中村倫也の初エッセイ集から厳選3本を特別公開!「自意識の塊、夜の空を飛ぶ」/THE やんごとなき雑談①

小説・エッセイ

公開日:2021/5/1

やんごとなき雑談『ダ・ヴィンチ』2018年11月号

自意識の塊、夜の空を飛ぶ

(初出『ダ・ヴィンチ』2018年11月号)

 もう五日間も、空いた時間を見つけてはパソコンを開いて文章とやらを書こうと、ポチポチとキーボードを触っている。あれこれと思案してはdeleteを連打し、何度も“全選択→削除”を繰り返す。締切は明日なのに。

 今回、あの文芸雑誌『ダ・ヴィンチ』さんから二千字の連載のオファーをいただいた。何故しがない役者の僕に? 気は確かか? 驚きと同時に、とても光栄だ。文章を書く事は嫌いじゃないし、表現の場を広げていきたいという欲が、僕にはある。それに何かの拍子でエッセイ本とやらを出すことになったら、なんか、カッコイイ。二つ返事でやります!と答えたはいいものの、果たして何を書けば良いのやら。初っ端から思いっきり躓いている、マジでヘコんじゃいそうな真夜中の5秒前、という訳だ。

「本読みました! 文才もあるんですね!」なんて、いつか街行く女性に話しかけられたい。二十代後半、パンツスーツに眼鏡をかけた、知的な女性がいい。普段同僚からはクールな人と評されている彼女が、街でたまたま見かけた役者兼随筆家である僕に、目を輝かせ、興奮した口ぶりで話しかけている。場所は渋谷東急ハンズの裏。人通りもまばらな、麗らかな初夏の昼下がりだ。ここまで出会いの設定を決めたところで、飲んでいたコーヒーを零しかけて現実に引き戻された。こんなことを考えている場合ではない。時は平成三十年、締切前夜である。ついさっきも「もし、『しゃべくり007』に出演するならやりたい企画ベスト3」を考え、タバコ三本分の時間を無駄にしたばかりじゃないか。「集中だ、シューチュー‼」と、湘北キャプテン赤木ゴリの叫び声を脳内で再生する。

 それにしても、こうして深夜にパソコン画面と向き合いブルーライトを網膜全体に浴び続けていると「私は何が書きたいのかしらん?」とわからなくなる。頭の中で、伝えたいテーマがポンっと焼き上がったトーストのように浮かんできても、起承転結の“起”と“結”が、ふわりと部屋に迷い込んだタンポポの綿毛のように僕の左脳に着地しても、「しめたっ!」とばかりにキーボードを叩き始めるとすぐに厄介な“自意識”が指に絡みついてきて「なにカッコつけてるんだ俺は~!!」と頭を掻き毟りたくなる。そしてdeleteを高橋名人並みに連打し、得意の現実逃避が始まり今に至る。なぜスラスラと書けないのだろう。無駄な例えや飾りばかりちりばめて。肩の力を抜いて等身大の言葉を並べたい。上辺の透き通った水だけじゃなく、底に沈殿するヘドロもすくい上げるような文章を書きたい。

 自意識というモノはつくづく厄介だ。そんなものはとうの昔に捨ててきたと思っていたが、まだそこかしこで唐突に顔を覗かせる。例えば先日も某作品の共演者たちと飲みに行ったとき、隣に座った先輩女優が「今朝××のシーン撮ってる時、ピリピリしててゴメンね~。実はカクカクシカジカでさ、倫也に気を使わせちゃったなあって。気付いてたでしょ?」。全く身に覚えのないエピソードである。だが次の瞬間には「いやあ、大変そうだなって思ってました」とわかったフリをしている良き後輩ヅラの僕がいる。怖い。その数十分後、向かいに座った後輩女優が「昼休開けから眠くて眠くて集中できなくて、倫也さんと目が合った時、バレてる~って焦りました(笑)」。彼女は何を言っているんだ? 目なんか合ったか? しかし次の瞬間には「ね。ふわふわしてたね~。でもそんな日もあるよ」と頼れる先輩ヅラして頷いている僕がいる。超怖い。いったい俺はどう見られたいのだ? 三十歳を過ぎて、まだモテたいんか? というかなぜ彼女たちは俺を事情通だと思い込んでいる?俺なんてボーっとしてるか自分の台詞に追われてあっぷあっぷしてるか、だいたいそのどちらかなのに。過度な期待は遠慮願いたい。カッコつけてしまうから。そしてまた家に帰って、ひとり頭を掻き毟ってしまうから。

 思えば小さな頃から、僕にはそういうところがあった。周りの期待を鋭敏に察知し、その求められた役を演じる事で少しだけ心の荷物を降ろしてあげたい、と無理して行動する癖が。よく知っている友達は「倫也は優しいんだよ」なんて評してくれるが、そんな良いものだろうか?結局自分が大きな人間だと思い込みたくて、悦に浸りたいだけな気がして、ああ俺はなんて小さい人間なんだろうと虚しくなる。そしてここまで筆を走らせておいてナンだが、初回原稿がただの悩み相談みたいになっていることに気付き、また落ち込む。これも僕の自意識なんだろうか。ああ、約束の二千字を過ぎてしまう。この連載を続けていくことで、少なくともオファーをくれた人の期待には、無理せず応えられるように成長していきたいと誓う、朝方の5秒前、だ……。

<第2回に続く>