「次は男女の恋愛小説を書きたい」書店員の熱い支持を受ける連作集『スモールワールズ』の次回作は?/一穂ミチロングインタビュー③
公開日:2021/4/25
2008年に『雪よ林檎の香のごとく』(新書館)で鮮烈なデビューを遂げて以来、多数の作品を書き続けてきた一穂ミチさん。そんな彼女の最新作となる『スモールワールズ』(講談社)が、2021年4月22日の発売前から書店員たちの熱い支持を集めている。本作は、夕暮れどき、家々にともりはじめる明かりのように、6つの家族の光と影を描き出す6編からなる連作短編集。全国で募った本書の応援店は170店を突破、本書収録の短編「ピクニック」は第74回日本推理作家協会賞の候補作品に選出されているという一穂さんが、本作を書き上げて感じていることとは? 日々の暮らしに対する彼女のまなざしが感じられるお話を、全3回に分けてお届けする。
抱えているものを乗り越えても、乗り越えることができなくても、自分以外の人生は生きられない
──今後、挑戦してみたいテーマやお題はありますか。
一穂 短い作品をたくさん書きたいなと思っています。いつかそれをおまとめして、ひとつの作品にできるといいですね。物語を書き上げた時点では、登場人物が生きる上でのひとつの過程を見ただけで、その後も彼らの人生は続いていくので、ハッピーエンド、バッドエンドという考えもあまりありません。なにをもって“ハッピー”とするのかも、よくわからないところがありますし。ひとの人生って、いろいろですからね。
──たしかにそうですね。今回、『スモールワールズ』という書籍のタイトルにもなっていますが、6編の読み味の異なる短編に触れることで、私は自分の世界がいかに小さかったかということに気づかされました。反面、「スモールワール『ズ』」と複数形になっていることが、そういった一個人の持つ小さな世界が触れ合うことで開く、世界へのとっかかりを示しているようにも思えます。
一穂 そうですね。私にとって、小説を書くということは、「頭の中だけは個人の自由だ」という事実の、自分なりのささやかな証明なのだと思います。頭の中の世界だけは自由だし、どんなことを考えていても、誰にもなにも言われなくて済む。そういう自分のインナースペースにあるホラ話をみなさまの前にお出しして、それをおもしろいと言ってもらえるならば、それはすごくうれしいことだなと思います。
その反面、ひとりの人間が考えていることって、とても狭くて小さいんですよね。情報源はテレビでも新聞でも、ラジオでもなんでもいいから、「こんな考え方もあるよ」「こんな選択もあるんだよ」という“自分の世界にないもの”に触れられると、そこにはいつも、ある種の感動が生まれると思うんです。そうやって生まれる感情は、いい感情ばかりではないかもしれません。けれど、個人的には、そんなふうに心を動かすことこそが、表現の役割だと考えています。私の書く物語も、小説というひとつのかたちで、誰かの世界に小さく響けばいいなと思います。
──書く上で、「これだけは譲れない」というものはありますか。
一穂 決めつけない、ジャッジをしないということですね。自分自身も、無意識に、あるいは意識的に、いろいろなことを決めつけてしまっているかもしれないということは、常に頭に置いています。人間、自分のことですらよくわからないものだなと感じることはありますから。だって、たとえ自分の書いたものでも、数年前に出した本のことは忘れているし、記憶なんかも、自分で簡単にすり替えてしまうじゃないですか。「私は柔軟です」みたいなことも、あんまり言わないようにしています(笑)。
──お話をおうかがいしていると、生き方にも、書くものにも真摯な方だなという印象を受けます。
一穂 生き方……とんでもないぐうたらですよ(笑)。私は基本的に、自分で自分を食わせなきゃということしか考えていません。自分で自分の面倒を見て、生きていかなくちゃっていう、社会人として最低限のルールくらいです。
──一穂さんの作品の登場人物たちは、まさにそこを外さないんですよ。みんなきちんと自分で生活をしているけれど、その中で抱えている心の重荷や、乗り越えなくてはいけないものを、お話が進んでいく中でどうにかして、その先を生きていけるような結末にたどり着く。一穂さんご自身の姿勢が、登場人物の姿勢にもなっているのかなと思ったのですが。
