思い出に残る食べ物はなんですか?『ひみつのたべもの』刊行対談――しいたけ.×松井玲奈が食への異様なこだわりを語り尽くす!
更新日:2021/5/10
食にまつわる50のエピソードを綴った初エッセイ『ひみつのたべもの』を出版したばかりの松井玲奈さん。約2年ぶりの新刊『しいたけ.の小さな開運BOOK』の発売を控えたしいたけ.さんとスペシャル対談記事をお届け! 昨秋に開催したトークイベント以来、リモートで初の対談が実現。最初はやや緊張するお二人も、お互いの著書を読んで、惹かれたエピソードを伝え合いながら、盛り上がって語っていただきました。
(イラスト=100%ORANGE、撮影=川島小鳥)
「食べるなら損をしたくない」という気持ちがすごく強いんです
しいたけ.さん(以下、しいたけ.):これはすごい(笑)。人見知りが二人で対談するわけですよね。松井さんとananのイベントでご一緒させていただいた時、舞台袖でご挨拶した後、気づいたら風のようにいなくなっていたんですよね。「この人は、人見知りだから安心できる」と感じていました。
松井玲奈さん(以下、松井):恥ずかしいです(笑)。今回対談することが決まって、「どうしよう」って緊張していたんですけど、またお話できるのが嬉しくて。しいたけ.さんが今回出される新刊を一足先に読ませていただいた時に、“コミュニケーションは自分を脱ぐことが大事だ”って書いてあったので、今私はここにいるにあたり、いかに脱ぐかってことを意識しています!
しいたけ.:わはは。それを言ってもらって助かります。すごい着込んでました。
松井:リラックス!って思って。
しいたけ.:松井さんの『ひみつのたべもの』、読ませていただきました。お伝えしたいことがいくつもあるんですけど、まず一番いいなと思ったのが「土曜日の味」で。
松井:休みの日のごはんの話ですね。
しいたけ.:これ、いつか誰かと話してみたいと思っていたんです。うちは、定番が焼きそばか、中華三昧という袋麺。学校が早めに終わって、親が「ご飯、何にする?」みたいな感じでした。食べきれないほど多かったり、大皿に焼きそばを作ったり。大人になってからも、疲れるとあの土曜日の味を再現しようとしてるんです。そんな記憶を思い出しました。
松井:みなさん、それぞれありますよね。思い出すきっかけになって嬉しいです。
しいたけ.:全体に共通するんですが、松井さんが書かれる食の描写が、動物みたいな感じがしたんですよね。
松井:動物……?
しいたけ.:温厚な犬や猫のペットだって、ご飯を食べる時は獰猛になるじゃないですか。「ちょっとこっち来ないで!」って感じに。松井さんが食べ物と向き合う時も、「今から食べ物の時間に入ります」みたいな聖域があるような。異様な食いしん坊というか、邪魔しちゃいけない世界ができていて、ひとつひとつの食べ物のストーリーが鮮明に浮かびました。
松井:あぁ、ありがとうございます。多分私は「食べるなら損をしたくない」という気持ちがすごく強い人間なんだと思います。美味しいものを美味しく食べたいという気持ち。そういう風に読んでいただいてとっても嬉しいです。
しいたけ.:食べ物をテーマにしたエッセイを書くきっかけって何だったんですか?
