人生に疲れ、傷ついた人が訪れる『スナックキズツキ』。益田ミリが描く、ミステリアスなママの正体とは?

マンガ

更新日:2021/5/11

スナックキズツキ
『スナックキズツキ』(益田ミリ/マガジンハウス)

 イラストレーターで、漫画家、エッセイストでもある益田ミリ氏が、7年ぶりの描き下ろし漫画『スナックキズツキ』(マガジンハウス)を上梓した。シンプルで肩の力の抜けた絵柄、日常のもやもやを的確に言語化したセリフなど、著者の持ち味は本書でも不変。それでいて、本書では設定の面白さが際立っており、益田氏の新たな代表作となりそうな予感だ。

 都会の路地裏でひっそりと営業しているスナック、キズツキ。傷ついた者しか辿り着けないというこの店が本書の主要な舞台だ。仕事や家事を1日頑張ってくたくたになった人たちが、家にまっすぐ帰りたくない時に立ち寄ってゆく。キズツキはそんな人たちの憩いの場となっている。

 登場人物は皆、ちょっとした傷を抱えている。コールセンターで働くナカタさんは、客からの過度なクレームにうんざりし、交際中の彼氏にも自分の話を聞いてもらえない。だが、そのクレーマーのアダチさんは、総菜屋のパートで同僚のワガママに振り回され、総菜の詰め方についてねちねちと客から難癖をつけられる。

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 その難癖をつけたカホさんは、家庭内では窮屈で居心地が悪そうにしている。また、ヘルパーの仕事をしているミナミさんは利用者からぞんざいな扱いを受け、自宅では自分勝手な子供たちに振り回され、誰にも打ち明けられない孤独感と寂寥感を抱えている。

 つまり、傷つけた側として描かれた登場人物は、一方で傷つけられる側に回ってしまうことも度々あるのだ。この負の連鎖を目の当たりにすると、特定の誰かを一方的に断罪することなど到底できないと思えてくる。

 店主はそんな客たちを「頑張れ」と励ましたり鼓舞したりすることは一切ない。もうみんな充分頑張っているのだから、という想いが言外にあるのだろう。また、キズツキはスナックなのに酒類は置いておらず、コーヒーやソイラテやココアが提供される。アルコールが飲めないために、飲み会に誘ってもらえないサラリーマンがふらっと現れても居心地が良かったりもするのだ。

 本書の帯には〈キズついて、キズつけて、生きてる〉〈笑っちゃうくらい頼りないわたしの人生〉といった惹句が躍っているが、筆者ならそれに加えて〈人にはそれぞれ事情がある〉という言葉を添えたい。ザ・ブルーハーツ、ハイロウズ、クロマニヨンズのメンバー、真島昌利のソロ作・アルバムのタイトルなのだが、本書を読んでいて真っ先に浮んだのがこの言葉だった。

 それにしてもスナックのママの、なんとミステリアスなことよ。客をカラオケに誘ったと思えば、おもむろにギターを弾き始め、客が即興でその日あったことを歌う。客と一緒にタップを踏んだかと思えば、一緒にエアギターに夢中になったり、ピアノの連弾に挑戦したりも。こんなスナックのママがいたら、つい通い詰めてしまいそうだ。

 もしかしたら、掴みどころがなく達観したような佇まいのママが、実は最も深い傷を負っているのではないだろうか。そして、だからこそ客に優しく寄り添えるのではないか、とも。そんな想像も膨らんでくるのだった。

文=土佐有明