一穂 抱えているものを乗り越えても、乗り越えられなかったとしても、けっきょくのところ自分以外の人生というものは生きられませんから、それをいかに引き受けていくかということではないかと思いますね。
たとえば、美人に生まれなかったとか、お金持ちに生まれなかったという、スタートの地点でままならないものはあるかもしれませんが、一方で、自分が持っているものもたしかにある。それらのトータルの収支というのは、死ぬときに判明するのではないでしょうか。自分が持つもの、持てなかったものを引き受けながら、どんなふうに生きていくかということは、私もまだわかりません。私自身、「自分以外の何者にもなれない」ということを今も完全には受け入れきれていなくて、探っているところがあるんです。
──『スモールワールズ』でも、「誰も、誰かと取り替えることはできない」という一文が胸に迫ります。私たち読み手は、一穂さんの作品を読んでそういったヒントに気づくことができるのですが、それを書いている一穂さんご自身は、どのようなところからヒントを得ていらっしゃるのでしょう。
一穂 たぶん私にも、大きく悟りを得るような理想的な瞬間はないんですよ。その日、その日をなんとか乗り切って、うまくいったり、いかなかったりしたことを積み重ねつつ生きる自分を振り返り、噛みしめながら見つけているのだろうと思います。ぱっと「あっ、こうなんだ」と閃いたようなことって、絶対に本当じゃないんですよ。急に思いついたものだから、すぐにぱたっとひっくり返ってしまう。はっきりした正解があってたまるかと思います。
模範解答があれば楽ですが、本当は、正解のないことを諦めてやっていくしかないんですよね。「私の答えだ」と思ったところで生きていかなければならないのですが、それですら比べてしまうから、迷ったり苦しんだりすることがあるのだと思います。
──一穂さんご自身も、自分の答えを周囲と比べてしまうことがありますか。
一穂 そうですね。文章の表現は自分だけのものであるはずですが、人と比べて「私はあの人ほど上手くない」といったことは考えてしまいますね。「私の書くものは私にしか書けない」というふうには、なかなか切り替えができない。最終的には、「そんなことを言っていてもしかたないな」と諦めますが……私が編集者なら、「いいから書け」って言うと思いますし(笑)。自分としては呑み込めなくても、呑み込まなくちゃいけないものがある。でも私は、スッとそういうことができる人にはなれないし、それは会社の仕事であれ、小説を書くときであれ、相手の側も同じなのだろうと思うことはありますね。
頭が行き詰まってしまったときは、体を動かすようにしています。散歩に出かけるくらいでも、気分転換になりますよ。それで前に進めるかどうかはわかりませんが、とにかく、じっとしていてもしょうがないので(笑)。
──今後の目標をおうかがいできますか。
一穂 1冊でも長く書き続けられたらいいな、とは思いますね。次は、男女の恋愛小説を書きたいなと思っています。
──『スモールワールズ』は、どのような人に読んでほしいと思われますか。
一穂 誰でもいいです(笑)。ターゲットを決めて書くことは、あまりありませんね。読み手の気持ちは、客観的にはわからないので。自分が小説を読むときも、それほど気づきのようなものは欲していません。小説って、しょっぱい現実をつかのま忘れるための、麻薬みたいなものだと思っているんです。ただの小説ですから、そんなに多くのものを受け取ってほしいという気持ちもとくにない。「ああ、おもしろかった」と思っていただければ、それが一番だと思います。
それに、女の子向けに書いたけれど、おじさんのほうが喜んでくれたとか、思ってもみないところからの反応があることだってなくはないよなと。予測を立てて実行すると、そのとおりにはならなかったとき、「間違った」と思ってしまいますよね。『スモールワールズ』がご好評をいただいていることについても、私はどこかで、「こいつを持ち上げたらどうなるのか」というリアリティーショーとして配信されているんじゃないかという妄想を捨てきれない(笑)。自分の頭で考えたことって、やっぱり狭くて小さいんです。こういったところでも、フラットに、決めずに、という姿勢でいられたらと思います。
取材・文=三田ゆき