松井:エッセイを書かせていただけるなら、絶対食べ物っていうのが自分の中で決まっていました。それは、自分自身が食べ物のエッセイを読むのが好きなのと、昔から食べ物が出てくる作品に惹かれるところがあったんです。あとは、あんまり食べ物の話をしてこなかったなって。それを書くことで意外な一面というか、見せたことのない部分で面白がってもらえたらというのが大きいと思います。
しいたけ.:すっごく面白かったです! でも食べ物って、人によって接し方が全然違うなぁと。僕は好きな食べ物を徹底的に、それこそ吐くまで食べちゃうんですよ(笑)。
松井:はい(笑)。
しいたけ.:1週間それでもいいというか。3日間朝昼晩好きなものでも、僕は構わない人間なんですね。でもそれって悲劇がセットでついていて、一生食べたくなくなるケースがあったりするんですよ。すごく面白かったのが、松井さんが友達と函館にうに丼を食べに行った話で、あまりにも美味しくて、お土産に買って帰ろうかっていう時に、最終的に買って帰らない選択をしたじゃないですか。
松井:はい、そうでした。
しいたけ.:この時だけの記憶にしておこう、という判断にすごい共感しました。そこで買って帰っちゃったら、思い出までもくすんでしまう感覚は僕が大人になってからも大事にしています。だから松井さんがうにを買って帰らなかったシーンは、一人で拍手喝采しました! すごい、好物を大事にする強い人だって思って(笑)。
松井:あはは! そうですね。お土産は食べ物より食器を買うのが好きです。台湾がすごく好きなので、小さい茶器のセットを買って家に置いているんですけど、それでお茶を飲むだけで台湾に行った気持ちになれるんです。
しいたけ.:あの……今回台湾編が凄まじいじゃないですか。僕一度も台湾に行ったことがなくて、ずっと行きたいんですよ。でも松井さんのエッセイ読んで、絶対に行こうと思いました。小龍包とか、おかゆとか、クレープみたいな卵に包んだ牡蠣を屋台みたいなところで食べてみたい(笑)。エッセイを読んで満たされた部分もあるけど、でも絶対行こうって思いました。
松井:ありがとうございます。台湾とかき氷の話はもっとたっぷり書きたかったんですけど。あまりにもくどいので、あのくらいにギュッと収めさせてもらいました。でも、その熱量が伝わったのであれば嬉しいです。報われます、話も。
思い出に残り続ける食べ物って、誰にもあるはず
しいたけ.:『ひみつのたべもの』を読ませていただいて、「子どもから大人へ」みたいな副題を勝手に感じたんです。一人暮らしをするとか、仕事を始めるとか。めちゃくちゃ忙しくて疲れた時も、大人って自分で自分をリカバリーさせていかなければいけなかったりするじゃないですか。自分を上機嫌にさせて、なんとか明日も外に出て笑顔にならなければいけない。もちろん助けてくれる友人はいるけど、人によって手段は違うし、ゲームをやるとか、漫画を読むとか、友達と電話をするとか、食べ物を食べるとか。それが松井さんの本を読んで、なんというか、「大人になられて……」みたいな(笑)。やはり心に沁みたのが、温野菜のお話で。
松井:(笑)。「たべる」というエッセイですね。
しいたけ.:もう何も食べたくない、でも何か食べなきゃ明日の体力が持たないっていうときに用意された、かぼちゃとか人参とかさつまいもとか、湯気とともに色とりどりの野菜が見える感じで。そういうシーンっていつのまにか忘れてしまうけど、大人になる階段をのぼっていく中で、人それぞれにあったんだろうなって思えて、すごく頑張ろうって気持ちになりましたね。
松井:今回エッセイを書くにあたって、直近の話ももちろんあるんですが、子どもの頃から振り返っていくことも多かったです。多分どこかで両親のことを意識しているんだと思います。心配性なので、私が書いたものを全部チェックしているんですね。読むのは読者の方だってことはわかっているんですけど。
しいたけ.:ははははは!
松井:だから母もこれを読んだ時に、こういうことを思い出すのかなとか考えながら書いている話も何本かあったりして。回り道な親孝行みたいになっちゃうんですけど、素直に「ありがとう」が言えない分、こういうことが嬉しかったと伝わったらいいなって。しいたけ.さんがおっしゃってくださったみたいに、思い出に残るような食べ物ってみんなあるんだろうなっていうのは、書きながら感じることはありました。
しいたけ.:一方、子どもらしく偏食ですごい暴君なお話もありましたね。これしか食べたくないとか、お弁当でプチトマトの隣に油物をおいて戦争になりかけたとか(笑)。そういう話は、大人になってからお母様とされたんですか?
