますます伝統を重んじる向きもある。『すまひとらしむ』は一見すると前者の立場のようだけれど、むしろこの二項対立を飛び越え、さらに根源へと遡ろうとしているようだ。それが裸一貫でぶつかり合う真剣勝負への原点回帰である。

 主人公の蔵王は、ソップ(痩せ型の力士)で若白髪という異形の力士だ。軽すぎて勝負にならないように思えるが、強靭な肉体と相手の動きを読んだ技で体格差 をものともしない。それはけっしてきれいな相撲ではなく、勝つためには手段を選ばない相撲だ。大相撲初場所で序ノ口優勝を果たした蔵王は、形骸化した今の相撲を痛烈に批判し、〈こんなものが相撲なら この俺が潰してやろう〉と言ってのける。しかも、いきなり横綱になると宣言するのだ。

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 この謎めいた蔵王という存在に迫っていくことが1巻の読みどころなわけだけれど、出身地も年齢も不明のまま、どんどん謎は深まっていくばかり。普通は新弟子というと相撲部屋に住み込み、ちゃんこを作ったり親方の付き人をしたりするものだが、蔵王は力士の修業生活みたいなことは一切しない。稽古は一人で行い、他の相撲部屋に道場破りをしに行き技を鍛えるのだ。それでいて圧倒的な強さを誇ることが、ある意味、伝統的な相撲へのアンチテーゼとなっている。

 しかし、そもそもその“伝統”とやらは、いつから決まり事のようになっているのか? ここで『すまひとらしむ』というタイトルが重要な意味を持つ。それは日本書紀に記された相撲の起源を意味する言葉だ。今から二千年近く昔、命がけの戦いを求める黒い肌の男・當麻蹴速と白い肌の男・野見宿禰が垂仁天皇の命で相撲を取り、なんと宿禰が蹴速をボッコボコに蹴り殺したという。今では考えられないようなルール違反というか壮絶な殺し合いだが、そもそも相撲の原点とは“命がけの真剣勝負”だったのだ。

 主人公・蔵王がやろうとしていることは、まさしく命をかけた真剣勝負。白髪であることも「白い肌の男」という宿禰を思わせる。反逆児のようでありながら、実はもっとも本来の相撲と向き合っているのが彼かもしれない。ややこしい土俵外の問題に目を向けるのではなく、ストレートに勝負を追求する蔵王の相撲に刮目すべし!

文=大寺明