松井:両親からはいまだに、こだわりが強くてわがままな娘って言われます。それはたぶん、実家だとそうなんですよね。外だとちゃんとしなきゃ、いい人でいなきゃという鎧を纏っている部分が多くて。歳を重ねるごとに、そこまで気張らなくていいんだとだんだんわかってきました。子どもの頃にあまりにも家で自由に生きていたので、仕事を始めて外の世界と接した時に、すごく生きづらかったんですよね。正しいことでもまっすぐに伝えすぎてしまうと、人には強く届きすぎちゃうとか、こういう時は引いていたほうがいいんだっていうことを仕事を通して学ぶことができて、やっと人らしい感じになってきたなと。なので、実家に帰るとまだ暴君みたいなところはあるなって思ってます(笑)。
しいたけ.:でも読んでいてホッとしたというか、僕も親に会いたいなって思いましたね。
「お腹すいた」と言って、鎧を脱ごう
しいたけ.:占いに絡めて「食べ物と運の関係」をお話させていただくと、自分が疲れている時って、鼻が閉じられる感覚があるんですね。食べたいものがわからなくなるというか。そんな時のおすすめの方法は、「あーお腹すいた!」って言ってほしいんです。悩みがあっても自分の中で一区切りできて、何か食べるということが原始的に前を向く第一歩になる。松井さんがエッセイで書かれているように食べることって生きることだし、今なかなか外に出られなくなって食事がしにくくなったけれど、2日に一度は食べたかったレストランの味を思い出すって、すごい生命力が強いんだなって。これは見習わなきゃって思いました。食べるために頑張るぞっていうのは、いろんな問題が解決されるはず。
松井:私、仕事からオフのモードになる時に必ず「お腹すいた」って言うんですよ。口癖みたいになってて。今言われてハッとしました! それはもしかすると無意識的に、緊張しているところから自分を別のところに持って行こうとしていたのかなって。
しいたけ.:確かにそうですよね。食べることって非常にデリケートなことだと僕は思っています。会食モードと、「あぁお腹すいた」と言って全部の鎧を脱いで食べるものって全然違うというか。僕は人とコミュニケーションしながらご飯を食べることがそんなに得意じゃなくて。そういう意味で僕にとっての“ひみつのたべもの”って、とあるお寿司屋さんの食事で。紙に書いて注文できる、人見知りシステムなんです(笑)。鎧を脱いだ状態で行けるお店だから、ありがたいなっていうのがありましたね。松井さんはそういうお店ってあります?
松井:ないんですよ。あ、でもすごく嬉しかったかき氷屋さんがあります。中に塩昆布が入った桜のかき氷を初めて食べた時、天才だな……と思って。素晴らしい発想にテンションが上がって、店主の方に話しかけちゃったんですね。「美味しかったです! これはどうやって考えたんですか?」って。で、1年越しでまた食べて「美味しいな」ってお会計して帰る時に、「去年も食べに来ましたよね」って。その方は私だって気づいていないんですよ。松井玲奈だと知らずに、桜のかき氷でめちゃくちゃ話してきた女がまた来たって感じで(笑)。恥ずかしいけど嬉しい! みたいな気持ちで。また食べに行こうって思いました。
松井玲奈
役者。1991年7月27日生まれ。愛知県豊橋市出身。著書に小説『カモフラージュ』『累々』(ともに集英社)がある。インスタグラム @renamatsui27 YouTubeチャンネル
しいたけ.
占い師。作家。早稲田大学大学院政治学研究科修了。哲学を研究するかたわら占いを学問として勉強する。著書に『しいたけ占い』(マガジンハウス)、『しいたけ.の部屋』(KADOKAWA)などベストセラー多数。 しいたけ. 公式サイト